第126話密約
「まあ、裏の奴らを仕切るという事かな……僕たちが昔いた世界風に言うと情報機関とでもいうべきか」
「CIAとかMI6みたいな?」
「よく知っているな。勿論それもある。表に出てこない情報を炙り出すには、表側からだけ見ていたのではまず出てこない。裏の情報に長けていないと無理だろう。裏の人間……そう悪党どもに顔が利く人間でないとこれは無理な話」
イツキは一呼吸置くようにビールに口をつけると話を続けた。
「そして悪党どもを牛耳るにはその世界に身を投じなければ足元をすくわれる。要するに悪人からの信頼を得る必要がある訳だ。しかし、これは一朝一夕でできるものではない。おかしな話だが長年の信用と実績が必要なわけだ。悪でありながら悪に染まらない。明晰な頭脳と状況判断能力。そして何よりも強い意志が無ければ務まらない」
イツキは声を押し殺して語った。
「確かにクラウスはこの街……いやここは首都だからこの国の悪党たちにも名は売れている。今の話にはうってつけの人材だ」
と言いながらクラウスは考え込むように眉間に皺を寄せて自分のグラスを見つめた。
「ほう。理解は早くて助かるよ」
イツキは楽しそうな顔で笑った。
「僕にそんな事が出来るのか?」
顔を上げたクラウスはイツキに聞いた。
「できるだろう。それに僕が後ろで支えるから」
「本当に?」
「ああ。それにね。今繋がっている悪党をみんな騙すわけでもないし、と言って全員ともこれからも付き合いを続ける訳でもない」
「というと?」
「これはという奴は『国家の裏の顔を牛耳る』とか言ってこちら側に引きずり込むんだよ。それを直属の部下にして手足に使う。それと不要な悪党は切って粛清。ある程度の悪は見逃しても、度が過ぎた悪党は将来的に切り捨てた方が良い。兎に角、あなたは裏社会を牛耳る立場となってもらう。それが今までもあなたの実績が活きるって訳」
「それは『クラウス・フォン・ノイマン』の実績だな」
「そう。先代の『クラウス・フォン・ノイマン』の実績であり経験」
「その言い方も微妙だなぁ」
とクラウスは顔をしかめて言った。
「こいつの父親には?」
クラウスは思い出したようにイツキに聞いた。
「それは『クラウスはその為に小さい時から汚れ役を買っていたんじゃないですかねえ』とか言っておこう」
「なるほど……ってそんなに簡単に通用するかなぁ」
「するだろう……というか父親としたら信じたいだろう……それにあんたがもたらす情報の価値が分からん程バカな人間ではないだろう」
「今、ノイマン侯爵はこの国の重鎮として認められ始めたところだ。政敵も現れてくるだろうし、国家間の争いも起きるかもしれない。出来の良い長男もそろそろ帰ってくるはずだ。あんたも折角この世界に来たのであれば、前の世界ではできなかった事をやらないと飛ばされた意味が無い……違うか?」
「確かにそうだな。このままでは終われないな」
クラウスは自分に言って聞かせるように呟くと何度も頷いた。
「侯爵もあんたが作ろうとしている組織が、どんなものか聞けばその重要性は分かるだろう。どっちにしろいつか頃合いを見計らって話をしなければならんだろうな」
「そうだな……ところで、僕が集めたその裏の情報とやらは全てイツキさん……あんたも共有するって事になるんだな?」
「お察しの通り。そうなりますな。流石よく分かっていらっしゃる」
と言ってイツキは笑った。
「まあ、いいや。どっちにしろあんたの言う通りにやった方が楽しそうだし。乗るよ」
と言うとクラウスも笑った。
……と、イツキは侯爵の馬車を見送りながらクラウスと一緒に飲んだ日の事を思い出していた。
――クラウスが士官学校を卒業するまでが勝負だ。その間に彼をこの裏社会での実力者に仕立て上げなくてはならない。今のままでは単なる厄介者で終わる――
そう思いながらもイツキにはクラウス・フォン・ノイマンがこの世界での情報戦を制する男になれる気がしていた。
「これって本来はシューがやる仕事だよな。奴に紹介しようか……」
そう呟くとイツキは軽く首を軽く振った。
――無い無い。あいつにクラウスを紹介したらこの国を乗っ取りかねんわ――
とイツキは自分の思い付きに対して苦笑いをしながら事務所へと戻って行った。
異世界のキャリアコンサルタント~今一番のお勧め職業は『魔王』です。~ うにおいくら @unioikura
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