第15話「スカウト」

「・・・ふざけんな・・・誰がなるかよ、んなワケのわからねぇモン・・・・」

ヒルは率直な感想を述べた。

「あら?キミの養父おんしもやっていた仕事よ?光栄に思うべきじゃないかしら?」

「それはアンタが言ってることだろ。おっさ、、じゃなくて、西宮三郎からそんな話は聞いてねぇ・・・」

「・・・まぁ、確かに君の言う通りね。わかったわ。」

如月はあっさりと引き下がった。

「はい、じゃあこれ。目を通しておいてね。」

そう言って彼女は、分厚い書類をヒルに手渡した。

「・・・なんすか、これ」

書類の束にはそれぞれ彼の理解力を超える文字がびっしりと詰まっていた。

「簡単に説明するとね。本日付でキミは人間を辞めることになるから、ご了承くださいってこと。」

「・・・意味がわかんねぇよ・・・」

彼の率直な意見だった。

「魔法使いは自然人に含まれないのよ。野性の獣がそうであるようにね。」

ケモノ・・・俺はこれからケモノ扱いなのか・・・。彼は思った。

「言ったでしょう?キミはもはや「私たちの護る対象ではない」って。私たち警察は法の庇護下にある人たちを護る義務はあるのだけど、魔法使いであるキミにはもはや人間の法は適用されないから、したがって護る必要もない。お分かりかしら?」

ヒルは如月の冷たい声を聞きながら、彼の首を締め付けた鎖の感触を思い出していた。

人間ではないというのは、こういうことか・・・。

「あら、意外に物分りがいいじゃない。警察が横暴だなんて言っても、さすがに人間相手に首を絞めるのはちょっとねぇ。」

如月はクスクスと、まるで他人事のように自身の殺人未遂を茶化して見せた。

「けど残念ながら、人権というのは人間様の特権なのよ。魔法使いユーザーってツラいわよね。こうやって平気で心まで覗かれちゃうし。」

やはりこいつ・・・。彼は時折文脈上違和感のある返事をする彼女に対する疑いを確信に変えた。

「人から不用意に飲食物を受け取らない。後学に活かしておいて損はないわよ、これから畜生として生きていくならなおさらね。」

なるほど・・・あの看護婦もグルだったってことか。ここ本当に病院かよ。

「そこは安心していいわよ、きちんと手当てしてあげてるでしょ?・・・あぁ、あと、赤い付箋のページを見てもらっていい?」

ヒルが彼女の指定したページを開くと、そこには西宮日琉に対して物々しい文体で何事かを督促するようなことが記されていた。

「その趣旨を簡単に説明するとね。人間界で人間として生活する魔法使いには行政へ登録の義務があるのだけど、キミはそれを怠ったから罰金を払いなさいってことよ。」

「ハァ!?知るかよそんなの。なんで俺が・・・」

「西宮三郎が亡くなられたからよ。戸籍上、キミは彼の養子ということになってるしね。」

養子となっていたという情報は、ヒルにとって初耳だった。

「・・・いくらなんだよ・・・・」

「書いてあるわよ。200万くらいかしら。」

「ハァ!!?ふざけんな!!払えるわけねぇだろ!!そんなの!!」

「払えるわよ。数年働けば。」

如月は平然とヒルの怒号に応えた。

「いい?キミは人間様の血税に15年間もただ乗りしていた不法滞在者フリーライダーなのよ?キミの養父おとうさんの公文書偽装が元だから斟酌してその程度で済ましてあげているけど、本当はもっと頂きたいくらいよ。」

「・・・・だからって・・・っ」

「男の子でしょう?お父さんの責任は、キミが取らなきゃ。ね?」

如月は最後にとってつけたような微笑をつけた。

「カネなんて・・・アテがねぇよ・・・・」

「そう。まぁ、他に手がないというわけでもないわよ。」

「は?」

如月は何かのパンフレットをヒルに手渡した。

「・・・陰陽学校いんようがっこう?」

陰陽学校「おんみょう」がっこうね。いわゆる魔法使いの職業高等学校よ。もしキミがそこに入学する気があるなら、この罰金についてはちょっと考えてあげてもいいわよ。」

「意味が読めねぇ・・・」

「君がこの学校を卒業して陰陽師になるつもりがあるなら、チャラにしてあげるって言ってるのよ、全部。」

「・・・んなことできんのかよ。」

「罪を憎んで人を憎まず。不良少年が更生してその力をお国のために奮ってくれるなら、それはとても素晴らしいことじゃないかしら?・・・私たちはキミの将来に投資したいのよ。キミがさっき見せてくれた才能に鑑みれば、安い買い物だわ。」

「・・・チッ、最初からそれが目的ってわけか。」

「ひどい言い草ね。私たちは心からキミの将来を心配しているというのに。手っ取り早く債権を回収したいなら、吉原のお仕事でも斡旋してるわよ。西宮くんって若くて綺麗な顔をしているから、年内に回収できそうだしね。」

如月の声は、まるで本気で彼を気遣っているかのように、優しかった。


「私たちは、若者の自由な意志を応援するわ。」

彼女は終始微笑を崩さなかったが、その目は笑っていなかった。


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