第7話「戦闘」

「こいつはクソだ。とことんクソだ。」鬼がぼやく。

「ボウズよォ。テメェのそれは勇気とは呼ばねぇぜ?力量の差くらいさっきのでわかってんだろ?」


「ヒルくん!何してるんですか!!早く逃げてください!!」ハロウィンが少年の名前を叫ぶ。


その二つを、少年は聞いていなかった。

「こいつは強ぇ・・・」彼の脳は、一つの考えを反芻はんすうさせていた。


「コイツといたいッ!!」


雑音を無視して、ヒルの蹴り足がはしった。


しなやかな体躯たいくから流れるように繰り出されたそれは、鬼の頭を捉えたかに見えたが、鬼もまたボクサーのように幻惑げんわく的な上体の柔らかさでそれをかわす。

大ぶりなヒルの攻撃はスキを生んだが、鬼は反撃を仕掛けることなく距離をとった。

なおも繋げようとする彼の強引な二打目を恐れたか、あるいは彼の危うい気迫に気圧されたか、

何にせよ、それは鮮やかな瞬間の一コマだった。


「聞こえてねぇってかい。・・・まっ、いいか。俺もこういうのは嫌いじゃないさ。」

鬼の声は、かすかに愉悦ゆえつを帯びているようにも聞こえた。

「そんな・・・」ハロウィンの声は、隠しようもなく戸惑っていた。

「安心しな。俺も素手で相手してやる。死にはしないはずさ。・・・は、その限りじゃないがね。」鬼はハロウィンに釘をさす。

そして少年に向き直った。


「さぁクソッタレヤンキー。獲物エモノはなし、まっとうな一対一タイマンさ。こいつがお望みなんだろう?」

鬼は両手を大きく広げてふところを開く。

少年はそれに、野蛮な微笑で応えた。


 鬼がヒルに対して『対応する気』を見せ始めると、その場の緊張感はよりシリアスなものへと変化していった。

ヒルも蛮勇に身を任せることはせずに、お互いにジリジリと自分の攻撃に最適な距離を探っているようであった。

 永遠のようでいささかな静寂の後、攻撃を仕掛けたのはヒルだ。


 跳び前蹴まえげり。

足が長く、相手との体格差も大きいヒルにとってその選択は、一般的にも、相手の間合いの外から自重の乗った強烈な打撃を加えられる最良の手であった。

したがって彼のただ一つの誤算も、その鬼が一般的でなかったことに尽きるのだが。


ヒルがその蹴り足を弓から放たんとしたその時、彼が見たのは鬼の「背中」であった。


 後ろ回し水面蹴すいめんげり。

鬼はまるで「倒れるように」体を倒すと、膝下を軸足にして、少年の軸足へ向かって後ろ回し蹴りをいだ。

鬼の小さい体躯たいくが、より低く沈んだことによって、鬼の頭を目がけて放たれたヒルの蹴り足は空を切った。

それほどまでに体を倒せば、鬼の蹴り足も体重が乗っているとは言えなかったが、それでも攻撃を外して不安定になったヒルの軸足を狩るには、十分すぎるほどであった。


 少年は、地面のこわばった衝撃を背中に感じた。

立ち技系の試合ならば、ここで「待った」が入るところだ。

しかしこの都会の闇には、ルールもレフリーもいなかった。


ヒルは、体の内側から発する鈍い音を聞いた。


腕がらみアームロック

骨のきしむ音は体内で反響した後、形容しがたい左肩の痛みへと変わった。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 けたたましい悲鳴が夜をつんざく。

それはまるで獣であった。叫びも、のたうち回るその姿も。

鬼は舌打ちと共に、ヒルの規格外の暴れに拘束を解いた。

鎖の解かれた少年は、反射的に立ち上がり、あまりに大袈裟おおげさに鬼との距離をとった。


「・・・なんてぇ馬鹿力。せっかくちゃんと折ってやろうと思ったのによ。」

息の乱れるヒルに対して、鬼は鷹揚おうようとして、膝の砂を払いながらゆっくりと立ち上がった。

「ほら、肩ハズれたまんまだろ?ハメてやるって、ほら」

わらいを含んだ足取りで、鬼は少年に近づいた。

ヒルは反射的に後ろに下がり鬼との距離をとると、自分のズレた肩の位置を強引に戻した。

噛み殺した悲鳴が、脂汗となって額を伝う。

いわゆるケンカと呼ばれるもので「下がる」のも「脂汗を流す」のも、ヒルにとっては初めての経験だった。


「問題ねぇ、、、、続行だ、、、、」

それでも努めて、彼は笑みを見せた。

「・・・だろうよヤンキー。ここで終われば、笑い話さ。」

彼の虚勢きょせいを見抜きながらも、鬼の声はこの状況を楽しんでいるようだった。


 夜が更けていく。






 























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