第108話やりたい事
「カンタベリー校の出身者で成績上位三名なら文句なく宮廷魔導士として推薦されるだろう。あるいは貴族のお抱え魔導士としても優遇されるはず……それ以外の進路となると上級学校の研究科への進学とか……君の成績ならどの道でも選び放題ではないのかな?」
「はい。その通りです」
「選択肢が多すぎて決められないとか?」
「ひとことで言えばそうです」
「なるほど……それは贅沢な悩みだ」
イツキは頷くと彼女の成績証明書と担当教官からのコメントに目を通した。
「同級生に相談したら『嫌な奴』認定されませんでしたか?」
「いえ、それは無かったと思います」
――なんだ、相談していたんだ――
普通こんな贅沢な悩みを聞いたら、「嫌味か!」とか言われそうなものだが、どうやら彼女にはそれが無かったようだ。
――友達からは絶大な信頼を受けているか、あるいは天然認定されているかのどちらかだな――
イツキは彼女を黙って観察していた。
「ふむ。一つ質問していいかな?」
「はい」
「君の今一番したい事は何なのかな? あるいは将来の夢とかなりたい職業とかは?」
とイツキは聞いた。
「今はもっと魔法を極めたいです。そのためには就職するよりも上級学校へ行くべきかと考えていたのですが……」
彼女はイツキの質問に考えるそぶりも見せずに応じたが言葉の最後は言い淀んだ。
「ですが……?」
イツキは訝しがる様に首を少し傾けて聞いた。
「はい。『社会に出て実践で覚えた方が実力はつく』とも言われたので迷ってます」
「ふむ」
イツキは頷くだけで、彼女の話の続きを促した。
「宮廷や貴族のお抱えではおよそ実際に魔法を駆使することはあまりないと聞きました。『よっぽど冒険好きの脳筋貴族でないと、魔導士は万が一のための捨て石』とも言われました」
それを聞いたイツキの脳裏にはリチャード皇太子の顔が浮かんだ。思わず口元が緩んだ。それを目ざとくクロエ・フローレスは気が付いた。
「何かおかしい事を言ったでしょうか?」
「いやいや、済まない。ちょっとその脳筋貴族に思い当たった人がいたもので……」
とイツキは笑いながら言い訳をした。
「え、そんな貴族が居るんですか? 貴族で脳筋って……ちょっと不安を感じますね」
とクロエは少し驚いたような顔で聞き返した。
「うん、そうかもしれないなぁ……」
「まあ、そんな人がこの国の責任ある地位の人でなければ良いんですけど……」
「本当にねぇ……」
と応えながらイツキは笑いをこらえるのに必死だった。
――この場に皇太子が居ないのが残念でならない――
「それでは、研究科への進学はどうなのかな?」
「そこは昔の魔法や魔術について学ぶ事は出来ますが、新しい魔法を生むことはまずありません。ここ十数年で新たに生まれた大魔法はほとんど冒険者たちからです」
彼女う言う通りだった。新しい魔法は市井の冒険者や魔導士が日々の戦いの中から生み出していた。
実際には研究科や魔法大学でも新しい魔法は生まれてはいたが、それは戦いに役に立つよりは日々の生活に役立つ魔法が多かった。
クロエ・フローレスはイツキの前では言わなかったが、上級学校には派閥が存在する事を知っていた。
学問の最高府である大学を中心に研究者の派閥が存在したが、その派閥に所属する研究者たちは実戦で鍛え上げた冒険者上がりの魔導士を認めたがらなかった。
彼らの中で貴族出の魔導士でありながら冒険者と共に旅に出た研究者もいたが、その大半は冒険の旅の途中で命を落とした者がほとんどだったし、生き残った者も研究室の戻る事はほとんどなかった。研究者出身で志を完遂できたものはごくわずかだった。
そう言うのもあって、上級学校でも研究科はほとんどが魔道にかかわる歴史だったり、古い魔法の再発見だったり、魔法体系の探求だったりと実践からは程遠い研究が主だった。
それでも昔は新しい魔法が研究科からも生まれたりもしていたが、今では冒険者の数が圧倒的に多すぎて新しい魔法は冒険者からしか生まれなくなっていた。
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