出場停止になった原因

「正直…あの監督よくわかんないっすよね」

 一日が終わろうとしている、宿舎の食堂での一幕。望月をはじめとした既存選手一派の雑談。望月の弟分の一人である外野手の安川がそうつぶやいた。これを皮切りに、周りの選手たちが愚痴をこぼし始める。

「確かに、俺たちをまるで見てないって感じだな…。つーかほとんどグラウンドにいねえし。なあ石岡」

「ホンマやな。ブルペンにもあんまり来てへんし、来たと思ったら紅白戦で偉そうにスタンドからスピーカーで指示してるだけやしな」

 一発屋の内野手・大和田がリリーフ左腕の石岡に話を振り、石岡は同調する。

「なあ、モチさんはあの監督、正直どう思います?」

 大和田はそこで望月に話をふった。

「まあ、あんまり悪い方には考えないようにしようぜ?むしろ『お前らは言わなくても大丈夫だろ?』ってメッセージかもしれないしな。とは言うものの、正直俺もあの監督には疑問しかつかないね。高校野球の監督が独立リーグの監督ってできるもんなのかってね」

 出石監督は、今シーズンからホエールスの指揮を執るが、前職は高校の事務員、野球部の監督だった。四半世紀以上甲子園から遠ざかっていたの千葉の古豪・市原東高校をたった一年で様変わりさせ、在任十年間で六度の夏の甲子園出場。NPB、俗にいう「プロ野球」入りする選手も育て上げた。昨年夏に同校を退任してフリーになったところを、その手腕を買って山村社長自ら自宅を訪れて説得し、異例の就任と相成った。

 だが、正直言って選手たちの間ではこの人選はおおむね不評だった。

「なんで今更アマチュアに頼むんだ?」

「高校野球と独立リーグは全く違う!」

「おんなじつもりでやられたらたまったもんじゃない」

 望月をはじめ一部の選手たちの反発は小さくなく、球団社長直々に説得したことで一度は元鞘に収まったものの、彼らは面従腹背の姿勢でキャンプを過ごしていた。そしてそのはけ口に、出石監督の肝いりで入団した高卒選手たちをいびっているのである。

「正直な、俺はあの梶野ってやつは、相当やばい奴だと思ってる。お前ら、上総学院って知ってるだろ」

「ええ。確か、去年の夏に暴力事件で出場停止なった、千葉の高校ですよね。あ~そう言えばあいつそこの出身って聞いたな」

「それなんだがなヤス。実はそれの主犯が…あいつらしいのよ」

 望月の特ダネに、ほかの選手は一斉に目を見開いた。

「ま、マジっすか…」

「それ、めっちゃやばいやないですか…」

「なんでも、キャプテンをはじめ、同級生を何人も殴ったらしいんだよ。で、一人が鼻の骨、折ったらしくてな。翌日が準決勝って時に救急車騒ぎ…と、ちょうどいいな」

 望月が会話を止めて入口の方を見やる。話し始めたタイミングで将人が現れたからだ。

「せっかくだから本人に聞いてみるか。ついでに手を出させればクビに追い込める。そんな危ない奴と野球をやるなんてまっぴらごめんだからな」

 そうほくそ笑んで、望月は立ち上がった。



「あ~いいお風呂だった!さ~てたらふく食べますか」

 浴場からジャージ姿で出てきた五月は、鼻歌交じりに食堂に向かう。だが、その入り口前に人だかりができている。何事かと思うと、望月たちの声が聞こえてきた。

「ね、ねえ。越川君。何かあったの?」

「いや、それがね…」

 問いかけた五月に、説明をためらうように口ごもる越川。すると望月の声が聞こえてきた。

「いったいどういうことなんだ?よくもまあこんな『前科』がありながら、独立リーグで野球やろうなんて…。しかも、やらかしてからまだ半年ぐらいしか経ってないのにいけしゃあしゃあと。ふてぶてしいにもほどがあると思わないのかな?君は!」

 いつものように見下した態度で話す望月だが、声の調子は、まるで鬼の首を取ったかのように強い。

「ふつう相手をケガさせたら『傷害罪』って犯罪なんだぜ?街中でやらかしたら逮捕されるんだぞオイ」

「そんだけのことやっといてぬけぬけとウチに来たもんやな。ええっ!梶野将人容疑者!!」

 その名前に反応した五月は、取り巻きをかき分けて騒ぎの中心に出る。そこには腕組みしながら将人を見下ろす望月たちと、こぶしを握りうつむいたまま黙っている将人だった。

「ちょ…これって何なんですか!?」

「お~。これは速水ちゃん。君、男を見る目くらいはちゃんと身に着けた方がいいよ?」

 五月の質問に対して、望月は訳のわからない警告をする。

「今、梶野容疑者って…将人が、何かしたっていうんですか?」

「したんだよ、彼は。暴力で母校を出場停止に追いやったのさ」

「え?」

「鈍いなあ。彼が上総学院で野球やってたのは君も知ってるだろうけど、その対外試合禁止の元凶は彼が引き起こしたんだよ」

「…はあ?」

 得意げに語った望月の態度に、五月は心底頭にきて喧嘩を売るような物言いで突っかかる。

「あなた…ちょっとどうかしてるんじゃないですか?いくら将人が気に入らないからって、よくそんなでたらめを…ちょっと将人!さっきから黙ってないで、いい加減言い返しなさいよ!!」

 怒り心頭といった具合で、五月は将人をあおったが、うつむいたままの将人は何も言わない。いい加減焦れた五月が胸倉をつかんで見上げるが、その時に将人と目が合った。

 そして同時に悟った。将人の眼は、五月に無言で訴えていた。手の力が抜けた五月は、将人に問う。

「…本当、なの?」

 誰もが静まり返った中で、将人は静かに口を開いた。

「…。ああ、望月さんの言ってることは、間違ってねえ。…上総が処罰された原因は、俺だ」

 その告白に、五月は呆然とする。そして、様子も見ていたほかの選手たちも驚き、ざわめく。そして望月は五月の肩をつかんで自分の方に引き寄せる。

「どうだい速水ちゃん。こいつはそういう奴なんだよ。チームメートから『最後の夏』を奪っておきながら、自分はのうのうと野球を続けられる、冷酷な男さ。危なかったね~、危ない目に遭う前に本性がわかってさ」

 慰めるような口調で語りかける望月だが、五月の耳には一切入っていない。しかし、ショックの自分を落ち着かせる中で、思い当たる節もあったことを思い出していった。入団試験の時の態度や、つい最近の雑談で、高校時代を触れられたくない将人の態度。あれは、この事実を知られたくなかったからだ。そして、言葉を絞り出す。

「ねえ…高校の時の話、あんまり話したくなかったの…これを知られるのが嫌だったからなの?」

「まあ…そうだな。別に、話したところで変に思われるだけだ。第一、まだチームメートになってから二か月も経ってねえのに、そんなところまでさらせるかよ。普通」

 視点の定まらない将人に、五月はますます唖然とする。そんな状況で、望月は将人に追い打ちをかけるように糾弾する。

「さてと梶野君。君、まさかまだここで野球をするつもりじゃないだろうね?悪いけど、俺たちは君を絶対に認めないよ。こんな危険人物、うかつに何やらかすか分かったもんじゃないからね」

「そうそう。ウチみたいな独立リーグのチームは、スポンサーあってのもんだ。いつ事件を起こすかわからない爆弾抱えて、それがスポンサーの不信につながったらと思うと、あ~あ~。俺たちも、明日は我が身って奴?」

 得意げに安川がそういうと、ほかの選手たちは将人に一斉に冷たい視線を送る。将人はそれでも、一切反論しない。その姿を見て、五月は徐々に正気を取り戻し、改めて将人の心情を思いやれるようになった。

(自分のしたことの重み…ちゃんと消化してるんだね、将人。だから、何も言わないんだ…)

「とにかく!これは俺たち選手の総意として、お前には今日限りで退団してもらう。部屋の荷物をまとめて、この宿舎を今すぐ出てってくれ」

「…わかりました」

 勝ち誇った望月に、なおも黙って一言。それだけを言って、将人は食堂を出ようとする。そこに出石監督がやってきた。

「おいおい望月~。てめえ最古参だからっていつからそんな偉くなった。俺はお前に人事権を与えた覚えはねえぜ?せっかく連れ込んできた原石を研磨する前にどぶに捨てねえでくれるか?」


 せっかく?連れ込んできた?


 出石監督の言葉に、選手たちの混乱は深まるばかりだった。

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