追加点

 ルーキー中心の紅軍が先制点を奪ったその裏、レギュラー勢が占める白軍を三人で片づけた五月。試合は立ち上がりでいきなり差がついた。

「くそったれ…このままやったら俺が無様でしゃーないやんけ。これ以上打たれてたまるかってんだ!」

 一方で、石岡の方も先輩としての意地がいい方に働き、二回は負けじと三人切りを披露する。

 だが、五月にとって、この初回の先制点は大きかった。

(正直…望月さん以外はツーシームを使う必要を感じないわ。カーブで目線をぶれさせて、ストレートは徹底して低め。まずはこれをやっていこう)

 二回の白軍は四番の大和田から。五番の黒沢、六番の大垣と三人とも長打が自慢のバッターだ。しかし、五月にとっては初回以上に楽な三人だった。長打を武器とするバッターは往々にしてミート、ボールをとらえる技術が拙かったりする。独立リーグともなれば、その傾向は強く、また五月のボールにまるで慣れていないこともあり、面白いようにストレートの遅さにつんのめり、カーブに目線を上下させ、低めを見極められず、高めには簡単に手を出した。見事なまでに手玉に取った五月は、なんと三者三振で片づけて見せたのである。

「へっへ~ん!どんなもんよ、ってね」

 大垣が空振り三振に倒れた瞬間、五月はマウンドを降りながら指を鳴らした。

 しかし、石岡もまた立ち直り、三回は互いに三者凡退で片づけた。


「立ち直りやがったな、あいつ。ぼちぼち追加点をとりてえな」

 三回裏の守備を終えて、将人は手袋をはめながら、投球練習をする石岡を見やって危機感を募らせる。

「あら?別にいいわよ。今日のあたしは打たれる気がしないもの。一点で十分よ」

「ばーか。俺たちが不安なんだよ。1点差なんざワンチャンスだぜ。楽に守りてえから追加点がほしいんだよ」

 得意げに語った五月に、将人は厳しい一言。五月は「何よそれ」とむくれた。


「四番、ショート、梶野」


 4回表、先頭の山野がショートゴロに倒れ、ランナーなしで将人に打席が回った。足元を黙々と均すしぐさには、すでに大物のような雰囲気が漂っている。

(ちっ。こいつをどないするかやな…。変に歩かせても走られたら面倒や)

 マウンドの石岡は、ロジンバッグに手をやりながら、将人へのピッチングを思案する。大垣もまた、将人の打者としてのポテンシャルに警戒を強めていた。

(とにかく低め。外中心に。こいつは典型的なプルヒッター(引っ張り傾向の打者。右打者なら左方向への打球が多いタイプ)だし…それに、歩かせたところで後のバッターを考えれば、うかつに勝負しなくてもいいですよ)


 大垣がちらりと見やった視線の先に、五番の軽井沢と六番の宇治木がいた。二人はチームでは代打の切り札的な存在だが、将人と比べればいささか格は落ちる。


 しかし、この大垣の慎重なリードが、裏目に出た。


(前の打席の弾丸ライナーだったり、これまで見せてきた俺のバッティング、そんでもって、後のバッターと俺を天秤に駆けたらむやみに勝負はしない。だが、歩かせたくもないって思ってるはずだ)


 そして初球。将人は石岡のストレートに対して思い切り踏み込んだ。


(そして最も打ちにくいコースでまずはカウントを取りに来る…ズバリ、アウトロー)


 将人のバットはアウトローに投げ込まれたストレートをとらえると、実にシャープなアッパースイングで打ち上げた。レフトの仲やセンターの飯塚は、一歩も動かなかった。将人はバットを放り上げ、歩きながら一塁へ向かう。


「ドンピシャだ」


 そうつぶやいて得意げな表情の将人。打球は外野スタンドの防球ネットを超える場外弾となった。


「打った瞬間に歩きやがって…。礼儀のなってない奴だな」

 二塁を回るとき、ショートの望月が将人を挑発してきた。

「ハッ、そっくり返しますよ。ガキの過去をいちいち引っ張り出して、自分の立場を守ろうとするなんて、小さい連中ですね。あんたら」

「…なんだと」

 望月は眉間にしわを寄せるが、将人は怖くないとばかりにゆっくりとかけていった。


(図に乗りやがって…)


 ベンチに戻った将人は、仲間から手洗い祝福を受けた。

「ヒュ~、言うだけあるなあお前!すげえ打球じゃん!!」

「ほんとに俺たちと同い年かよ。なんてホームランだよ」

 駿介や越川が、そういながら将人の頭や背中を叩く。そこに、五月が近寄ってきた。

「ふ~ん…口だけじゃないのね」

 はじめは真顔で、そう言って微笑んで手を挙げた五月。

「ふん。少しは思い知ったか?」

「少し、ね」

 二人は笑みを浮かべながらハイタッチを交わした。


「くそったれ!!」

 一方でマウンドの石岡は、怒りに任せてマウンドにグローブを叩きつけた。そして大垣に八つ当たった。

「オドレの弱腰リードのせいで打たれてもたやんけ!!」

「そ、そんな…。コースもキレも良かったのに打たれた以上は…あいつの方がすごいとしか…」

 剣幕にひるんだ大垣はそう漏らすが、火に油を注ぐような言葉が出てしまう。

「ああ!?ほなら何か?俺の方がヘボい言うんか!?」

「べ、別にそう言うわけじゃ…」

 石岡よりも一回り大きいにもかかわらず、烈火のごとく怒る先輩に完全にビビった大垣。そこに、見かねた田森コーチがマウンドに現れた。そして石岡に非情な通告をする。

「もういい石岡。ピッチャー交代だ」

「な、なんやと!?」

「打たれた事実を受け入れず、キャッチャーに責任を丸投げするようなピッチャーを、これ以上マウンドに残すわけにはいかん」

 なおも反論しようとするが、田森コーチは殺意に近いようなオーラを醸し出し、それを抑える。石岡はしぶしぶマウンドを降り、ベンチにグローブ、帽子を次々とたたきつけた。

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