第19話「MoT(Magician of Things)」

「落ち着いたかい?」

駅員室の奥から、コーヒーを持って駅員が出てきた。

「・・・は、はい・・・すみません・・・さっきは取り乱してしまって・・・」

「あっはっはっは!そんなこと気にする必要はない!それよりほら、ミルクと砂糖はいるかい?」

謝るミナに、人を和ませる明朗な声が応えた。

「あ、はい・・・私、ブラックはどうも苦手で・・・。」

「お、奇遇だね。私もだ。」

ミナは駅員からコーヒーとミルクピッチャーを受け取った。

偽物ミルクコーヒーフレッシュじゃないんだ・・・)

ミナは少し贅沢な気分になりながら、コーヒーにミルクを注いだ。

厳かな黒い液体に、綺麗な白が混ざり込み、コーヒーは次第に、優しいブラウンへと変わっていった。

温かいカフェオレを一口含むと、先ほどまでミナの心を覆っていた不安も、次第に溶かされていくようだった。


「君、魔法使いユーザーなんだね。遅刻しちゃったんだ。」

駅員は、気軽にミナに話しかけた。

彼の目は、ミナがカップを握っている手の指にはめられているに向けられていた。

彼女のその木製の指輪には、ファンタジックな印象を受ける独特の意匠が施されていた。

「ご、ごめんなさい・・・。道に迷ってしまって・・・。」

「ハハハハ、東京の駅は複雑だからねぇ〜。この時期にその様子だと、遠方からの学生さんかな?どこ出身?」

「はい、岩手県の魔法界です。」

駅員はミナの返事を聞くと、駅員は彼女が指にしている指輪を眺めながら顎に指を這わせて少し沈黙し、何かを考え始めたようだった。


「その指輪に、岩手の魔法界っちゅうと・・・おめもしかして、蝦夷流陰陽師トゥスクルか?」

「んだ!駅員さんもでがんすか!?」

「んだんだ!奇遇だなぁ!」

突然蝦夷言葉えぞことばで話しかけてきた駅員に、ミナも顔をほころばせて同じように蝦夷言葉で応えた。

そしてそのあとで、「あっ」と気付いたように手を口に当てて、顔を赤くした。

「んな気にしないで良いぜんでえ。われらの言葉はそんな恥ずかししょすいもんで無い。」

柔らかい声で諭す駅員に、ミナは黙って頷いた。


わぁ結城ゆうき剛士ごうしおめは?」

豊間根とよまねミナです。」

「ミナか。ええ名だ。こっちには陰陽学校に?」

「はい。魔法庁まほうちょうのお役人様から推薦をいただいたので、高等部の方に入学させていただきます。」

「はぁ!国家陰陽師エボシから直々にか!!んならミナちゃん相当あだま良んだべ!」

「いえいえ!そんなこだないでがんす。運が良がっただけで・・・」

「謙遜せんでええ。立派なこどだべ。」

ミナは、自分よりも喜んでいる様子の結城を見て、とても励まされていた。

いつもは口下手な彼女だが、なぜか結城の前では、普段話さないようなことも話していた。


「・・・実は、私のこたんにはよく人間界から付喪神つくもがみさんが流れてくることがあるんです。でも、新参の妖怪ってうまくこたんに馴染めないことが多いから、付喪神さんたちも寂しい思いをしてて・・・」

付喪神とは、長い年月を経た器物が成ることのある妖怪(魔法使い)である。

「付喪神さんの中には、人間にゴミとして捨てられた子たちもいるから・・・なのに魔法界の村でも受け入れられないなんて・・・可哀想だと思って・・・」

彼女は寂しげに、訥々と話し始めた。

「だから私、付喪神さんたちの言語を学んで、彼らがこたんのみんなの役に立てるように魔術プログラムを組んであげたんです。例えば、村のお店の軒先とか大きな木陰とか雨宿りできそうなところに、簡単なセンサー魔法をかけておくんです。それで雨の日には、そのセンサー魔法が読み取ったデータを活用して、一定時間そこに熱力タパスが留まっていたら、誰かが雨宿りしてる可能性が高いから、そこに傘オバケさんたちを乗せたトロッコさんが向かうんです。」

「なるほどぉ!そんで雨宿りしてるやつに傘の付喪神を貸してやるんだな!」

「んだ!最初はみんな気味悪がって使ってくれなかったりしだんですけど、続けていくうちに村のみんなも10回に1回とか使ってくれるようになって、もっと続けていくと、最後にはみんな傘を持ち歩かなくなっちゃったんですよ!」

「あっはっはっはっは!」

「だって傘オバケさんたちは自分で歩いて帰ってこれるから、家に持ち帰って玄関にいらない傘が溢れるなんてこともないですもの!みんな自動置き傘みたいに付喪神さんたちのこと考えちゃって。午後に雨が降るって言っても、傘を持ち歩くのはかさばりますし、折り畳み傘でも、出したりしまったりが面倒だったりしますから。その点傘オバケさんたちは、雨が降ってからすぐに駆けつけるからかさばりませんし、大きな傘オバケさんなんて隣で一緒に歩いてくれるから、手放しハンズフリーで雨を防げるんですよ!」

ばらない傘というわけか、カサだけに。」

「あははは、お父さんも同じことを言ってました。だから私たちもこのシステムを、「カサばらない」って呼んでいるんですよ。」

ミナはいつの間には、笑顔で話をしていた。

「・・・けど、やっぱり最初は大変でしたね。雨宿りしてる人の情報を受け取るまではよくても、そこからどの経路を辿るかって条件分岐で私の指示プログラミングが甘いせいで、処理がデッドロックしちゃって道端でトロッコさんがフリーズしちゃったり、貸した傘オバケさんが迷子になって帰ってこれなくなったりは、よくありましたから・・・。」

ミナは、はにかみながら付け足した。

「・・・それを見て誰かが言うんです。「やっぱり付喪神はバカだ。アホだ。そんなこともわからないのか。」って・・・。私、悔しくって。あの子たちはバカじゃないのに。私の指示が下手なだけなのにって・・・。あの子たちは、きちんと彼らの手続きに従って指示をすれば、普通の生き物なんかよりよっぽど賢く働いてくれるのにって・・・悲しくて・・・。」

「でも、そうやって私が落ち込んでる時、いつも兄が私を励ましてくれたんです。「諦めちゃダメだ。僕らはきっと正しいことをしているんだから、続けていれば、いつかみんなわかってくれるさ。」って。」

「お兄さんがおるんが」

「んだ!自慢のお兄ちゃんでがんす!・・・「カサばらない」だって、私一人では到底実現できませんでした。アイディアを思いついたのは兄ですし、センサーを取り付けてその情報を運用するにはプライバシーの問題もありますから、それをこたんのみんなに一軒一軒頭下げて頼み込んでくれたのは、兄なんです。魔術は組めないですけど、わからないなりに勉強して、私の使えそうな資料を遠くの村からも集めてきてくれるんです。優しいお兄ちゃんなんです。」

えお兄ちゃんだ。」

「んだ。お兄ちゃんはいつも呪文のように言ってました。「事業はWin-Winじゃ足りない、であるべきなんだ。自分よし、相手よし、そして。小さくても社会の問題を見つけて、その解決策ソリューション製品プロダクトとしてみんなに提供する。そうであれば絶対にみんなから認められるし、文明に貢献する持続可能な事業であり得るんだ。情けは人のためならずだよ。嘘じゃない。僕らは今、それを証明しているんだ。」って。」

「・・・近江商人おうみしょうにんの教えか。おめにいちゃんは若いわけのに人間のことも勉強してんだな。」

「ええ、勉強のためにわざわざ人間界の図書館まで出向くことも多いんですよ。今人間界ではこんなことが流行っている!人間はこういう問題をこうやって解決してる!って、本当楽しそうに話してくれる兄で・・・」

「私が諦めずにいられたのも、そんな兄の知恵と励ましがあったからで・・・。でも、そうしたら本当に兄の言う通りになっちゃったんです。ある日、隣の村の誰かが勝手に雨乞いの魔法を使ったんです。でもその日の気象占いは快晴だったから、私の村のみんなはそのつもりで過ごしてました。その時私たちは、雨が降ってから傘を届ける準備をするのは遅いんじゃないかって考えていたので、お爺ちゃんに雨が降る気配がしたら教えて欲しいって頼んでいたんです。どうしてか、お爺ちゃんがそういうのがわかる人だったので。それでその日、私たちまだ全然晴れてる時に疑いながら準備をしてたんですけど、そしたら本当に急に土砂降りの雨が降ってきたんです!それで私たち急いで傘を届けに行ったら、いつもは気味悪がって使わない人たちも我先にって使ってくれたんです!あの時は嬉しかったなぁ〜、傘オバケさんたちもみんな使われちゃって、あとでお客さんにお礼をいただいたりもしました。」

「ほぉ!そりゃあ僥倖ぎょうこうだったべなぁ!」

「ええ、本当!でもこれだけじゃないんですよ。無断で雨乞いをするのっていけないことなので、後日陰陽師の方々が隣の村へ取り調べに行ったんです。それでその陰陽師の方々が私たちの村にも立ち寄った時に、「カサばらない」のことを知って・・・」

「ほぉほぉ」

「「これを作ったのは誰だ!!?」ってすごい剣幕で村の皆に聞いて回るものだから、私はてっきりひどく怒られるものだと思ってて・・・そしたら陰陽師の人が「ぜひ国家陰陽師になってくれ!!」って私に頭まで下げてくれたんですよ!」

「あっはっはっはっ!」

「こういうのを|MoT(Magician of Things)《エム・オー・ティー》って言うんですか?私は知らなかったんですけど、世界的に今すごく注目を浴びているらしくて、「我が国には君のような人材が必要なんだ!!」ってなんかすごく過大な評価をいただいちゃって・・・本当に幸運ですよね。」

「いやいやそれは違うぞミナちゃん。確かに幸運かもしれんが、それをモノにできるというのは、おめたち兄妹が諦めずに努力を続けてきたからだべ。準備のないところには、幸運はやってこん。」

結城の返答に、そうでしょうか、と、ミナは一瞬顔をほころばせた。

しかし、すぐに何かを思い返すと、少しうつむき、沈痛な面持ちを見せはじめた。

「・・・だとしたら、少し残酷かもしれません。結局、奨学金をいただいて東京まで来れたのは、私一人だけなんですから・・・・」

「さっきも言いましたけど、兄はとても人間界や村の外の世界に興味を持っていたんです。私なんかよりも、ずっと・・・。それなのに、私だけが目をかけられて、都会で学ばせていただくことになって・・・」


「う〜ん、でもおめにいちゃんは、ミナちゃんが東京に出るのを応援してくれんかったが?」

落ち込んでいるミナに対して、結城はそれほどこともなげに聞いた。

「応援してくれましたよ、すごく・・・。でも心の中では・・・。」

「ガッハッハ!そりゃミナちゃん!心ってのを知らないべ!」

「え?」

「聞いた話じゃミナちゃんの兄ちゃんは、他人に頼らんでも自分でどこにでも学びに行くさ。そういうバイタリティーがある。勝手に育つっちゅうタイプだべな。ところでおめはどうだ?こんな機会がなげりゃ、お兄さんにベ〜ッタリくっついて、村から出られんがったんでねが?」

「そ・・・それは・・・」

ミナは図星をつかれて、顔を赤らめた。

おめの兄ちゃんは、心からミナちゃんに村の外で経験を積んで欲しがったんだろうよ。可愛い妹だからこそ、独り立ちして欲しかったんだべ。ミナちゃんはその期待を裏切っちゃいかん。」

「う・・・」

「おぅっとぉ・・・すまんすまん、少し厳しいことを言っちまったべな。けど、それだけミナちゃんは愛されとるってこっだべ。」

「・・・はい、ありがとうございます。」

ミナは、はにかみながら頭を下げた。


ちょうどその時、駅員室の奥の扉から若い駅員が出てきた。

「お待たせしました、結城駅長。準備、完了しました。」

「ん、そうかありがとう。ご苦労さま。」

結城が振り向いて若い駅員に答える。

それを聞いたミナは、面を食らっているようであった。


「駅長さんだったんですか・・・!ごめんなさい・・・私・・・」

「あっはっはっは!そんな急にかしこまらんでいい!お客様から見れば、みんな同じ駅員さんだべ!」

慌てるミナに結城は、人を安心させる明朗な声で答えた。

「それよりほら、早く行くべ。」

「え?どこにですか?」


「決まってる。霞が関四丁目、臨時ルートだ。」

結城はニヤリと、ミナにいたずらな笑みを見せた。













  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る