ホエールズの今年の内情

「…速水五月!ポジションはピッチャー、左投げのアンダースローです!自分の力がどこまで通じるか、全力で頑張ります!」


 3月。独立リーグの各球団が、それぞれにキャンプに入った。4月のリーグ戦開幕に向けて、およそ3週間ほど心技体を鍛える。ホエールズも、県南部の上富田町、そこにある球場でキャンプイン。その場で、五月ら新人選手が、全選手たちの前で挨拶をした。トリとして円陣の中央でそうはきはきとあいさつした五月に、チームメートの面々は拍手を送った。新人全員の挨拶が終わり、最後に山村球団社長が訓示を述べた。

「我がホエールズは、今年球団創設10周年という節目を迎えました。これは近畿独立リーグにおいては、実に大変名誉なことなのです。知っての通り、近畿独立リーグは、日本国内の他リーグと比べれば、常に不安定なリーグであり、球団の消滅、新規参入が毎年のようにありました。その中で、10年もの間チームを存続できたことは、ひとえに県民の皆様のご支援あってのものです。この節目の年に、一世一代の恩返しができるよう、優勝目指してこのキャンプを過ごしてください」



 その後、選手たちは外野でのウォーミングアップを開始。まずは全員でのランニングだ。最後尾を走る五月は、そばを走っている甲斐に声をかけた。

「初めまして…でいいのかな?甲斐君。同じピッチャーとして、一緒に頑張っていこ」

 五月はそう話しかけたが、甲斐はまるで反応を示さない。スポーツ用のグラサンをかけているために、余計表情が読み取れなかった。聞こえなかったのかなと思った五月は、もう一度声をかける。

「ねえ甲斐君、聞いてる?」

 またも無表情の甲斐。今度はムッとして強めに聞いた。

「ちょっと、甲斐君ってば!」

「聞こえてる。練習中は雑談するな」

 振り向くことなく、ぴしゃっと正論を返してきた甲斐。五月は思わず口をつぐんでしまった。

(そりゃそうだけど…なんか固いなあ、こいつ)

 首を傾げながら五月はランニング。以降、声をかけるのをやめた。


 ウォーミングアップを終えると、野手陣が打撃練習に入る中で投手陣は、下半身強化用の走り込みに入り、球場傍の坂道でダッシュのトレーニングに取り掛かっていた。

「君が噂の『女性投手』かい?」

 順番待ちをしていると、五月に先輩選手が声をかけてきた。

「あ、小島さん!よろしくお願いします」

「こちらこそ。いろいろ大変だと思うけど、同じチームメートには変わりないし、分からないことがあったら、僕に聞いてくれればいいよ」

 声をかけてきたのは、チームのエースでもある小島大介こじまだいすけ投手。かつてはプロの世界で投げていた実力者で、今は復帰を目指して投げている。気さくな人柄で選手会長を任されている。

「それにしても、よくウチに来てくれたね。君、なかなかいいピッチャーなんだってね」

「そ、そんなことないですよ。テストの時もたまたま抑えられただけだし、地元ってことでしかここを選んでませんから、そんな立派なものでもないですよ」

「でも社長があそこまではっきり『優勝』って言うことはないよ。それだけ期待されてるってことだよ。そこは胸を張ればいいよ」

 屈託なく持ち上げてくる小島に、五月は照れ臭くなった。

「あ、そうだ。折角なんで、このリーグのこと教えてくれませんか?実は球団のこともよくわかってなくて…」

「ああ、いいよ。自分がどういうところで戦うかは、少しぐらいわかっておいた方がいいからね」


 それからダッシュの順番が回るまでの間、小島は五月に近畿独立リーグについて説明してくれた。

 日本には「四国」「北信越」「近畿」「北関東」の四つの独立リーグが存在し、近畿には紀州ホエールズのほか、兵庫イーグリッツ、京都雅BC、大和ワーブラーズの4球団が加盟。シーズンは年間90試合。前後期制を採用しており、前期優勝と後期優勝のチーム同士で年間王者を決める。なお、前後期ともに1チームが優勝する「完全制覇」となった場合はこれをしない。ちなみに昨年はイーグリッツがそれを達成した。


「その中で、ぶっちゃけウチってどんな存在なんですか?」

「ずいぶんツッコんだ質問だなあ…。まあ、俺がそんなに言える立場じゃないけど、とりあえずこのリーグの中では老舗だな。何せ、リーグが誕生してから、このチームだけが存続し続けているんだ。優勝争いに絡んだことはないらしい」

「そうなんですか…。じゃあ、アタシたちで強くすればいいんですね!」

 真顔ではっきりと言い切った五月に、小島は「まっすぐすぎるな…」と苦笑するが、どこか頼もしくも思えたのだった。


「ナマ言ってんじゃねえぞ、このアマ!」


 そんな時だ。一人の選手が、五月を怒鳴った。

「うぬぼれも大概にしろよ!独立リーグはそんな甘い場所じゃねえんだよ!」

「よせ!島谷。そういう言い草は」

 声を荒げてきた選手に対して、小島はそうなだめた。だが、二人は五月の反応に驚くことになる。

「うぬぼれてるどうか人のピッチング見てから言ってくださいよ!!それぐらい意気込んで何が悪いんですか!!」

「な、なんだオイ」

 ズカズカと詰め寄ってきた五月に島谷はたじろぐが、五月はさらに顔を近づけて怒鳴り返す。

「人を女ってだけで見下すのやれてくれません!?アタシだって腹くくってきてんですからね!!!」

「…チッ」

 バツが悪くなった島谷は、一つ舌打ちをしてトレーニングに戻った。


「まあ、悪い奴じゃないんだ。…しかし、気が強いな。君は」

「これぐらいの負けん気がないなら、こんなとこいませんよ。絶対見返してやるんだから」

 フン、と五月は鼻息一つ。小島は苦笑が止まらなかった。



 一方グラウンドでは、将人の打棒が周囲の目を引いていた。


 カッ!!


 打撃投手のボールを捉えた将人の打球は、そのままスタンドに飛び込んだ。木製バットでありながら、鋭い打球を連発する将人。周りの選手たちがささやき合う。

「すげえな…とても高校生の打球じゃねえぞ」

「ああ。身体もまあまあデカいしな。つーかプロに行けたんじゃね?なんでこんなとこに来たんだよ…」

 先輩選手のささやきが続く中で、将人はひたすら快打を連発する。そこに、一人の選手が声をかけてきた。

「よう新人君。調子よさそうだね~」

 軽い口調でそう言ったのは、ショートのレギュラーである望月晃もちづき・あきら。在籍6年目の最古参選手からの賛辞に、将人はいったんバッティングを止める。

「いやしかしすごい打球を飛ばすよね~。こんなホームランバッター久々に見たよ。君すごいよね~」

「どうも…」

 先輩の言葉に頭を下げる将人。なおも望月はゲージの中にまで入って、将人の肩を組む。

「君ポジションショートなんだってねえ~。こりゃ僕も負けてらんないなあ~ハハハ」

 気さくにふるまう望月だが、将人にはうっとうしいだけだった。表情や言葉の端々に、自分を見下している様子が感じられたからだ。

「あの、嬉しいんすけど、そろそろ戻っていいっすか。もっと打ち込みたいんで…」

 頭を下げながら望月の腕から離れようとする将人。すると望月はすっと笑みを消し、わざとらしく愚痴った。

「おいおい~ちょっと自己中じゃないか?こうして先輩が声かけてんのにさ。…ま、独立リーグに来る以上、何かしらトゲがあって当然かな。ハハハ」

 将人の後味を悪くして、望月は自分の練習に戻った。

(まあ、しょうがねえけどよ。別に何言われたって構わねえ。…結果で黙らせるだけだ)


 また一つ、快音とともに打球が飛んだ。

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