自信満々のピッチング

「はあ…。わかっちゃいたけど、現実として突きつけられると、男女の差って露骨ね」

 50m走、遠投、持久走を終えて、五月はため息をつかずにいられなかった。

 全員で29人が参加した紀州ホエールズの入団テスト。その序盤の項目を終えて、五月の成績は、男相手とはいえ散々だったと言ってよかった。50m走は7秒1でブービー、遠投は60mで最下位。普段から走りこんでいるものの、持久走も下から数えて5番目。男の世界でプレーすることの厳しさを予感させるものであった。

「ま、マウンドに上がったら足の遅さとか肩の弱さとかはどうにでもなるわよ。へこたれないで、気合い入れて投げ込んできますか!」

「底抜けにプラス思考だなおまえ」

 そこに将人が姿を見せた。

「プラス思考じゃなきゃやってらんないわよ。もっとも、ここまでトップレベルのあんたにはわかんないだろうけどね、あたしのみじめさが」

「みじめって…んなこと全然思ってねえくせに、よく言えたもんだな」

 ここまで、将人は好記録をたたき出している。50mは6秒0、遠投は110m、持久走もベスト5に入った。身体能力の高さを、ここまではしっかりと見せつけている。

「でもさ、ほんとあんたってどこでやってたの?これだけ地力があったら、プロとか大学とか行けたんじゃないの?どこのチームでやってたかぐらい教えなさいよ」

 わざとらしく駄々をこねる五月。さっきのようにはいかないだろう。しょうがないとため息を一つついてから、将人は話し始めた。

「お前、高校のときに野球部のマネージャーとか…たぶんやってたろ」

「まあね。それだけじゃなくてバッピ(打撃投手)もやったし、練習試合でも投げたことあるわ」

「元高校球児か。じゃあ千葉にある上総学院って聞いたことあるか?」

「上総学院…。あ…」

 学校の名前をつぶやいて、五月の表情が変わった。それを見て将人は声のトーンを落とす。

「その顔は知ってるって面だな。そこがどういうとこか」

「うん。確か、暴力事件で半年間の対外試合禁止になった…。あんた、そこでやってたの?」

「まあな。一応レギュラー張ってたけどな」

「…悪いこと、聞いちゃったかな?」

 そういって五月は頭を下げながら、将人の表情をうかがう。聞き出すまでの威勢は鳴りを潜め、余計なことを聞いてしまったと五月は落ち込んだ。だが、そんな五月の頭を将人は撫でた。

「まあいいさ。俺だって言ってなかったから、いいか悪いかの判別なんかわからなかったから、これでおあいこだ。とりあえず、次の試験に集中しとけ。次はお前の見せ場だろ」

「ごめん…。うん。じゃ、きっちり投げてくるから、あんたも頑張ってね」

 そういって五月はブルペンに向かった。その後姿を見ながら、将人は思った。

(とりあえず、これでしばらくは納得してくれるか。ほんとのこと言って余計に気を悪くされたらたまんねえしな)

 将人の高校が、部員による暴力事件で出場停止となったのは事実である。しかし、その内容はそうそう打ち明けられるものではなかったのである。ゆえに、今日出会ったばかりの五月に、気安く打ち明けなかったのである。



 ところ変わって、球場のアルプススタンド下にある屋内ブルペン。そこに、ピッチャーの受験生が、五月以外に7人ほどいた。ほどなくして、キャッチャーミットを手にした、ウインドブレーカーを着た男性が現れた。プロレスラーのような大きな体つきをしており、あまり開いていない目つきも迫力があった。

「集まったな。俺がお前らの球を受ける、ヘッドコーチの田森義明たもりよしあきだ。今から一人10球投げろ。自信のあるボールだけでもいいし、持ち球を全部投げるのもいい。それは各自に任せる。ただし、必ず初球はストレートを投げろ。いいな」

 ドスの利いた低い声に、集まったピッチャーたちはその身をこわばらせていたが、田森はホームベースの後ろに座ると、低い声を張り上げて選手を指名する。

「よし。まず11番、お前が投げろ」

「は、はい」

 トップに指名された受験生は、肩慣らしを終えてモーションに入る。そして、ストレートを投じた。ボールがミットに収まる音がブルペン中に響く。

(へえ~。確かあの人大学生だっけ。良いストレートだなあ…)

 五月はそう感嘆したが、ふと田森コーチを見ると、どこか表情は冴えなかった。

「よし。次は何を投げる」

「え、あ、はい。じゃあ、スライダーを」


 その後、何人かの投手が投げたものの、田森コーチの表情が変わることがない。どうも求めているボールがこないらしい。五月から見れば、キレのあるストレートもあれば、大きく変化する変化球もいくつかあったように思えたのだが…。


「よし。次、28番」

「はいっ!」

 そして五月の番が回ってきた。指名された五月は、威勢のいい返事をし、それがブルペンに響く。足元を均し、肩慣らしのキャッチボールをした。

「OKです。座ってください」

「よし。じゃあ、まずストレートを来い」

「はいっ」

 田森コーチに促され、五月は投球モーションに入った。左足でプレートを踏み、右足を後ろにすらしてから、ゆっくりと右ひざを上げる。そして、身体を前屈させていき、力強く右足を前に踏み出した。

(ほう。左のアンダースローとはな…しかも、ずいぶん身体に馴染んだ良いフォームだ)

 田森コーチはまず、五月のアンダースローに目を見張る。

(行けぇっ!!)

 そして五月は、地面すれすれの位置で左腕を振りぬき、ボールを放つ。かなり遅いボールだったが、それでも心地よい音がブルペンに響いた。投げ終えた五月は「どうですか?」と田森コーチに表情で訴えている。一方で田森コーチの表情は特に変わっていないが、五月が気づかない程度に眉を動かしていた。

「…次、何を投げる?」

「とりあえず、もうちょっとストレートを。ただ、適当に散らしたいんですが…」

「いいだろう…。コースを言ってくれれば、そこに構える。右バッター前提だ」

「了解です。じゃあ、まずインハイ!」

 五月はコースを指定しながら、そこにストレートを投げ込み、寸分狂いなく田森コーチの構えたミットに収まる。ボールは遅く、球威も感じられないが、それでも心地よい捕球音が響く。見守っていた他の参加者たちは、五月の投球を見て、特に感じていないようだ。


「投げ方は珍しいけど、あんなに遅いとなあ…」

「それにボールに力がなさそうだな。いくらコースをついてもな…」

「まあ、女の子だし、こんなもんだろ?」


 しかし、田森コーチの感想は、彼らとはまるで逆だった。

(いいボールだ。力はないがキレがいい。それに、ボールを狙ったところに投げようと『置き』に行ってもいない。体重を乗せ、腕を振り切れている証拠だ)


 そして、残り2球となったところで、五月は変化球を投げる。

「まずカーブ、行きます!」

 そう言って左手から放たれたボールは、大きく弧を描いて田森コーチのミットに収まる。このカーブも、田森コーチは唸った。

(下手なバッターなら目線を上下に揺さぶれる。使えそうだな)

「他に何がある。次がラストだぞ」

「じゃあ最後。ツーシーム、行きますね」

 最後に五月が投じたボールは、途中までストレートと同じ軌道を描きながら、打者の手前でカーブとは逆の方向にキュッと曲がった。

(カットボールの逆…とでも言えるか。とにかく、面白いボールだな。それにしても…)

 田森コーチは返球しながら、五月のピッチングを振り返っていた。

(今まで投げた受験生の中では、一番『まとも』だったな。あとはバッターに通じるかどうかだな)

 そう思った時、五月がまた威勢のいい挨拶をした。

「ありがとうございましたっ!!」

 田森コーチは目を丸くして、ふっと笑った。

(何より気持ちいい子だ。…面白い素材だ)

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