魔法界「霞ヶ関四丁目」

第22話「不思議の国のヤンキー」

 ・・・クソッたれファンタジーだ。

西宮ヒルは、両手に重い紙袋たちをぶら下げ、霞ヶ関四丁目の景観を眺めながら心の中で毒づいた。


 映画村みたいな建物に、渋谷のハロウィンみたいなコスプレ連中、というかコスプレと呼ぶには無理のある連中と、普通にバケモン、そして箒にまたがって空を飛ぶキチガイども・・・。


どうして俺はこんなところにいるんだろうか。あぁそうだ、あのアマに風俗に沈められそうになって・・・。


「ちょっとヒルちん?よそ見してんなつったじゃんっ!」

ヒルの隣から女の声が飛んできて、次の瞬間ヒルのつま先に激痛が走った。

「ッッってぇだろうがッ!ンのクソッッ!!ンだってんだよッ!!」

「せっかくのデートで他ののお尻追いかけてる方が悪くない?」

「葉月」とか「如月」とか複数の名前を持つ女子高生の女は、ヒルに向かってふくれて見せた。

「見てねぇし、イテェんだよ、足もテメェの態度も。つかテメェの荷物だろうが、テメェで持ちやがれ。」ヒルは両手の荷物を彼女に差し出して毒づく。

「うわっ!女の子に荷物持たせるとかクズだぁ〜、ゲスだぁ〜、いけないんだぁ〜」

自分を「葉月」と呼ぶようにヒルに強要した女は、茶化してヒルを責めた。


 霧のトンネルを抜けてから、霞が関四丁目に入った五時から今までの二時間の間、

ヒルはずっと葉月の買い物に付き合わされていた。


 彼女が入る店は、どこもかしこもいかがわしい雰囲気の店ばかりで、そこでの彼女は「葉月」であったり「如月」であったり、キャラクターを器用に使い分けて交渉を進めていた。

そんな彼女が購入するものは、ヒルにとっては馴染みのないものばかりだった。

十手じって」とか呼ばれるらしい鉄製の杖であったり、「形代かたしろ」と呼ばれる紙であったり、何かの薬品、ヒルには読める気のしない本。

時にはその場で契約だけ済ませて、店を後にすることもあった。

例のごとく、ヒルの質問の一切に女はまともに取り合わず、彼の正当な疑問は、如月の時は無視され脅され、葉月の時には茶化されスカされていた。


 そして現在の彼女は「葉月」で、彼の全ては茶化されていた。



「つか〜?テメェとかマジ失礼だからっ!」

葉月は無邪気な笑顔で、再びヒルのつま先をカカトで踏んだ。

ヒルはまた激痛に悩まされたが、今度は身体全体が硬直し、声を出すことができなかった。

(こンのアマァァァ!!)

 この女には自分の話は通じない。ヒルは確信した。


 ヒルが激痛にあえぐ中、突如彼の背中に何かがぶつかった。

そのおかげか、彼は葉月の使うその不可解な拘束から解き放たれた。

自由になった彼がまずはじめにしたことは、彼の迫害者へ泡を吹きながら怒号を浴びせることだった。


「ッッテェェェだろォがァンのクソアマァァァ!!!!ブッ殺すぞォオオオオ!!!」

「ひゃいぃ!!?ごごごごごごめんなさいイィィィ!!」


ヒルの怒声に対する返事は、彼自身思わぬ方向から帰ってきた。

彼が振り返ると、そこには頭を両手で守り、背中を丸めてうずくまっている物体があった。

それは謝罪というよりも、完全なる防御体制だった。


「うっわ、マジかよ彼氏かれし。ぶつかっただけでそこまで怒るぅ?ふつう〜」

葉月は白々しく、ヒルを軽蔑の眼差しで眺めていた。周りの人間も、軽蔑の眼差しでヒルを横目に見る。

(こいつ・・・ッ)

ヒルは、葉月に反抗的な目つきを返した後、彼女に殴りかかるよりも前に、とりあえずこの目の前で丸まっているダンゴムシをどうにかすることにした。


「・・・あぁ〜、おいアンタ。悪かったよ、もう怒ってないから・・・」

ヒルが面倒くさそうに謝り、ダンゴムシの肩を叩こうとしたそのとき、


 突如霧のような空気が弾けて、ヒルの手をスタンガンのような高圧の電流が襲った。


「あっ、蝦夷魔法えぞまほう。」

言葉を失っているヒルを横目に、葉月はこともなげに呟いた。


「・・・こ、こちらこそぶつかってしまってごめんなさい・・・・よそ見をしていて・・・本当にごめんなさい・・・・」

ダンゴムシは、恐る恐る体を起こしてヒルたちの方へ振り返った。

そのの左手には、ファンタジックな意匠の施された指輪がはめられた。


「・・・テメェやっぱ喧嘩売ってんだろ。」

ヒルはまだしびれている右手を振りながら、彼女を睨んだ。

「・・・えっ、えっ!?やっぱりまだ怒ってるじゃないですかぁ!」

彼女は半ベソをかいていた。


「はいはぁ〜い、仲直り仲直り。」

微妙な雰囲気に包まれる二人の間に葉月が分け入り、仲裁した。

葉月は手に陰陽学校のパンフレットを持っていた。

「はい、これあなたのでしょ?落としたよ。あなたも陰陽学生なんだね。」

葉月はパンフレットを彼女に渡した。

「あ、ありがとうございます・・・。あ、あなたもですか?」

「いや、私は・・・・。こっちのバカはそうだよ。」

「誰がバカだコラ」

「そ、そうなんですね・・・。どうぞよろしくお願いします。」

おどおどしながら、少女はヒルに深々と頭を下げた。


「ちょうどいいや。一緒にご飯でもどう?ワックだけど。」

葉月は少女を、人好きのする笑顔で誘った。





















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