韋駄天チャラ男登場

 五月らピッチャー陣がブルペンでのピッチングを終えると、グラウンドでも野手陣がノックを終えていた。ここで一時間の休憩に入った。五月は将人を誘ってコンビニへ昼食を買いに行った。

「…よくそんなに食べられるわね」

 五月は牛焼肉弁当とロースかつ弁当を買った将人に呆れた。

「バーカ。食わなきゃ持たねえぞ?食えることも才能の内だろ」

「そりゃそうだけど…野菜ぐらい食べたら?バランス悪いと良くないわよ?」

「葉っぱなんか晩飯とかに食えばいいんだ。今はエネルギー重視だ」

 言うだけ無駄かと悟った五月は、将人が弁当をかき込む隣で、スパゲティとサラダを食べ始めた。そこにあろうことか、参加者の一人がナンパを仕掛けてきたのであった。

「あ~やっと見つけたよ~。オレの天使ちゃ~ん」

 あまりの軽口に、唖然とする二人。突然現れたチャラ男は、聞かれたわけでもないのにすらすらと自己紹介を始めた。

「初めまして天使ちゃん。オレは松林駿介まつばやししゅんすけって言うんだ。人呼んで『軟式球界のプリンス』さ。以後よろしく~。早速だけとさ、オレとメアド交換してくんない?」

 そう言って五月の前に立ってスマホを差し出してきたチャラ男に、五月は驚くべき手段をとった。

「ぎゃぶ!」

 チャラ男は、そんなうめき声を上げて仰向けに倒れる。五月のとった行動。それは顔面へのグーパンチだった。

「お、お前…。いきなり殴んなよ…」

「だって気持ち悪かったんだもん!!なんなのこいついきなり~!!」

 開いた口がふさがらない将人に、五月はまくし立てるように叫んだ。

「痛って~。まさかのグーパンは驚いたな。しかし、気持ち悪いとは心外だな。オレはこれでも芸能事務所から何度もスカウトされたほどのイケメンだぜ?」

 確かに、この駿介の顔立ちは男子アイドルグループにいそうなぐらいの顔立ちをしている。だが、野球一筋で高校生活を過ごした五月には無縁の概念であった。しかし、顔を殴られたにもかかわらず、駿介はそれを気にするようなそぶりを見せていない。

「次のテストでは、ピッチャーとバッターが対決するんだってね。せっかくだから挨拶でもしとこうと思ってさ。つ~わけで、本番ヨロシク~」

 やや古臭い仕草を見せながら駿介は去っていったが、五月と将人の間には余韻が残っていた。

「アイドルの誘いがあったのに独立リーグで野球をするのか…。一応、野球に対する信念みたいなみたいなもんはあんのか?」

「あったところで、気持ち悪いだけよ。勝負する機会があったら打ち取ってやるんだから」

 そう言って五月は頬を膨らました。



 ほどなくして休憩時間が終了。テスト受験者が再びグラウンドに集められた。そこで初めて、紀州ホエールズの監督が選手たちの前に姿を現した。無精ひげをほったらかした風体は、どうもそういう立場らしい品格を感じなかった。

「あ~ようこそ諸君。おれがこのチーム監督である出石栄治いずいしえいじだ。野手の動きはスタンドからずっと見てたからある程度は把握してるつもりだが、ま~所詮独立リーグに流れつくレベルよな。正直こんなもんだなとあきらめてるよ」

 開口一番に参加者をくさした出石監督。場の雰囲気はやや不穏なものとなったが、気にすることなく出石監督は内容を説明する。

「まあ、早い話。ピッチャーとバッターのタイマン勝負だ。え~ピッチャーが8人に対してバッター21人か…。うし、ピッチャーは一人につき4人と対戦する。テスト生同士で余った13打席はこっちが割り振る。バッターは基本一打席だ。代打のつもりで思い切っていけ!守備はうちの選手たちがつくが、希望する奴、守備でアピールしたい奴は俺に言え」

 偉そうな口調で説明を続ける出石監督。ピッチャーはともかく、打者は1打席限定とは少々厳しいルールだ。最後に「特別ルールがある」と言って、付け足した。

「ちまちまファールで粘られたら時間がかかってしょうがねえ。そこでだ。1打席につき投げられるのは6球までだ。2ストライクからのバントがファールになったら当然アウトだが、6球目のファールは全部アウトだからな」

 そのルールを聞かされて、将人ら野手陣はもちろん、五月たちピッチャーも戸惑う。

「あ、あの!」

 そんな中、五月は手を上げて出石監督に問う。

「6球目のファールは全部アウトって、打ったファールも全部スリーバント失敗、みたいな扱いってことですか?」

「ま、そういうことだな。だがら粘りを持ち味にするバッターは損かもな」

 野手陣の戸惑いはさらに大きくなったが、五月にはもう一つ引っかかっていたものがある。

「でも、常にフルカウントになるとは限りませんよね。例えば2ストライクに追い込んでから3球ファールを打たれたとして、6球目のボールはどうなるんですか?」

 五月の質問に、出石監督は「頭いいな、お嬢ちゃん」と前置きして答えた。

「もちろん。それは『フォアボール』だ。6球の制限はピッチャーにもある。どっちも記録として評価するからな。このルールをどうとらえるかはお前ら次第だ」


 その後、投手陣と野手陣に分かれて順番を決めるくじ引きが行われ、五月は全体の最後に登板することになった。

「あれ?守ってくるの」

「ああ。ただ待つってのは暇だしな。せっかくだから守られてもらうぜ。せっかくだから、俺の守備でも見とけ」

 始まる前、五月はグローブを手にした将人に声をかける。対して将人は得意げに行ってショートのポジションに走っていった。

「へ~。アイツショートだったんだ。身体も大きいし、きっと甲子園に行けるほどの選手だったんだな~」

 ベンチの鉄柵に手をかけて、五月はそうつぶやいた。


 そして、試験はスタートした。一人目のピッチャーは、社会人チームのユニフォームを着た20代の右投げ。それに対峙するのは、先ほど自分にナンパを仕掛けてきたアイツだった。

「ようし始めろ!」

 投球練習を終えて、出石監督がハンドマイクで選手をあおった。

「さ~て、それじゃあこの松林駿介様が、華々しくヒットを奏でるとしますか~」

 左のバッターボックスに立った俊介は、周りに聞こえるようにそう叫んだ。マウンドのピッチャーの表情が変わったのは言うまでもない。

(何アイツ…ああいう態度は好きじゃないなあ。第一、軟式でしかやってない高校生が、いきなり硬球の木のバットで打てるのかしら?)


 だが、ここで駿介は周囲を驚かせた。

「絶好球~」

 そう叫んだかと思うと、俊介は初球にいきなり三塁方向へセーフティーバント。驚いたピッチャーが慌ててボールを取りに行くが、駿介はすでに一塁ベースを駆け抜けていた。

「どうっすか?オレのスピード。当たって転がりさえすれば、硬球も軟球もないでしょ」

 ニヤリとほくそ笑んだ駿介に、一塁手が聞いた。

「お、お前速いな…。何秒で走るんだよ…」

「50メートルを5秒5が自己ベストっすね。中学じゃ陸上部かけ持ってたんで。セーフティーは陸上と同じでヨーイドンっすから」

 得意気に答える駿介は、そう言いながら足元を均し、盗塁を決めようとピッチャーを揺さぶり、次のバッターの際にセカンド、そしてサードへの盗塁を決めた。1番手の投手のリズムは完全にズタズタだ。

(正直同情しちゃうわね。まさか初っ端にバントされて走られちゃうんだもん。急造バッテリーじゃ対処できっこないし。アイツ恨まれるだろうな…)

 ベンチで観戦していた五月は、気の毒そうにマウンドの投手を見やりながら、駿介に冷めた視線を送る。だが、それを受け取った駿介は、彼女の心を知らずにのんきにはしゃいでいた。

(お~っと?オレに釘づけかな?モテる男はつらいぜ~)


 駿介はその後、2番目のバッターのセカンドゴロで生還。まさに彼の独り舞台で、最終テストの幕が上がった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る