サブマリンガール～独立リーガー女子の物語～

「低め」と「度胸」

「一回の裏、白軍の攻撃は、一番、センター、飯塚。背番号、２」

　先制点をもらってマウンドに立った五月。去年のレギュラーで構成された白軍に挑む。先頭打者の飯塚は、社会人野球の名門で活躍した選手で、足もある上に意外な一発長打もある。

「さ～て。どの程度通じるのか…。あたしのセカンドステップってとこかしらね」

　マウンドの五月は、帽子のつばの中央をつまんでから、ゆっくりと投球モーションに入る。足を上げてから体をかがめ、左腕をしならせて初球を投じた。

「む？」

　地面スレスレから放たれたボールは、球速自体は速くない。だが、手元で伸び、鋭い切れを感じさせるストレートが低めに決まり、飯塚は手を出さなかった。

（…なんだこれは）

　飯塚は、ただただ戸惑った。球速はせいぜい90キロ。しかし、初めて見た軌道というせいもあるが、どうも打てる気がしなかった。

　二球目。今度もストレート。アウトローに投げ込まれ、飯塚はバットを止めた。しかし…

「ストライク！」

「な！？」

　主審の判定に声を上げる飯塚。選球眼に自信を持つだけに首をかしげる。そのしぐさを見て、二宮も驚いていた。

（ウチじゃ一、二を争うぐらいの選球眼のいい飯塚さんが…見極められていない？）

　そして、返球を受けてからすぐさま三球目。テンポのいい投球に飯塚はタイムをかけようとするが間に合わない。インコース低めに、ストレートが寸分狂いないく決まった。

（ぐっ…）

「ストライク、アウト！」

「ど～んなもんよ！」

　飯塚をストレート3球で三振に仕留め、五月はマウンドで指を鳴らした。

　続くは「望月一派」の一人といえる安川。彼をあざ笑うように、五月はとにかく遅いボールを投げた。

「んな、ととと」

　あまりのスローボールに、安川は待ち切れずにつんのめる。それこそ、まるでバッティングセンターのようなボールで、五月はストライクを奪った。

「くっそ…なめられたもんだぜ」

　足元を均しながら安川はぼやいた。

「じゃ、次はこれね」

　そういって五月はカーブを投げた。

「うおぅっ！？」

　地面から弾んだかのように浮き上がり、そこから緩やかに大きな弧を描くアンダースロー独特の軌道に、安川は完全に翻弄され、うっかりバットを出す。鈍い当たりがピッチャー前に転がった。

「はい、二丁あっがり～」

　苦々しい表情で走る安川に余裕の表情を見せて、五月はボールをさばいて一塁に送球。ピッチャーゴロに仕留めた。

「やれやれ情けないな。飯塚さんもヤスも、ずいぶん簡単にやられましたね～」

　ネクストサークルでバットにロジンバッグをこすりながら、望月は二人をあざ笑った。

「くっ。仕方ないだろ。初めて見る投げ方と軌道だ。それに、スピード以上に打ちにくいんだよ」

「それにモチさん。あのカーブやばいっすよ…。下からいったん浮いてから落ちてくるんだし…」

「フフ。まあ、見てろ。俺が手本を見せてやるよ。俺の業（わざ）を教えてやるよ」

　そうほくそ笑んで、望月は打席に向かった。

「三番、ショート、望月。背番号、３」

　ウグイス嬢のアナウンスとともに、大きくわくスタンド。さすがチーム最古参の人気選手。とりあえず五月はその人気ぶりに舌を巻いた。

「へ～。独立リーグでも、ちゃんと活躍すればファンになってくれるんだ。でも、あの人を打ち取れば、それだけインパクトあるわけだ。気合い入れてかないとね！」

「しかしニノ。お前もいいリードするねえ。あの子の良さをもう理解してんだな～」

　左のバッターボックスで足元を均しながら、望月は二宮に声をかける。

「いやモチさん。俺、リードしてないっすよ」

「は？だってあの子、変化球とかコースとかうまく投げ分けてるじゃないか」

　二宮の言葉に、望月は目を丸くする。

「あの子の指示ですよ。『持ち球、内外、高低。それぞれをグーチョキパーで出してくれ』って言われましてね」

「なんだと…。じゃあ、全部あの子が」

「監督の指示ですよ、しかもこれ。『弱点云々考えずに、ピッチャーのお前が隙に投げろ。それで十分あいつらは打てないから』って言ってましてね」

　苦笑交じりに二宮は説明したが、バッターの望月から笑みが消えた。出石監督が、自分たちを完全に見下しているが故の作戦だと感じたからだ。

（なめたマネをしてくれる…。あの子には悪いが、火だるまにして後悔させてやる）

「プレイ！」

　主審がコールするとともに、五月は何度かうなづいた末に初球を投じる。アウトコース低めのストレートだった。見送ってストライクの判定。望月はボールを見て鼻で笑った。

（確かにキレはいい。だが所詮90キロのスローボールだ。タイミングを合わせられれば打てる）

　そう余裕の表情を見せた望月。その余裕を、五月は二球目に吹き飛ばした。

「うっ！？」

　二球目、五月は躊躇なくインコース高め、望月の顔をめがけて投げ込んできた。身体をひねってよけた望月だが、判定はストライクだった。驚いた表情見せた望月に対して、五月はほくそ笑んでみせた。

（くっ…だが俺を変化球で打ち取るなんて、ルーキーには重い課題だぜ）

　強がった笑みを返す望月に対して、五月はまたニヤリとする。

（『カーブで来るなら来い』って顔に書いてる。少なくともあのビーンボールで頭に血が上ってる…）

　そして五月は三球目を投じる。対角線上、アウトローの速い球だ。

（裏をかいてストレート、だが遅いボールぐらいいくらでもアジャストできるんだよ！）

　得意満面で打ちに行った望月。だが、ボールはわずかに変化した。

　ガコ…

　鈍い音を立ててボテボテの打球が転がる。

「くっ、ブレ球ってやつか…。だが、俺の脚をなめるなよ」

　勢いのない打球だったが、五月がマウンドを降りきる前にショートの方向に転がる。左打者な上、足も速い望月なら内野安打でもおかしくない打球だったが…

「あらよっ！！」

　猛然と走りこんできた将人が、鮮やかなグラブさばきで打球をさばくと、躍動感のあるジャンピングスロー。望月が一塁ベースに達する寸前に、送球がファースト宇治木のミットにズバンっと音を立てて収まった。

「な、なんて送球だよ…めっちゃ手が痛え…」

　宇治木はそうぼやきながら、ちらりと望月を見やってベンチに下がった。

「ナイッショ（ナイスショート）！やるじゃん」

「あんな打球なんでもねえや。おめえこそ、ナイスピッチ！」

　五月と将人は互いをたたえながら、グラブでタッチを交わした。