第9話「ボーイミーツガール」

「・・・お、オーバークロックって・・・まさか・・・っ」

ハロウィンが不穏に呟くのをよそに、ヒルの頭は再び混乱していた。


いわゆるケンカと呼ばれるもので、後ろに下がるのも、脂汗をかくのも、彼は初めてだったが、のも初めてだった。

いわゆる不良ヤンキーと呼ばれる彼にとって、という言葉ほど似つかわしくない言葉はなかったかもしれないが、それでもあえて彼なりの道徳観に照らし合わせれば、女性を殴ることは女性に脂汗をかかせられること以上に、0点であった。

彼は、ひどく困惑していた。


「・・・油断したな。一発もらっちまったよ。ぺっ・・・!使んならさっさと使えよ。かったるい野郎だ。」

口を切ったか、少女は血反吐は地面に吐いた。

「どうした?追撃のチャンスだったろ?何ボーッとつっ立ってやがる。」

「・・・・・お・・・女・・・・」訝しげる少女に、ヒルは呆然と応える。

「あ?だからなんだ?・・・おいまさかテメェ、俺様が女だからとか、男らしくないとかクッソくだらねぇ理由で今まで使わなかったわけじゃねぇよなァ・・・」

「・・・・・・」

「お笑いだぜ糞袋。20世紀の化石をここで拝むことになろうとはね。この国の男女格差が酷いとは聞いてたが、ここまで保存状態がいいと博物館にしまっておくだけの学術的価値も出てくる。」

「・・・・・・」

「ただし、息をしていなければの話だが・・・。なぁ知ってるか?かの第六天の魔王さまがサーモス島で「男らしく」ウタった話さ。お前が世界最強の天使以上に男らしくあろうってつもりなら、いいぜ、俺様にも考えがある。」

「・・・お前・・・何を言って・・・」

少年の声を無視して、少女は声にドスをかけた。

「ウタってやるよ、女らしく。」


少女はナイフを口元に近づけ、何かを呟き始めた。

すると、どうしたことだろう。彼女の呟きに呼応するように、ナイフの白刃が怪しく光り始めた。

その輝きは月明かりなどという優しいものではなかった、もっと強烈で、幻想的な光であった。

 そしてヒルはその時初めて、少女のナイフに、が刻まれていることに気づいたのであった。


「や、やばっ!!」

ハロウィンが慌てて、ヒルの手を掴む。

「逃げるっすよ!!ヒルくん!!」

「ハァ!?なんなんだよテメェは!」

「言ってる場合っすか!!このままだと二人とも死・・・ってこれ私の杖じゃないっすかァ!!」

ハロウィンは少年の腰に手をまわしてを見つけると、心底驚き、心底喜んでいるようであった。

やっぱりこいつのモンだったのか・・・。ヒルは妙に納得しながら、混乱する頭を整理しようとしたが、状況は彼にそこまで優しくはなかった。



「スリーズ・ネト」


少女はそう呟いたように聞こえた。


次の瞬間、少年の脳の許容量をはるかに超えるファンタジーが、おびただしい数の光の雨として二人に襲いかかった。


 それは、少年「西宮ヒル」に死を確信させるには、十分な景色であった。







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