第13話「覚醒」
「ウワアアアアアアアアアアアア!!!」
西宮ヒルは悲鳴を上げながらベッドから跳ね起きた。
激しい動悸、滲む汗、知らない部屋・・・覚醒したばかりの曖昧な彼の頭は混乱していた。
彼の悲鳴から時間をおかずに、白衣の看護婦が部屋に入ってきた。
看護婦は、興奮したヒルに対面しても特別困惑した様子もなく、安心させるような笑顔をヒルに向けた。
「気づかれたのですね。よかったです。お水をどうぞ。」
彼は返事もせずに看護婦の差し出したコップを掴み、喉を鳴らして一気に飲み干した。
彼はその水に少しの苦味を感じてもいたが、それに構う余裕がないほどに喉が渇いていた。
喉を潤すと彼も多少落ち着いたようで、看護婦に声をかけた。
「・・・・ここは・・・?」
「中野の警察病院です。」
警察・・・。その単語を聞くとヒルは眉をひそめた。あまり好きな言葉ではなかった。
だが看護婦はそんな彼の様子を気にとめず笑顔のまま、手に持ったポットをヒルの脇の台に置いた。
「こちらご自由にどうぞ。間もなくドクターも参りますので、少々お待ち下さい。」
そう言うと看護婦は部屋を出て行った。
看護婦が部屋のドアを閉めると、軽い金属音がした。
見渡してみると、どこか奇妙な部屋だった。
個室と見れば高待遇に思えるが、部屋を覆う真っ白い壁には、どこにも窓がない。
探してみても時計もなく、今が昼か夜かもわからなかった。
ただ部屋を散策してみると、トイレとバスルームは設置されているようだった。
そして・・・
「鍵がかかってやがる・・・」
彼は部屋のドアの取っ手を右に左に前に後ろに引っ張ってみたが、微動だに動かない。
やはり先ほどの金属音は、「鍵の閉まる音」だったらしい。
お上品な留置場だ。それがヒルの感想だった。
閉じ込められてはやることもないので、ヒルはベッドに戻って現実の確認を始めることにした。
あまり快適な時間ではなかった。
左肩の鈍痛に、外傷としても打撲や切り傷にヒルの身体はまみれていた。
「・・・クソッタレ・・・」
彼としても、毒吐く以外にやるべきことが思いつかなかった。
そうこうしていくうちに、閉まっていたドアが急に開き、ぞろぞろと人が入室してきた。
しかしそれは看護婦が予告していた
白衣とは正反対の真っ黒な背広に身を包んだそれらは、明らかに不穏な空気を纏っていた。
その中のリーダー格と思しき颯爽とした女性は、後ろの男たちに軽く目配せをすると、彼のベッドの横にパイプ椅子を広げて腰掛けた。
訝るヒルの目をまっすぐ見つめて微笑む彼女は、こういう状況に場馴れした雰囲気を感じさせた。
「警視庁公安部の
彼女は警察手帳を広げてヒルに見せた。「公安部」「如月千尋」。
こういう状況とは、つまり、尋問・・・・
「どういうことっすか。監獄みたいに閉じ込めてから」
ヒルは彼女のペースに飲まれないように、如月に食ってかかった。
「ごめんなさい。閉じ込めるだなんてそんなつもりじゃないのよ。むしろキミを守るためなの。・・・今まではね。」
彼女は最後の言葉に、薄笑いを含んだ。
その後ろで男たちは、ガチャガチャと何やら計器のようなものを部屋に準備したり、何事かを呟いたりしているようだった。
不気味な連中だと、ヒルは不快感を顔から隠さなかった。
そんな彼をなだめるように微笑む彼女に、後ろから体格の良い男が声をかけ、A4サイズの資料を手渡した。
彼女は資料に目を落とすと、ヒルに向かってゆっくりと読み上げた。
「・・・・
2015年8月10日、養護施設にて不審火による火災に見舞われるが、同人だけは奇跡的に生還する。救出時の外傷は、軽度の火傷よりも骨折や打撲などが目立った。当時の同人の供述は強盗殺人を示唆しているが、現時点でそれを裏付ける物証は見つかっていない。同月27日、同人は病室から失踪し、今なお足取りがつかめていない、と。・・・あってるかしら?」
彼女は資料から目をあげ、意地悪な微笑をヒルへ向けた。
彼は質問には答えなかった。
「今はずいぶんヤンチャに見えるけど、幼少期は病弱で気が弱かったらしいわね。なんでも、よく見えないものが見えるとかで大泣きしてたとか・・・。あってるかしら?今でも何か見える?」
「・・・ガキの頃の話っすよ。つか一体何の用なんすか?」
ヒルは不機嫌に応えた。
「世間話よ。そんなに邪険に扱わなくてもいいじゃない。小学校に上がるまでは見えていたのよね?」
「アンタら一体――――」
「主任、記憶拾えました。二学年時にホトケが彼の身体に鍵をかけています。あまりいい絵ではありませんが、そちらに送ります。」
ヒルが如月に食ってかかろうとしたその時、後ろから若い男の声が飛んできた。
如月は男の声に応えるようにスマートフォンを取り出して、画面をまじまじと見つめた。
「あら本当。児ポ(児童ポルノ)に引っかかるわねコレ。・・・ねぇ、西宮くん。これは確かな記憶?」
如月はスマートフォンの画面をヒルにつきつけた。
ヒルは目を疑い、言葉を失った。
そこには、彼が今ちょうど頭に浮かべたイメージが画像として映っていた。
「つまり、この中で君の身体に筆で落書きしてるお坊さんは、君の里親である「西宮三郎」ということで間違いない?」
彼女はだんまりとするヒルに対して、質問を具体的に直した。
「・・・あぁ・・・多分・・・」
それがヒルにできた精一杯の返事だった。
「そう、じゃあ君はクロね。先天的なユーザーってことで間違いないわ。・・・いやね。このあいだの火事で亡くなられた君の里親さんは私たちの同業者なのよ。足取りが掴めなくて困ってたのだけど、まさか堅気の慈善団体に転職していたとはね。」
「同業者って・・・おっさんが警察だったってことっすか?」
「まぁ似たようなものかしら。
「俺が昨日・・・・」
呟きながら、彼は気づいた。
この女は、あの夜の出来事を知っている。
「当然でしょ。私たちはここに、昨夜のお礼参りに来てあげてるんだから。」
彼女は文脈的に違和感を感じさせる返事をした。
「馬鹿言えアレは・・・」
夢だ、と続けようとしたが言葉が出なかった。動揺して身を乗り出した時、
「よく教育されてるわ。面倒だけどまぁ、こういう説明は経験が一番よね・・・。」
如月は、気だるいため息をつく。
「何を言ってやがる・・・」
つまりね・・・。彼女はスマートフォンを操作し始めた。
「アンタはもう、私たちが護る対象じゃないってこと。」
その声は、ひどく冷たい響きを持っていた。
次の瞬間、ヒルは自身の首に、何か硬いモノが巻きつくのを感じた。
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