第8話「素顔」

「まっ、久々にいい運動になったよ。そこそこ頑張ったじゃないか、え〜っと、名前聞いてなかったな。あぁいいよ、興味ないから。」

軽く上がった息を整えて、鬼は言った。


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・ぺっ・・・!」

息を弾ませながら、ヒルは血反吐をはいた。

歯が折れたか、空気まで鉄臭い。鼻血でうまく呼吸もできない。

(クソッタレ・・・んなチビに・・・)


「んだよその目。逃げれる体力があるうちに逃げといた方が身のためだぜ?俺もほら、気まぐれなもんでね。」

鬼は少年に投げたナイフを拾い上げながら、もはや彼の方に見向きもしなかった。

彼の意識は、ハロウィンに向けられた。

「さっ、こっちのウォームアップは終わった。アンタにもやり合う動機ができた。残すところは、ハッピーエンディングだろ?」

「どういうこと?」

「アンタのツレをボコったんだぜ?俺をぶっ殺す動機としちゃあ十分だと思うがね。それとも、まだ足りなかったか?」

「・・・・・・」ハロウィンは黙って鬼を睨みつけた。

「・・・まぁやる気がないならそれでもいいさ。報酬は同じで、寛容は美徳だ。黙ってくたばる多様性も認めてやるよ。」

「・・・・」

「それにしても意外だね。俺の聞いた話じゃ、アンタは極悪非道のクソッたれアマであるべきなんだが、それにしてはどうにもね。」腑に落ちないという感じで、鬼は続ける。

「このガキに何かあるのかい?見たところ堅気かたぎみたいだが・・・・ん?」

鬼は、その手についたヒルの返り血を面に近づけ、鼻を鳴らした。

「スンスンッ・・・面のせいで気付かなかったが、この血の匂い・・・な・・・こいつ、『使う』のか?」

鬼は、再び少年に向き直った。

「じゃあ、なんでこいつ・・・」


訝しげる鬼をよそに、少年の朦朧とした頭は、過去の記憶を呼び起こしていた。

血の匂い、脂汗、恐怖と、何かを嗅ぐような、鼻を鳴らす音。

吐き気を催す記憶の悲鳴が、彼の頭でこだました。


「・・・ならしてんじゃねぇ・・・・」彼は呻いた。

「ハァ?」

「鼻を鳴らしてんじゃねぇ!!ぶっ殺すぞ!!」

突如圧力を増したヒルの奇襲に驚くも、鬼はかろうじて攻撃を回避した。

「・・・なんだクソガキ。やる気かよ。」

ナイフを手にしたその声は、冷たい響きを帯びていた。

「ちょっ!ちょっと!!素手でやる約束でしょ!!」

「さっきまでな。こいつが『使う』とわかった以上、契約は反故はごだ。警告を無視しやがったんだ、腕の一本くらい勉強して帰れ。」

ナイフを構えた鬼は、ヒルの攻撃を待ち構えた。

先ほどの戦闘で、鬼は完全にヒルの攻撃を見切っていた。

喧嘩屋の大ぶりのブローにカウンターを合わせることなど、鬼にとっては造作もないこと・・・・のはずだった。


 しかし、ヒルの右拳は鬼の頭を捉え、その面を弾き飛ばした。


少年の攻撃に特にテクニックがあったわけではない。

正直で素人くさい、脇の開いた打ち下ろしだ。

しかしそれでもその拳は、現実に見切っていたはずのの頭部を打ち抜いたのだ。


「テメェ・・・やりやがったなこの野郎ッ!!」

少女と呼んでいいだろう。鬼と呼ばれた女の子は、激昂に打ち震えていた。


「・・・お・・・おんな・・・・?」

あまりの衝撃に、ヒルは正気を取り戻した。




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