所詮、独立リーグは…

 望月によって暴露された将人の過去。選手たちが騒然とする中で、出石監督が現れた。そして「将人は俺が連れてきた」と言い切った。


「ちょ、監督…連れてきたってどういうことなんですか?」

 望月の問いに、出石監督はさらりと言った。

「そのまんまだよ。学校を追い出されたこいつを、俺がチームに連れてきたってことだ。つーかお前らはこいつが乱闘騒ぎを起こした主犯とか言ってるけどよ、こいつが殴ったのは一人だけ。しかも、対外試合禁止に至った部員の暴力ってのは殴られた方が主犯なんだぜ?」

「どういうことですか?」

 五月をはじめ、再びざわつく選手たち。出石監督はいきさつを話した。

 上総学院の野球部は全寮制で、ここ数年全国から有力選手を次々と勧誘し、急速に力をつけていった。しかし、集まった選手の中には『裏の顔』を持つ輩も多く、学院理事長のドラ息子だったキャプテンをはじめ、越境留学のレギュラークラスは喫煙や補欠に対するいじめが常態化していた。

 将人は彼らとはもともとそりが合わないことに加えて、そのような振る舞いを苦々しく思っており、最上級生になってからはたびたびキャプテンたちと口論になった。そして、夏の事件に至る。ここは将人が自ら話し始めた。

「…思い出すだけで腹が立つぜ。あの日、準決勝進出を決めた試合でノーヒットだった後輩が二人いてな。そいつらがベンチ外の連中に八つ当たりしてたのを見たんだ」



『てめえら何やってんだ!!』

 寮に戻った時に、それに遭遇した将人は、後輩たちを怒鳴りつけた。

『レギュラーだからってこんなことが許されると思ってんのか!仲間に八つ当たりするんじゃねえよ』

 だが後輩は、将人の叱責を鼻で笑う。

『何言ってんすか梶野さん。そいつらは俺たちと違う、ワンランク下の素人っすよ?かばう必要ないでしょ』

『はあっ!?てめえ…本気でそんなこと思ってんのかよ…』

『おい。何やってるんだ?』

 そこに騒ぎを聞きつけたキャプテンが現れる。事情を聴いたキャプテンは当然後輩を注意したが、その内容は耳を疑った。

『お前らバカだな~。今大会中だぞ。こんなことがバレたら俺たちの夏が終わるんだぞ。…やるならバレないとこでやれ』

『ちょっと待てよ!!そんな注意はねえだろ。レギュラーだろうが補欠だろうが、チームメートを殴っていい理由なんてねえ。お前それでもキャプテンかよ!!』

 だが、キャプテンは将人を逆なでするような言葉を吐く。

『梶野よ…お前こそバカなんじゃねえか?こいつらかばってなんか得でもあるのかよ?今時人情に厚いなんて暑苦しいだけだぞ。大目に見てやれよ』

『大目にって…それがキャプテンの言葉かよ…』

『…チッ。図に乗るなよ梶野。地元出身の叩き上げでただ一人のレギュラーってだけで、俺に意見する権限はないんだよ。こいつらは創立以来初の甲子園めざしてプレッシャーのかかる試合をしているんだから、はけ口の一つや二つは必要なんだよ。で、そのカスどもは野球で戦力にならない代わりにレギュラーをフォローする義務がある。これはその一環なんだよ』

 平然と言い切ったキャプテンに、将人は積年の怒りが限界に達した。

『そうか…。じゃあこれは『正当行為』ってわけだな』

『ああ。そういうことだ。わかったなら、この話は終わりにして…』

 背を向けて歩こうとするキャプテンの肩を、将人は無言で掴む。そして、人生で一番固く握りしめたこぶしを構えた。

『だったらこんな野球部、甲子園に出るんじゃねえ!!!』

 怒鳴り声とともに、将人はキャプテンの顔面に渾身の一撃を食らわせていた。




「まあ、理事長の息子をぶん殴っちまったら、そりゃタダじゃ済まねえな。こいつは即刻退学になった。で、今までのそういうやつらの暴力行為も全部こいつのせいにしようとしたんだが…人望の厚さっていいねえ。勇気づけられたいじめられっ子が集団で高野連に告発して、めでたく出場停止となったわけだ」

「めでたくないでしょそれ…」

 カラカラと語る出石監督に、五月はあきれながらにツッコむ。

「ま、こいつはプロも注目してたんだが、理由はどうあれこういうことをしでかした輩を指名するもの好きなんていねえからな。で、その前に敗退していた俺が助け舟を出したってわけだ」


 だが、出石監督の説明を聞いてなお、望月は難癖をつけ、ここぞとばかり監督を糾弾する。

「で、ですが、そもそもアンタのひいき丸出しの振る舞いに俺たちは腹を据えかねてるんですよ?第一、あなたこの子に過保護すぎるでしょ。同じバッターにばっかり勝負させて、一人別メニューで大事に大事に育てて。なんで紅白戦で俺たち相手に投げさせないんですか?もっといろんなタイプの選手対戦させなきゃダメでしょう?」

 もっともらしい疑問をぶつけてきた望月を、出石監督は鼻で笑った。

「なんで投げさせないか?こいつは紅白戦でまだ投げる段階じゃねえんだよ。今から投げさせたら自信なくしちまうだろう。…お前らが」

 笑いながら言い返し、最後に真顔で言い切った出石監督。望月の表情が、みるみるうちに強張る。

「は?…俺の聞き間違えかなあ…俺たちがこの子に敵わない…そういったように聞こえましたけど?」

 慇懃無礼いんぎんぶれいに聞き返す望月に、出石監督ははっきりと言い切った。

「おめえの耳は正常だよ。てめえらみたいは掃きだめの味噌っかす程度に、この子は打てやしねえって、俺はちゃんと言ったぜ?」

 唖然とする望月たちに、出石監督は罵声を浴びせた。

「てめえら下の下の連中に俺が見込んだ選手が負けるわけねえだろ。こんなぬるま湯でぬくぬくしてきただけの掃きだめ連中で優勝を目指せると思ってんのか?何も言ってこなかったのはとっくの昔に見切ってるからだよ。自惚れ過ぎてそんなこともわからなかったか?素人の延長線上に立ってるくせに、おめでたい連中だなおい」

 出石監督の最後の一言は、望月たち旧レギュラー陣の堪忍袋の尾をぶった切るには十分な切れ味だった。

「…ああそうかい。だったらそれを証明してもらおうじゃないですか!!明日でキャンプ終わりでしょ?最後の紅白戦であんたの根拠を示してもらいますよ!!」

 望月の挑発を、ほかの選手たちも乗ってくる。出石監督は楽しそうに笑った。

「いいね~そうこなくっちゃ。んじゃ、明日は俺が直々に高卒組を率いてお前ら先輩たちに胸を貸してやろうじゃねえか。ただ、元プロの小島と山野はこっちにくれよ。こいつら実力不足だかよ」

「フン!別にかまいませんよ。高校野球しかやってこなかったあなたに、独立リーグの厳しさを教えてあげますよ!!」

 将人への糾弾はいつの間にか新人対旧レギュラーの紅白戦にすり替わっていった。




「悪かったな、五月」

 騒動が収束して解散となった後、将人は五月に頭を下げた。

「話したくはなかったが、絶対にお前をだますとか、そんなことで言ってなかったんじゃない…っつっても説得力ねえかな」

 頭をかく将人。五月はそのまま近づいて、ビンタを一発お見舞いし、ため息を一つはいた。

「はあ…。男ってほんっと女子に対して変な気づかいしちゃうわね。…まあ、正直はじめは軽蔑しちゃったけどね。あんたのやったことを正当化する気にはなれないけど、仲間を思う気持ち、すごい分かった。で、アタシにちゃんと話してくれたから…許す!」

 そういってこぶしを突き出す。将人は苦笑しながら五月とグータッチを交わした。

「ったく、すげえ器だな、お前」

「昔は昔、今は今よ。それより、明日の紅白戦がんばろ。望月さんたちを絶対に見返してやるんだから」

「ああ!俺もそろそろケリつけたかったしな。あの連中を絶対に黙らせてやるぜ!」



 そして夜が明け、グラウンドでは今季のチームを占う上で重要な一戦を迎えるのであった。

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