どんどん上がっていくハードル
「しかしとんでもないことになったな~。まさかこんな試合をするとはね~。でも、オレは五月ちゃんのために頑張るだけだよね~」
将人と望月の対立から流れ流れて開催と相成った新人勢とレギュラー勢の紅白戦。出石監督率いる新人勢の一人、駿介は自分に酔っているかのようなつぶやきをする。
「五月ちゃんって…お前速水さんに散々殴られてなかったけ?」
それを聞かされた越川はあきれかえる。
「うおっと痛い思い出掘り起こすなよコッシー。まあ、見てなって。活躍して、あの子のハートを梶野から奪い返してやるさ!」
「…まずは『自分に気がある』前提で話すのやめろよ」
「あいつ…とことんおめでたいやつね」
遠目から駿介の振る舞いを見ていた五月は、あきれてものが言えない気持ちになる。
「いいんじゃねえか?それで張り切ってくれるなら。あいつの守備と足は、間違いなく独立リーグのレベルを超えている。センター守らせたら、あんな頼れる奴はいねえよ」
傍らで素振りをしていた将人は、苦笑しながら五月にそう話した。一夜明けて気持ちはだいぶ落ち着いたらしく、今は目の前の試合に備えている。
「ねえ将人。もう大丈夫?」
「ん?ああ…。正直言いたくはなかったが、言えてスッキリできたぜ。あと、昨夜のお前の言葉で余計にな。ありがとよ」
「何よ。別にお礼を言われる筋合いはないわ。とりあえず、ちゃんと野球をやる気でいるのか、見させてもらうわ」
「ケッ。偉そうに…」
そんなときであった。
「え~、本日球場にお越しくださいました、紀州ホエールズファンの皆さま。今宵行われます、“勝てばレギュラー決定”紅白戦を、ぜひともお楽しみください~!!」
唐突に流れたアナウンス。声の主はほかでもない出石監督だった。
「先攻紅軍は、わたくし出石が率います、新人軍。むろん彼らだけでは足りませんので数人のお力をいただいております。それでは発表しま~す」
選手が敵味方関係なく唖然とし、スタンドの観客も戸惑う中、一人ノリノリの出石監督。構わず出石監督はメンバーを読み上げていった。
「え~1番センター松林。2番ライト越川。3番レフト山野兼任コーチ。4番ショート梶野。5番指名打者軽井沢。6番ファースト宇治木。7番サード
「あの監督何なの~?勝手に何やってんだか…」
最後に一人だけフルネームでアナウンスされた五月は、歯が浮くような前フリに顔を赤らめてあきれかえる。将人は苦笑しながら同情した。
「すっかりノリノリだな、あの監督。読めねえおっさんだぜ。ったく」
だが、次のアナウンスに、紅組の一同は戸惑いを隠せなかった。
「なお、我々の控えは投手の甲斐と小島の二人のみ!これでレギュラー軍に挑ませようと思います。な~に、揃い揃った精鋭ぞろいなんで、軽~くひねってやりますよ~」
「はあ!?野手の控えなしかよ!!あのおっさんいい加減にしろよ…」
「ピッチャーも五月ちゃんと甲斐って無口な奴と、小島さんの3人だけ?ってことは12人だけってことかよ。さすがに無茶だろソレ~」
出石の宣言に将人と駿介は同じように声を荒げた。だが、それ以上にスタンドからちらちら注ぐ視線に気づき始めた。
「なあ、間嶋。俺たちって、今ファンの皆さんを…敵に回してる状態、かな?」
「だと思うよ、越川君。そうでなかったら『生意気な奴らだ』って目つきする人いないでしょ」
間嶋と越川は戸惑うように互いに聞きあった。
「はは…。自分のチームを追い込むなんて…つくづくイカれてるわ、あの監督」
五月は死んだ目でひきつった笑みを見せていた。
一方でウグイス嬢が読み上げたメンバーは、去年のホエールズのベストメンバーだった。どういう選手かはおいおい話すとして、名前だけでも次のように列挙しておこう。(▲左打ち)
中 飯塚
右 安川
遊 望月▲
一 大和田
指 黒沢▲
捕 大垣
三 穴吹
二 鈴本
左 仲
先発投手 石岡
「結構右バッターが多いわね…。正直投げにくい、かな。印象は」
五月はメンバー表を見ながら、ため息交じりにつぶやく。
「確かに、左バッターは右のアンダースローに強いってよく言うから、逆もあるよな。大丈夫かお前」
「う~…今まで右バッターってアンタとしかやってないから、微妙だな~」
将人の心配を否定しきれずにいる五月。だが、出石監督は平然と言う。
「な~に。心配することはねえよ。あいつらは間違いなく打てねえ。おい二宮」
「なんでしょう、監督」
出石監督は、マスクをかぶる二宮を呼びつけて、こう指示をした。
「お前、小島とはいつもどおりリードしろ。だが、甲斐はストレートしかないから、グーチョキパーでコースと高さだけ指示しろ。そして速水については、速水に全部サインを出させろ」
「え?僕がリードしないんですか?」
「お前にやらせたらあいつらの弱点とか得意なコースを意識してやるだろ。んなもん必要ねえよ」
出石監督の指示を傍らで聞いていた五月は、当然異議を唱えた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ。なんでアタシがリードを…。それにふつう弱点つくのは当たり前なんじゃ…」
「いいんだよ。そんな情報なくても、お前のボールとコントロール、それに度胸で十分抑えられる。あとはお前のボールをちゃんととれるかどうかだが、だから肩とバッティングはいまいちでも、キャッチングが一番うまい二宮にこっちのマスクをかぶらせるんだよ」
「…それ、二宮さんをけなしてますよね」
あきれるように五月がとがめる傍らで、二宮は顔を引きつらせていた。
「とにかくだ。お前は向こうの打線を抑えられるし、向こうのピッチャーを打つのは簡単だ。特に梶野、お前はな。案ずるより産むがやすしだ。いけいけどんどんだ」
「のんきな号令だな…。まるで他人事みたいに楽しみやがって…」
ベンチにふんぞり返ってそう言った出石監督に、将人はあきれるようにぼやいた。
一方で血気盛んなのは、レギュラー組にベンチだ。
「左のアンダースローってだけで先発させて勝てると思ったら大間違いだぜ、あの監督」
「それだけ俺たちをなめてるってことさ。ボッコボコにして節穴だってことを教えてやりましょうよ!」
「あの子には悪いが…めった打ちにしてあの監督に赤っ恥かかせてやるさ!」
そんな息巻く選手たちを、レギュラー勢の白組を指揮する田森コーチはたしなめた。
「お前たち、意気込みは結構だが、油断はするなよ。今年の高卒たちは、大学生や社会人とのテストを勝ち抜いた選手ばかりだからな」
だが、田森コーチが刺した釘を、選手たちはあしらうように返した。
「そりゃそうかもしれませんがコーチ。こっちはテスト生の連中とはわけが違う。独立リーグの矜持ってやつを見せてやりますよ。入る前の連中とは格が違うってことをね」
望月は自信満々に返したが、田森コーチは内心あきれ返っていた。
(じゃあ今までのお前らはどうだったんだって話だろ。矜持を語るほど結果を出してないのに・・・。ま、だからこそ、そういう意気込みは慢心であると気づけないんだろうな)
「一回の表、紅軍の攻撃は、一番センター松林。背番号1」
片や自分の監督にハードルを上げられ緊張気味、片や傲慢と言える血気盛ん、そんな両雄の試合は始まった。
「さ~て。五月ちゃんに楽させるためにも、まずはオレがアンタらをかき回すとするかね~」
軽口をたたきながら左のバッターボックスに入った駿介。バットを向けられた石岡は、その生意気な態度にイラついた。
(可愛げのないやっちゃな。ちょっとお灸をすえたるかい)
マウンドの石岡は振りかぶり、初球を投じた。
「わっ!」
駿介は驚きの声を上げてのけぞる。いきなりのビーンボールだ。
「何やっとんねや。インハイがちょっと抜けただけやんけ。大げさに驚きなや」
石岡はそう言って嘲笑したが、駿介はそれ以上に露骨な態度をとった。
「いや~ショックだな~。軟式上がりに
「あ゛?」
その挑発に、石岡はあっさり引っかかった。
「へ~意外ね。あいつあんな悪口言うんだ」
五月は見直したように呟く。だが、隣に座る間嶋は首をひねった。
「そうでもないよ。たぶん男にはあんなこと言えるんじゃないのかな?」
「あ、女の子だけにやさしいってやつね」
間嶋の推理に、五月はあっさり納得した。
(このガキ…だったら俺のスライダーに驚いてもらおうかい。独立でやるにゃこれぐらいのボールがいるんや)
石岡の二球目は、インコースに向かって投じられ、途中から外角に大きく変化していくスライダー。だが、駿介は驚きのテクニックを披露する。
振り子打法で外角のスライダーに逆らわず打ちに行き、見事にさばいて三遊間を破ったのである。
「そ、そんなアホな」
唖然とする石岡を、駿介は一塁ベース上で鼻で笑った。
(フフフ。軟式ってのは無駄な力が入ると飛ばないんですよね~。だからミート技術は硬式の連中よりはあるつもりさ)
さて試合の行方はいかに。
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