『僕は終わりを知っている』
僕は終わりを知っている。
ここでいう『終わり』というのは、一般的にいうところの『死』だ。
僕は約11年前から、この終わりへ向かって進んできた。
理不尽だとは思わないか?
世間一般的には知ることのない『自分の死』というものを、僕は長いこと脳裏に描き続けてきたわけだ。
こんな体験そうそうするものではない。
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小さいころから、僕は予知夢を見ることがたびたびあった。
それは明日の天気から、他人の死までという実に様々なものだった。
その予知夢を見ることは年々減少しつつあったのだが、この予知夢だけは頻繁に見続けてきたのである。
『夏の暑い日の午後、僕は誰かの代わりに車に引かれて死ぬ』
その事故現場は自分の住んでいるところからかなり近い場所で、何とも生々しい感覚を覚えさせるものだった。
実に簡単な話。
目の前にいる人めがけて車が猛スピードで突っ込んできそうになって、何故か僕がその人を慌てて押しのけるわけだ。
勿論そんなことをしたらただじゃ済まない。
横になった視界が徐々に白んできて、そろそろ駄目だなって頃に誰かの影が僕に寄り添うわけだ。
その誰かを僕は認識しないまま、それですべてが終わってしまう。
死の瞬間に「呆気ないな」なんて思う時間も与えられなかった。
僕は「これは悪夢だ」なんて思うこともなかった。
正確に言えば、そんな夢を何十回も見続けてきたせいで、「それが現実になる」って思いこんでしまったのだろう。
その終わりを何度も体験するうちに、僕はいくらかの情報を得ていた。
それはまず、その事故が起きる日時であり、場所であり、その日の用事であり。
しかし、どれだけ思い出そうとしても僕が突き飛ばした人が誰だったのかが思い出せない。
その日の用事を知る限り、少なくともその用事に関係のある人であったはずなのだが、男であったか女であったのかさえも分からない。
ただ一つ言えるのは、その人といるととても安心できて、なおかつ僕にとって大切な人であったということ。
「その大切な人は誰だろう」
そんなことをだいたい8年間ほど考え続けた。
だが大切な人っていうのは、日々変わっていくもの。
例えば、家族だったり、友達だったり、好きな人だったりと実にさまざま。
心が折れかけてどうしようもなかった時などは、赤の他人でさえ『自分より価値のある人間』であって、大切な人であった。
そんな生き方をしていた僕にとって、この人生はなんとも実感のない日々の連続だった。
『いつかは終わる』と分かっていて生きていくということは、人間どころか生き物すべてが共通して背負っている宿命なのだろう。
しかし、こんなに現実として差し迫ってくることはそうそういないはずだ。
歳を重ねるにつれて経験する出来事、例えば入試とかはどうしていいものかもわからず、夢なんてものは本当に夢でしかなかった。
毎日訪れる明日も、いずれは無くなってしまう。
それが割と目の前にあるというだけのことなのかもしれないが、それだけでも僕から希望を奪うには十分だった。
===
その終わりは、いよいよ僕の目の前にやってきていた。
「どんなことがおきても、僕は死ぬしかないのだろう」
漠然と『自分の死』というものを肯定し続けてきた僕は、それに何ら疑問を持たなかった。
救えるであろう命が『僕にとって大切なもの』ならなおさらだった。
しかし、僕はそれが本当になろうとしている少し前に縮こまってしまったのである。
「ああ…これが本当なら僕は死ぬ。」
今更なことである。
軽い遺書も書いて、悔いの残らぬように友達とかとお話をして。
「今までの人生はこのためだけだったのか。」
虚しさを通り越して、嗚咽がこみ上げる。
「情けないな…知っていたじゃないか」
今となってはもう取り返しのつかないことのはずだった。
「やっぱり…怖いんだ。わかっていても怖い。よかった、それがやっとわかった。」
体から力が抜けて、例の事故現場になるはずだった道へ向かう足も止まる。
僕はその匿名性を持つ大切な何かを犠牲に、その日を、その日からを生き続けることにした。
===
結局のところ僕は生きている。
それどころか、僕の代わりに犠牲になるものもなかった。
きっとあの夢はただの夢であって、予知夢でもなんでもなかったのだろう。
僕はずっと子供騙しにあっていただけだったらしい。
ほっと胸をなでおろして、何にもなかったように生きる毎日。
でも僕は、今まで実態のある終わりに向かって生きていたわけであって、今はそれを失ってしまっていた。
これまでどうやって生きていたのかなんて、もう僕にはよくわからなくなっていて、ただ目の前に広がっている未来を呆然と見なければならなくなっていた。
僕は生きることを選ぶ代わりに、これまでの僕を犠牲にしてしまったらしい。
体にぽっかりと穴が開いたように、僕の日常から謎の忙しなさは抜け、代わりに僕はたくさんの虚しさを抱く羽目になっていた。
「どうやって立ち直るか、これから考えなくちゃな。」
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