悪質ないじりを受ける主人公たち

 ホエールズのキャンプは、順調に日程を消化し、紅白戦も行われるようになった。将人をはじめ新人選手たちも、日々アピールに勤しむ。


(もらった!)


 紅白戦での一幕。将人は確信めいてスイングし、そのボールを捉える。打球は快音とともにレフトスタンドに弾む。スタンドからはファンの歓声、グラウンドでは選手たちの驚嘆の声が上がる中、打たれたピッチャーの小島も悔しさより清々しさが勝った。

「インローの厳しいコースをああも簡単に飛ばすかね~。しかも食い込んでくるシンカーをさ。ハハ、ありゃ独立リーグじゃ反則の才能だね」


「やるね~怪物君」

 二塁ベースを回った将人に、望月はそう世辞を言う。将人はちらりと見やっただけで三塁を回る。すると、望月はわざとらしく叫ぶ。

「おいお~い、もうレギュラー気取りか?チームメートからの賛辞ぐらい会釈したらどうだ~?そんなプロ気取ってると痛い目に遭うぞ~」

「おいモチ。そういう言い方はよくないぞ」

 見かねた小島はそうたしなめ、望月は「悪い悪い」と謝るフリだけをした。


「か~。ああいうのやだねえ~。変に難癖つけてくるよりタチ悪いな」

 ベンチで将人を出迎えた駿介は、眉をひそめながら将人に言う。

「しかしお前も言われっぱなしでいいのか?少しは言い返さないのか?」

 駿介の言葉を、将人は鼻で笑って耳元でささやいた。

「ああやってお世辞を言うぐらいしかできない小物なんか相手にするだけ面倒だ」

 ほくそ笑んだ将人に、駿介も合わせた。

「言うよね~、お前」




 その頃、ブルペンでは五月が黙々と投球練習をしていた。肩慣らしと言うよりは、実戦を意識した投げ込みで、一球一球に力がこもっている。その表情は憮然としていた。そこに、田森コーチが現れた。

「速水。出番だ、行け」

「…はい」

 コーチにそう返した五月。ため息を一つついて嫌々な表情でブルペンを出る。

「何が不満なんだ」

 田森コーチの問いかけに、五月は舌打ちをしながら返した。

「…また『あいつ』となんでしょ?」

「ああ。また梶野との勝負だ」

「はあ~、なんであいつとばっかり…」

「昨日は山野とだったじゃないか。何が不満なんだ」

 そっけない田森コーチに、五月は声を荒げた。

「不満ですよ!!紅白戦ですよ!?他のピッチャーはいろんな選手と勝負してるのに、なんでアタシだけ将人と山野さんばっかりなんですか!?」

「知らん。だが、監督命令だ。つべこべ言わずに行け」

 怒りをぶつけられても、役所勤めのように淡々と返してくる田森コーチ。歯ぎしりしながら残りの言葉を呑みこみ、五月はマウンドに上がった。


「またお前かよ…」

 一方で将人も五月が相手であることに、嫌気がさしたようにぼやく。だが、その一言は、今の五月に火に油だった。

「こっちのセリフよそんなもん!!ブツクサ言ってないでさっさとバッターボックスに立て!!」

「わ、わかったよ…」

 怒鳴ってきた五月に引いた将人は、すぐに打席に入って構えた。

 五月はモーションに入りながら、心の中でいら立ちを吐きだした。

(なんでこうも、アタシは隔離されなきゃなんないのよ…あ~うっとうしぃっ!!)

 その怒りをボールを握る左手にこめ、それを乗せたボールを将人に向かって放った。

(あのバカ…力むなよ)

 将人はそう呆れながら、容赦のない一振り。打球をスタンドまで届かせた。






 唐突な出だしで申し訳なかったが、五月は今、故障をしているわけでもないのにひたすら別メニュー調整を『させられていた』。ウォーミングアップ、投手用の走り込みは参加しているのだが、他の投手が打者を相手にしたシート打撃に登板している一方で、五月が与えられた実戦の機会は、紅白戦のワンポイント。それも、将人か山野兼任コーチが相手の時だけだった。同じ新人の駿介や越川、主力の望月らには絶対に投げさせてもらえない。おまけにブルペンでの投球練習は球数を制限され、キャッチボールや遠投、さらには鏡の前で投げる真似をするシャドウピッチングを一人別室でやらされているのである。

 そんな彼女に対して、先輩選手たちはこう陰口をたたいている。

「ずいぶん過保護に育てられてんのな」

「な~に。アイドルってことで変に恥かかれんのは嫌なんだろ。マウンドに上がって火だるまじゃただのパンダだしな」

 そして将人との勝負になると、聞くに堪えないヤジが飛ぶ。

「カップルのケンカが始まったぞ~」

「おい梶野。『彼女』には手加減してやれよ~」

 これで五月が抑えた場合は「あ~あ。やっぱ好きな子には手加減すんだな~」と将人が笑われ、五月が打たれた場合は「おいおい薄情な奴だな~。そんなに自分の結果が大事かよ~」と言われる。

 連日の味方のヤジに、五月は腹を据えかねる日々を送っていた。


「ちょっとアンタ!少しは言い返したらどうなのよ!」

 昼食時、五月は将人と同じテーブルに座って、自分のいら立ちをぶつける。将人はあきれたようにため息をついて「何怒ってんだよお前…」とだけ言った。

「あの人達ひどすぎるわ!アタシはともかくとして、アンタにまであんなこと言うなんて…。あの、誰だっけ…もちぬき…さんだっけ」

「お前バカか。どういう間違え方だよ…。望月さんだ」

「そうその人!アタシあの人なんかウザいのよ。やたらと心配そうな声をかけといて鼻で笑うんだから」

「ま、あの人はああいう人なんじゃね?別にいいだろ、言わせておけば」

 どうでもよさそうに取り合わない将人に、五月はむくれながら言った。

「ねえ。…正直、ムカつかないの?アンタ見てたらさ。時々感じることがあるの」

「何を」

「『この野郎ぶん殴ってやりてえ』って思ってること」

 五月の言葉に、将人はラーメンをすする箸が止まる。そして五月と目を合わせる。

「…そんなオーラ出てたか?」

「うん。わりとハッキリ。さっきの対戦の時も感じた」

 五月の言葉に、将人は箸をおいた。

「…前に、俺の高校が出場停止になったって話、したよな」

 急に話題を変えられて五月は「え?」と戸惑うが、将人は構わず続ける。

「出場停止の原因は…部員同士の暴力沙汰だ。ま、一部の人間のヘマで全員が割を食うって、正直ひどい話だよな」

「うん…まあ、確かにそれは思ったことあるけど…何よ急に」

 将人の話の意味を理解できず、眉をひそめながら五月は将人をにらむ。

「…まあいいや。とりあえず、野球選手なら野球で黙らせればいい。『口撃』しかできないなら、抜かれる心配はないしな」

「もう…何よ、コロコロ話変えて。あと、アンタはそうかもしれないけど、アタシは対戦の機会がないから見せつけようがないのよ。あ~も~あの監督訳わかんな~い!!」

 そういきりながら、五月はカツ丼をほおばったのであった。



「そろそろ速水にちゃんと投げさせるべきじゃないんですか?」

 監督室を訪れた田森コーチは、開口一番に出石監督に進言した。だが、ソファーで足を組んでふんぞり返りながら、ボールを弄ぶ出石監督は取り合わない。

「ダメだ。あのガキはピッチャーとしての完成度は高いが、それを維持するためのバッテリーがおざなりだ。おそらく、高校時代は選手としてプレーできなかったことの影響だろうな」

「しかし、あれだけ不満を募らせていては…。あと監督、望月たちをほっときすぎなんじゃないですか?」

 田森コーチは眉をひそめながら苦言をこぼす。露骨な新人いびりに、気を良くしていないのであるが、それを出石監督が半ば放置していることが気に入らなかった。だが、出石監督は取り合わない。

「な~に。言うだけしかできないバカはほっとけ。…ったく、あいつらほどおめでたい連中はねえよな~」

「はあ?」

「ま、もうちょっとほっとけ。事が起こってからじゃ遅い、なんていうやつもいるけど、起こしてしまえば膿も出しやすい。なるようになるよ。さ、行った行った。あと敬語もやめろって。かつての『恋旦那』に対してよ」

 出石監督の態度に呆れ切った田森コーチは、ため息を一つついて監督室を後にする。そしてさらにため息をついた。

(全く…バッテリーを組んでた時と変わらんな。ああやってボールをいじってる時は、大概ロクなことを考えていない。どうなっても知らんぞ)



 そしてキャンプも終盤。ついに事は起こった。

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