第12章女学生

第107話アポイント

 朝からイツキは疲れ果てて自分のデスクに突っ伏していた。

目の前に当たり前のように押しかけ秘書のメリッサがいる。てきぱきと書類を整理する姿からは、彼女が魔王の娘とは全く想像もできなかった。


 今日も朝一から「なんでお前がここにいる?」と始まったお約束の押し問答に、いつものようにイツキが疲れ果てて、今しがたそれが終わったところだった。


 イツキは頭を上げた。目の前に淹れたての珈琲が置いてあった。

彼はそれを手に取ると珈琲カップに口をつけた。


「うん。美味しい」


「でしょう? ボス。心を込めて淹れましたわ」

とメリッサがにこやかに答えた。そしてイツキの前に書類を一枚差し出した。


 気怠そうにそれを受けとったイツキは書類に目を通した。


「なんだ? これって履歴書じゃん?」


「そうですよ。そろそろ、その本人が面談に来られます」


「なんだ? 珍しい……アポイントありか?」


「はい」


 彼に面談に来る相談者のほとんどが飛び込みだ。

今さっきこの世界に転移してきたとか言うヒキニートが一番多い。


 彼はもう一度その履歴書に目を通した。

イツキはその履歴書に「成績証明書」が添付されていた事に気が付いた。


 その時ノックの音がした。

メリッサがドアを開くとそこには、魔法使いの姿をした女の子が立っていた。

もう少し正確に言うと王立魔法学校の制服に身を包んだ女子生徒が立っていた。

彼女は頭を下げると部屋の様子を伺いながら入ってきた。


「お待ちしてましたわ」

とメリッサが声を掛けた。


 女子学生は軽く会釈をして部屋の中に入った。

イツキが座るデスクの前に来ると

「私は王立魔法学校魔道学科3年クロエ・フローレスです」

とはっきりとした口調でイツキに言った。


 イツキはそれを聞いて頷くと

「イツキです。どうぞお掛けください」

と言って彼のデスクの前の席を勧めた。


「はい」

クロエ・フローレスははっきりとした声で返事をすると、席に座ってイツキをまっつぐに見つめた。


「そのガウンはカンタベリー校の……だね?」


「はい。そうです」


「ふむ、それじゃぁ、君はとても優秀な生徒さんなんだねぇ」

とイツキは感心したように手元の履歴書と成績証明書に目を落した。

魔法学校でカンタベリー校に進学できるものは貴族子息か、それ以外は特に成績が優秀な者だけだった。お金があるだけの庶民の子弟は如何に大金を積もうが、それだけではそこには入る事は出来なかった。


「たまたまです」

と彼女は控えめに答えたが、成績証明書には彼女が学年でトップの成績を収めている事を証明していた。


「ふむ……その成績優秀者が、ここに何の用なのかな?」

イツキは優しく尋ねた。


「来年、私はそこを卒業します。卒業した後の進路に悩んでします」

と彼女は言った。

イツキはそれを聞いて


――久しぶりにまともな相談者がやってきたわ――


と心の中で喜んでいた。


 彼が相手にするのはほとんどが異世界転移者だった。はっきり言って鬱陶しい。毎回同じような会話の繰り返しにも飽きていた。確かに途方に暮れた若者の手助けをするのはやりがいのある事ではあるが、自己本位なヒキニートの相手は、できれば御免被りたいというのも本音だった。

 そんなちょっと性格にも考え方にも問題がありそうな転移者ばかりを相手にしていたイツキにとって、今日の彼女との会話は一服の清涼飲料水を飲み干した後のようなさわやかな気分にさえなった。


「ふむ、どの進路を選べば良いのか分からないという事かな?」


「はい」

彼女は頷いた。

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