球数制限の影響と木製バット
試験は進む。投手の1番手は駿介に完全に翻弄され、次の打者こそ打ち取ったものの、二者連続フォアボールとストライクを入れられず終了。がっくりと肩を落としてマウンドを降りた。
「うーし、次のピッチャーいけえ。あと、残ってたランナーは全員戻れ。常にランナーなしにしてやるから安心しろ~」
出石監督のアナウンスに、残りの投手は安堵の表情を浮かべる者や、すこし残念がる投手と様々。前者はランナーがいるときにピッチングが乱れるタイプ。後者は牽制やクイックなどランナーがいるときのピッチングに自信があるタイプ。せっかくの試験に、自分の持ち味を100%アピールしたいと考えるのが受験者の常だ。
しかし、ランナーの有無に関わらず不安げな投手が何人もいる。それはコントロールの悪い選手…球数が増えやすいタイプのピッチャーだ。
「ボール!ボールフォア」
2人目の社会人チーム出身投手は、まさにそういうタイプだった。マウンドに上がるやいきなりストレートのフォアボール。
(くそ。いきなり歩かせちまった…)
次のバッターに対しては簡単に2ストライクを奪ったが、その後ボールを一つ挟んで2球ファールで粘られる。
(ストレートに合ってるな。ここは変化球を見せておくか…)
そう考えた投手は6球目、外角にスライダー。バッターは手を出さずボールの判定。そこで審判が思いもよらぬ判定を下す。
「ボール!ボールフォア」
「えっ!?」
カウントは2ボール2ストライク。なのに、なぜかフォアボールの宣告。マウンドの投手は驚きを隠せない。その投手を嘲笑しながら、出石監督は注意する。
「お前なに考えてんだ?俺最初に何言った?夢中になっていつもどおりに野球してんじゃねえぞ!ハハハ」
(最初に言ったこと…あ!)
そこで投手は思い出し、がっくりと肩を落とす。「打者1人6球以内」という特殊なルールをうっかり忘れていたのであった。これでパニックになったピッチャーは、次のバッターにはまるでストライクが入らずあっという間に3ボール。
(何てルールなの?せっかく追い込んでもファールで稼がれたらフォアボールにもなるなんて…)
五月はそう不満を漏らしたが、バッターが絶対有利とも言い切れない。
何とか振るカウントに持ち込んでの6球目。バッターが放った打球は痛烈に一塁線を襲った。しかし、判定はファールだった。バッターが残念そうな表情をしていると、再び出石監督の嘲笑が響いた。
「ハハハハ。バッター。なんでまだ打席にいるんだ?6球目のファールはアウトだっつってんだろ!!」
そう。6球の制約は投手も打者も共通事項。今度は打者が唖然とし、投手はさっきとうって変わって安どの表情を見せた。
そんな中で4人目のバッターとなったのは将人だった。黒いバットを手に、右打席で足元を均す仕草には、とても同い年とは思えないほどの風格と迫力があった。ただの高校生でないことだけは容易に想像がついた。
(様になってるな…。いかにもスラッガーって感じで。きっと甲子園に出れたらホームラン打ってたんだろうな~)
興味津々で将人の打席を見る五月。
そして初球。その打球は、球場の度肝を抜いた。
カァッ!!
インハイよりもやや甘いコースに投じられたストレートを、将人は迷わず振りぬき、心地よい打撃音を響かせて、黒いバットを放り投げた。打った瞬間それと分かる打球が、レフトスタンドのポール際に飛び込んだ。見事な3ランホームランだった。
(さ、最悪の結果だ…)
2番手投手はがっくりと膝をついた。相次ぐ混乱からの安堵ですっかり気が緩んでいる中、無警戒で将人に初球を投じた。ベースを回りながら、将人は自分の結果に自画自賛だった。
(我ながら良いバッティングができたぜ。あのピッチャー完全に安心しきってたもんな。ストレート一本に絞って正解だったぜ)
ここから試験のペースは上がる。
ピッチャーたちはとにかくストライクを取りに行き、バッターも6球目のファールを恐れて積極的に打ちに行く。しかし、基本的に1打席と言うチャンスの少なさの中、じっくりボールを選んだり粘ったりできないために、打者にとってもこの球数制限は大きく響いた。そんな選手たちのてんやわんやを、スタンドから出石監督は、実に楽しそうに見つめていた。
(くくく。こりゃあおもしれえもんだな。ピッチャー以上にバッターの絞り込みが図れるってもんだ)
しかし、そんな中で結果を出す選手だっている。しかも、全員五月と同じ高校生だ。
ズバァン!!
ズドンッ!!
大きな音を響かせてボールがミットに収まる。スピードガンは150キロを記録していた。
「おいおい…アイツすげえボール投げるぞ」
「コントロールは悪いけど、気にしてるって感じでもねえな…」
マウンドのピッチャーに観客が口々にそうつぶやく。打者4人に対して2三振2フォアボールという成績を残していた。対戦した打者にはプロ野球界出身の選手もおり、なおも強いインパクトがあった。
(とりあえず腕は振り切れたな…。やっと勝負する場ができたわけだ。なんとか合格したい)
そのピッチャー、
野手にも、将人に続いてホームランを放った選手がいる。
左打席に立ったその彼は、インローに食い込んできた右投手のスライダーを捉えると、ライトスタンドにそれを放り込む。観客はその一発に沸いた。
(いい感じで打てた…。プロに行けるってことを証明したいからな。とりあえず、いい結果が出せた)
ダイヤモンドを回りながら、
さらには守備でもいい動きを見せる選手がいる。セカンドのポジションについたその選手は、あらゆるゴロを軽快に捌き、正確な送球でアウトを奪っていく。小柄で眼鏡をかけた風貌は、どちらかと言えば文系の高校生、いや中学生と間違いかねないほどの童顔である。
(よし!小柄な体がなんだ。僕の守備がもっと通用するってことを、もっとアピールするんだ!)
その選手、
そして、いよいよ五月の順番になった。テスト生のバッターは6人目の時点で終わっているため、五月に対しては対戦を名乗り上げるバッターを待つことになった。
しかし、意外なほど手を挙げる選手は少ない。投球練習を見ていたバッターたちは、ボールの遅さよりも、左のアンダースローという五月の見慣れないフォームに戸惑っていた。何より、五月が女性であることがかえって二の足を踏ませていた。独立リーグの入団試験に来る選手は、基本的にプロ入りへのあきらめがつかない選手たちである。そんな野心を持ちながら女子に打ち取られるのは、早い話格好がつかないからだ。数人いた元プロ野球選手も「女子に抑えられた」という結果がつけば、復帰への道が断たれてしまう訳で二の足を踏んでいた。
「んじゃ、俺行っていいっすか?」
そんな中で、まず将人が手を挙げた。
「見たことねえ投げ方だから、単純に勝負してみてえって思った。独立目指す女のボールが、どんなもんか気になってたしな」
「言ってくれるじゃん。こっちだって生半可な気持ちでここにいないから、望むところよ!」
負けじと五月もニヤリと自信を見せる。
ならばと、二人の選手が手を挙げる。
「じゃあ、僕もやらせてもらおうかな?スイッチだから右打席のアピールもしておきたいしね」
そう言って越川が前に出る。
「…確かに。女の子と対戦する機会なんて、こうでもないとない。せっかくだからやらせてもらおうか」
テスト生最年長となる、元プロ選手の山野も対戦を決めた。あと一人…は、五月が逆指名した。
「せっかくだからアンタ来なさいよ」
そう五月が指さしたのは、自分にナンパを仕掛けてきた駿介だった。
「おいおい。冗談でしょ?いいのかい、オレを指名して。バントしかできないと思ってるなら大間違いだよ?フェミニストのオレでも、勝負となったら容赦しないぜ?」
「全然構わないわ。じゃ、アタシからヒット打ったら、スマホのアドレス教えて、ア・ゲ・ル」
そう色っぽい声を出してウインクした五月。駿介は一発で舞い上がった。一方で、将人はあきれ笑いをする。
「うわ、似合わねえな。ああもかわいくならねえもんなんだな。プフ」
ぼそりとそうつぶやいた…のだが、はっきりと聞き取った五月はツカツカと近づき、顔面にグーパンチをかました。
「悪かったわね!!アタシだって恥ずかしかったんだから!」
「…だからって殴んなよ」
とはいえ、五月の対戦相手は決まった。いよいよベールを脱ぐことになる。
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