第6話「野蛮」

 硝煙の匂いが、少年の鼻腔を刺した。

もう一度撃鉄を起こし、鬼に照準を定めた少年は、目標に対して圧倒的に優位な立場にあったはずだが、その場のひりついた緊張感が変わることはない。

さっきから震えが止まらねぇ・・・。西宮ヒルは、目の前のに何かを感じ取っていた。

「チッ、警官の次はヤンキーかよ・・・ついてねぇな。」

銃口を向けられた人間の反応としては、いささか鷹揚すぎる様子で、鬼は答えた。

「ダーティーハリーごっこはよしなよボウズ。そいつはスクリーンの中の玩具じゃねぇんだぜ?」

鬼は、かすかなわらいを含む、独特な声の調子で続ける。

その声は、人の調子を狂わせる妖しい響きを持っていた。

「それにそいつはあの警官のだ。盗みは良くない、そうだろ?」

鬼はそう嗤って、少し目線を落とした。少年は、無意識に、鬼の視線を追ってしまった。その時である。


 それは閃光のような瞬間的な動きだった。

出し抜けに、ヒルは右手に大きな衝撃を感じ、その手に握るモノが弾き飛ばされるのを感じた。


鬼の手元からは、ナイフが消えていた。

少年の後ろで、転がるような金属音が響いた。


「良くないさ、殺人よりも。よかったな、手首が消えなくて。」

鬼は冷えた声で、そういった。

「ちょっと!!彼には手を出さないで!!」

ハロウィンが叫ぶ。

「はっ!いっちょまえに他人の心配かよファッキンデビル。ナメられたもんだぜ、俺様も。」

 少年は、鬼とハロウィンの口論をよそに、右手に残るしびれを噛み締めていた。

どうやら鬼は、ナイフを投げて、彼の銃を弾き飛ばしたらしい。

それはまるで、居合抜きのような一瞬の出来事だった。

ヒルの震えは、ますます強くなった。


鬼は少年に向き直って言った。

「見えたか?見えなかったんなら、ほら、よく考えなよボウズ。手は二つ、耳も二つだが、命は一つだ。」

鬼は呆れたような、うんざりしたような声で続ける。

「保険は利かねぇのさ。無茶は良くないぜ、カワイソウに、ブルってんじゃねぇか。」

 鬼はそう吐き捨てて、ハロウィンに向き返った。

「あぁ・・・そうだな・・・・」

少年の声は上ずっているようにも聞こえた。

そして彼の震えは、ついに行動に変換コンバートされた。


 鬼は、後方から迫る危険を、かろうじて食い止めた。

少年の拳を払うのでも避けるのでもなく、鬼の格好はかろうじて防御と呼べるだけのものだった。

 この状況を、鬼は予想していなかった。

「っ!?コイツ・・・ッ!!」

「どうしちまったかなぁ・・・」少年は笑っていた。

「震えが止まらねぇッッ!!」

 野蛮な歓喜が、彼の脳を、ノルアドレナリンで支配した。






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