「通じるかどうか」はどうでもいい
「いやあ、最後の対決はしびれたな」
和歌山市内のオフィスビル。その一室で出石監督は、のんきそうにつぶやいた。
「行ったかと思いましたが…、まあ遅いボールを遠くに飛ばすのはなかなか難しいのでね」
出石監督に田森コーチが同調した。
五月と将人の対決。決着はフェンスギリギリ一杯のレフトフライだった。手応えがあった将人であったが、思った以上に高く打球が上がりすぎ、スタンド手前で急失速したのであった。
ここは紀州ホエールズの球団事務所。出石監督以下チームのコーチ陣と球団社長、編成部長を交えての選考会議が行われていた。今回のテストの合格者を決めるわけだ。
「で?野手の方は…、この4人で決まりでいいですね」
そう口を開いたのは、テスト参加者最年長選手の山野。彼はもともとから選手兼任コーチとして入団が決まっていたのだが、本人の動きを確認したかった出石監督が「ついでに選手目線で誰がいいか見ててくれ」と、スパイのように選手を探っていたのだった。
そして山野コーチが推薦した選手は、将人と駿介、そして間嶋と越川だった。
「梶野(将人)と松林(駿介)については問題ない。二人とも、よくこんな弱小かつ貧乏なチームによくぞ来てくれたってもんだ」
「出石監督。そういう形容はやめてください。社長に失礼ですよ!」
目くじらを立てて、編成部長の酒井が出石監督を叱る。
「まあまあ部長。本当のことですから」
対照的に、恰幅のいい球団社長の山村がのんきになだめる。
「越川君もいいセンスしてますよ。スイッチヒッターは今じゃ貴重になりましたから、使ってみる価値はありますよ。ただ…」
山野は越川を評価した後、言葉を詰まらせた。
「正直、間嶋君は…薦めかねます。確かに守備はいいですが、少々小柄すぎます。野手で一番小さかったし、何よりあの女の子より低かったですよ。いくら独立リーグとはいえ…」
不安げな表情を見せる山野だったが、出石監督はその否定を突っぱねた。
「守備がよけりゃ問題ない。特にセカンドで使うにはあのグラブさばきは100点満点だ。ロクな球場で試合をしない独立リーグ界隈ならむしろ重宝できる。バッティング云々はいくらでも後付けできる。別にみんながみんなホームランを打つ必要はない。んじゃ、投手に行こうか」
そう結論付けて、出石監督は投手に話題を変える。そして嬉々としてこの二人を推した。
「甲斐と速水。この二人で決まりだ。なんか文句…あるんだろうな」
楽しむように周りを見る出石監督。田森コーチは「では遠慮なく」と前置きして反論した。
「甲斐の獲得には異存ありません。ストレートしか投げられないと言っていたが、遅く見ても150は出てました。原石としては申し分ない。独立リーグ界隈で腕を磨けば、プロ野球界から声がかかる可能性は十分にあります。しかし…速水は無理でしょう」
「ほう?ブルペンじゃ一番いい球投げてたらしいじゃん。4人のバッターにヒットを許さず三振もとった。それでもだめか?」
「確かに、10年以上プロの世界で捕手をやった経験から言えば、完成度は抜きんでている。俺の人生でも五本の指に入れていいぐらいだ。だが、男と女では決定的にパワーが違いすぎる。投球術に長け、コントロールに優れていたとしても、どうしても力で覆されるときはある。最初のうちは通用しても、いずれ現実に跳ね返される時が来る。独立リーグと言っても、そんなに甘い世界じゃない」
田森コーチの意見を聞き、編成部長と山野も賛同する。
「そうです。たとえ獲得したとしても、間違いなく好奇の目にさらされ、野球とは違った話題でチーム全体が振り回されかねません。独立リーグには、プロ入りや復帰を目標に人生をかけている選手もいるんです。いくら三願の礼で来ていただいたあなたとはいえ、冗談は大概にしていただきたい」
「才能はあります。しかし、わざわざ男の世界に放り込む必要はない。無理に獲得する必要は…」
周りの意見に頷いた後、出石監督はしばらく黙りこむ。そして一つため息をついて、意見を一蹴した。
「まず、編成部長。好奇の目を恐れるようなら、あなたはアマチュアでやっていればいい。独立リーグもれっきとしたプロ野球。試合は『興行』なんですよ。だったら、客を呼べそうな要素はむしろ合ったほうがいいでしょ。ウチは貧乏かつ弱小の二重苦。正統派な選手や野球じゃもう持たないですよ」
「し、しかし…」
編成部長の言葉を意に介さず、出石監督は持論を展開する。
「俺があの子を気に入っている一番の理由は、投げているときの目の色だ。バッターに対して向かっていく芯の強さ、通じるかどうかの打算一切なし。『打てるなら打ってみろ』という真っ向勝負の気概。あんないい目した奴は男でもいねえ。山野よ、それはお前も感じてるだろ?実際に対戦したんだからよ」
「…まあ、確かに」
「それに田森(タモ)よ。あいつ、『通じなかったらどうしよう』って不安の色、少しでも出してたか?結果を天に任せきった、そんな雰囲気でやってなかったか?力でねじ伏せられたとしたら、あいつはその力をどう無駄にしてやろうか。そう考える雰囲気が出てたろ?違うか?」
「…」
二人のコーチは押し黙る。二人とも「不合格にするにはもったいない」とどこかで思っているからだ。そして、ここまで会議を見守っていた山村社長が口を開いた。
「…わかりました。では、その6人をウチに迎え入れましょう」
「え!社長、本気ですか?」
戸惑う編成部長だが、社長は優しくなだめながら言葉を紡いだ。
「我が球団は、地元からすら見捨てられつつあるチーム。ロクに勝てないし、引きつけるような魅力もない…。ならば新しい、それもめったに感じられないような強い風をチームに吹き込ませるのも一興です」
「社長。決定、恩に着ます」
「かまいませんよ、出石監督。今年のチームはあなたに任せていますから。ただし、高校を出て間もない選手ばかりを獲るんです。生半可な育成で終わることのなきよう、身命を賭して、彼らを育て上げてください。いいですね」
「望むところですよ」
こうして、五月の合格が決まったのであった。
2月上旬。五月たち合格者が球団事務所に招集され、ユニフォーム姿で記者会見を行った。そこで渡されたユニフォームの背番号に戸惑っていた。
「ねえ将人~。これって大げさじゃない?」
「別にいいんじゃねえか?何番つけたところで問題はねえだろ」
「そうだけどさ~…なんか重いなあ」
ブツクサ言いながら、五月は用意されたユニフォームを、学校の制服の上に着る。そこにあのチャラい声が響いた。
「ワ~オ!五月ちゃんマジかっこいいジャン!背番号18、すげえ似合ってるぜ~」
「…人がナーバスなのに、お気楽なものね」
「ハッハ。背番号は期待の表れさ。五月ちゃんの18、俺の1番、カジの5番。これはイコール期待値さ。胸張ってつけようぜ。背中だけど」
「大喜利やってんじゃねえんだぞ」
一人ハイテンションの駿介に、さすがの将人も呆れた。
今回入団が決定した高校生6人。五月が『18』、同じ投手の合格者・甲斐が『21』、野手では将人が『5』、駿介が『1』、間嶋『11』、越川『51』となった。
ただ、会見の雰囲気は、良くも悪くも独立リーグらしからぬものだった。とにかくマスコミが集まっていた。
「おいおい…独立リーグなのに、すげえカメラの数だな」
「たしかに。まあ、女の子がいればそれなりには来るさ」
戸惑う越川に、間嶋は冷めたように言う。当然ながら、五月だけ囲み取材を受けた。ただ、この日集まったマスコミは基本的にスポーツに理解のある関係者が多く、大きなトラブルもなかった。
「なぜ独立リーグに挑戦を?」
「えっと…自分の力が男性相手に通じるかやってみたいと思いまして」
「不安とかはないですか?」
「ありますけど、やってみないと分からないので、とにかく頑張ります」
「ズバリ、目標は?」
「プロ入り…は無理ですけど、少しでもチームに成績で貢献したいです」
「お疲れだったな。囲み取材まで受けるなんてよ」
「も~くったくた…。多分9イニング完投する方が楽だったかも…」
会見が終わり、家路につく面々。将人は疲れ切った五月を見かね、交通ルール上好ましくないが、自転車の荷台に乗せていた。もたれかかる五月は、将人の言葉に心の底からの愚痴を漏らした。
「実際どうなんだ?やれそうか?」
「野球はともかくとして、マスコミがめんどくさそう…。無視したら変なこと書かれかねないし…」
「ま、あり得るな。当分、野球以外で苦労しそうだな」
「う~…やだなあ…ふぁあ~…」
将人の背中に抱きつきながら、大あくびをした五月。将人はあきれた。
「お前ねえ…自転車の二人乗りでそんな大あくびすんなよ。…おい?」
返事がないことに、将人は自転車を止めて五月を見る。見るとスースーと寝息を立てていた。
「自転車の二人乗りで寝れんのかよ…。大物だねこいつ」
愚痴りつつ、悪い気がしなかった将人は、そのまま再び走り出したのだった。
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