第106話帰還


 イツキはグラスのワインを見つめながら考え込んでいた。

そこへシューの部下が一人やってきた。

その男が黙って傍に立つと黙ってイツキに一礼した。

「今日は久しぶりにお前と話が出来て楽しかったよ」

と言ってシューは立ち上がった。


「なんだ? もう行くのか?」

イツキはシューを見上げながら聞いた。


「ああ、いつまでもここで昼飯を食っている訳にもいかないからな」


「そうか……」


「イツキ……興味が湧いたら一度オーデリアに来い! 自分の目で確かめろ」

シューは前かがりになってイツキに顔を近づけると耳元でそう言った。


「気が向いたらな……」


「ふん」

シューはそう言うと笑って部下と共にギルドから去って行った。

イツキはその後姿を見つめながら考え込んでいた。


 シューたちがギルドから出て行った扉をイツキは見つめていた。

まだ彼は考えているようだった。



「今のはシューだな?」

イツキの背後から声がした。

イツキが振り向くとそこにはヘンリーがイツキと同じように扉を見つめながら立っていた。


「そっか……ヘンリーも奴を知っていたな」


「ああ、イツキ程親しくないがな」

ヘンリーはそういうとイツキの肩に手を置いて、

「そろそろ行こうか?」

と声を掛けた。


「ああ、そうしよう」

と言ってイツキは立ち上がった。


二人は黙ってギルドの出入り口に向かって歩いていたが、ヘンリーが先に口を開いた。


「面白い話でも聞けたか?」

 ヘンリーは皇子とシューのアウトロ大陸での一連の件については皇子から直接聞き及んでいた。

その時の当事者でもあるイツキがシューと二人で話し込んでいる姿を偶然目にしたヘンリーは、声を掛けようかどうか迷ったが黙って静観することを選んだ。


「別に……ただ面白くなるかもしれない話は聞けたけどね」


「そうかぁ。それは楽しみだな」

とヘンリーは笑った。


「ああ、奴がうちの皇子は全く興味が無い事だけは分かったよ」

と小声で言った。

ヘンリーは大きく目を見開いてイツキを見た。


「元々あいつはそんな気は無かった。しかしあいつが意味もなくこんなところにいる訳がないし、迂闊に僕に姿を見とがめられるような間抜けな事はしない……」


「なるほど……」

ヘンリーは唾を飲み込んだ。


「今のアーチャント国にナロウ国に歯向かう気力も力もない。ここで問題を起こしてこの二国が本気でぶつかればナロウ国が勝つことは目に見えている」


 シューの選択肢にナロウ国皇太子暗殺をアルポリ国の仕業に見せて、二国間の戦争を起こすというのも考えないでもなかった。

ただそれを今行ったところでシューにとって何の利益もなかった。だから起こさなかった。理由はそれだけだった。

シューも巨大な帝国が出来上がる手助けをするつもりはなかった。


「しばらくはうちと敵対する事はないだろう……というかそもそもあいつが何をしたいかなんて分かりようがない。昔から何を考えているかよく分からん奴だった……」

イツキはそう言うと

「ギルマスとは会えたのか?」

と話題を変えるように聞いた。


「ああ、相変わらずヒマだと嘆いていたよ」

とヘンリーは答えた。


「さて、後は帰るだけだな」

イツキは歩きながら腕を頭上に伸ばしながら言った。


「そうだ。帰りの護衛もしっかりと頼む」


「野宿だけはしないようにノウキン皇子を躾といてくれ」


「それだけは約束できんな」


「勘弁してよ」

イツキは情けない声を出してヘンリーに懇願した。

ヘンリーは笑いながら

「まあ、期待しないでくれ」

と言った。


 イツキは気が付いていなかったが、彼の親衛隊姿は冒険者の間ではすでに噂になっていた。

「世界最強の勇者がナロウ国に飼われた」と。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る