✬ドラゴン寮その✬《守りたかった誇り》

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イザベラ師匠は、僕の母親だよ。

とは言っても本当の母親じゃぁないけど、分かるだろ?卵から孵(かえ)った雛鳥が初めに見た者を親だと思うように、僕たち魔術師はまだ、言葉もまともに話せない時から弟子入りするんだから。

いつもおっちょこちょいなんだ、イザベラ師匠は、料理は下手くそで丸焦げになった魚を良く食べたよ。

だけどね、魚のアルミホイル焼きだけは美味しかった。「これ美味しい」って言ったら、その日から毎日朝も昼も夜も魚のアルミホイル焼きを作る始末、流石に僕も飽きたよ。

でも、それでもやっぱり美味しかったんだ。

小さい頃は良く、昔話しを読み聞かせてくれたんだよ。アレだよ、入学式典でやった魔国神話の物語、アレが大好きでね、毎日読み聞かせてくれって頼んだんだ。

毎日幸せだったんだと思う。

こんな優しい人が師匠で良かったって思っていたんだ。

でもね、あいつらが来たんだ。

醜い角と赤い目、魔人族だよ。

あいつらだけは絶対に許せない。

街の人も、近所の笑い声の煩(うるさ)いおいちゃんも、いつも会ってはコレ食べなさいって言ってお菓子をくれたおばちゃんも、そして、イザベラ師匠も、みんなあいつらに殺された。

僕だって魔術師だ、街のみんなを守りたくて戦ったけどダメだった。

僕を庇ってイザベラ師匠は魔術を受けてしまったんだ。

大声で叫んだよ、イザベラ師匠‼︎ってね。

そうしたら笑顔で言ったんだ。大丈夫だよって。

全然大丈夫じゃないのに笑っちまうよ、僕を安心させたかったんだろうね。

そうして僕を強く抱き締めて、ごめんねって謝るんだ、泣きながら。

謝りたいのは僕なのにね。

周りを見渡せば右も左も悪魔だらけ、もう逃げ場なんてなかった。

でもね、イザベラ師匠は諦めてなんていなかった。

僕を連れて戦いながら協会を目指したんだ、そして協会の魔方陣に僕を押し込んで転移の呪文を教えてくれた。

僕は一緒に逃げようって言ったけど、イザベラ師匠はなんて言ったと思う?

《魔術師は守りたい誇りの為に戦う者よ、貴方はまだ、魔術師じゃないのだから逃げなさい》

って言って悪魔の前に、まるでこの場を一歩も奥へと行かせないって具合に立つんだ。

最後に見た師匠の後姿だけは今も忘れられない。

僕は恨んだよ師匠の事も、そしてそれ以上に戦う力のない自分自身に。


僕が転移したのは森の中、僕の出身はスリーピングフォレストって言われる【眠りの森】の街なんだ。

その街から森の奥に転移したんだよ。

すぐに街のみんなや、何よりもイザベラ師匠が心配で街に向かったけどダメだった。

転移した場所から街まで、子供の足で半日はかかる距離だったんだ。

その頃には魔人族(あいつら)はいなかった。

残っていたのは、壊れた建物と沢山の人の死体と、そして協会の魔方陣を守るようにうつ伏せで倒れているイザベラ師匠だけ。

彼女は最期まで戦い続けたんだろうね。

彼女の守りたい誇りの為に、そんな誇りの為に命を投げ出すなんて僕には分からないけどね。


と、フロストは一度手元の週刊誌を置くとコーヒーに手を伸ばし口元に近づける。

「ほ、本当に貴方分かってないの?」

と、アリアナは瞳に涙を浮かべて弱々しくフロストに言った。

何が?と、フロストがアリアナに尋ねるよりも先にアリアナが言った。

「イザベラ師匠が守りたかった誇りよ‼︎そんなモノ、貴方に決まってるじゃない‼︎」

分からないの?と、アリアナは泣きながらフロストに言うと、目元を手で押さえていた。

「フロスト君、イザベラお師匠様はきっと、ずっとフロスト君を守るためだけに戦いよったんばい?」

と、レゾナも鼻をかみながら言った。

「そっか、そうだったんだ」

と、コーヒーを飲む事も忘れフロストは呟く。

「本当に愛されていたのね貴方」

と、アリアナは鼻をすすりながら言うと

「イザベラお師匠様、貴方の守りたかった誇りは、今もしっかりと元気にしてますよ」

と、上を見上げ涙を零さないようにアリアナは呟いた。


「ありがとう」

と、一言アリアナとレゾナにお礼を言うと、コーヒーをテーブルに置いて右手で両目を覆(おお)い、ぎゅっと目を瞑った。

そこには、イザベラ師匠からの愛を一身(いっしん)に受け、そしてその想いに一生報いる事の出来ない自分に、肩を震わせる一人の少年がいた。

アリアナとレゾナはお互い顔を見合わせると、ふふふっと頰笑みフロストを眺めていたのだった。


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窓辺には桜の花弁が悠々と大地にその手を広げていた。

まるで、誇りの為に戦った一人の魔術師の想いが、一人の少年へと受け継がれ、その門出を祝うように舞っていたのだった。


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