第102話声を掛けた男
「おや? その声は……イツキか……お早いお着きだな……」
男は振り向きもせずに応えた。
「ああ、ノウキン皇子のお陰で野宿で強行軍して来たからな」
イツキはその男の背中越しに話しかけながら男の正面に回った。
男は意に介することもなく食事を続けながら
「それは災難だったな。後二日はかかかると思っていたんだが、あのノウキン皇子ならやりかねないな」
と言った。
「で、お前は何をしている?」
とイツキは無表情でもう一度聞いた。
男は顔を上げるととニタッと笑ってイツキを見た。
その顔は紛れもなくあのアサシンのシューだった。
「まあ、座れよ。そんなところに突っ立ってないで」
イツキは黙って男の正面に座った。
「ノウキン皇子は相変わらず元気そうだな」
「お陰様でな……で、お前はこんなところで何をしている」
イツキはまた同じ質問を浴びせた。
「見ればわかるだろう……遅い昼飯を取っているところさ。お前も何か飲むか?」
そう言うとシューは
「お~い。こっちに酒を持ってきてくれないか? そうだな赤ワインでも貰おうか!」
とホールにいたウェイトレスに声を掛けた。
「そんな事は見ればわかる。なんでこんなところでのんびりと飯を食っている? お前は今新しい国を作るとか言ってなかったのか?」
イツキはシューを睨んで言った。
「ああ、よく覚えているな。褒めてあげよう」
「ふん。俺は昔から記憶力は良いんだよ。師匠の教えもお前と違って一度で覚えたしな」
「ふむ。どうやら記憶に何らかの障害がみられるようだ。自分に都合の良い思い出補正がかかっているな」
とシューは笑った。
「やかましい。お前にだけは言われたくない」
「ふん。相変わらずだな。イツキ」
とシューは笑った。
それにつられるようにイツキも微かな笑みをこぼした。
昔の二人はこんな会話をいつも交わしていたのだろう。二人の間には何の緊張感も漂っていなかった。
ウェイトレスがワインとグラスを2つ持って来た。
それを静かに置くと、黙って頭を下げてから厨房の方へと戻って行った。
「まあ、飲めよ」
シューはイツキにグラスを持たせるとそこへ赤ワインを注いだ。
「国王との面会はすんだのか?」
シューはそう言いながら自分のグラスにワインを注いだ。
「ああ、済んだ。何の問題もなく終わった。お前には不満かもしれないが」
イツキはそう答えると軽くグラスを顔の前で振ってから飲んだ。
「そんな事はない。俺はそんなに争いごとが好きな人間ではない」
同じようにシューもワイングラスに口をつけた。
「そうだったな……で、お前の国はどうなったんだ?」
イツキはグラスをテーブルに置くとまっすぐシューの目を見て聞いた。
「なんだ。まだ覚えていたか……案外しつこいな……」
「話をはぐらかそうとしても無駄だぞ」
「まあ、そんなつもりは始めからなかったが……それはオーデリア大陸にある」
「なんだと? 本当に作ってしまったのか? あそこにはオージリアン国があるだろう?」
イツキは驚いたようにその大陸で一番大きな国の名前を口にした。彼も本当に国ができるとは思っていなかったようだ。
「……と言いたいところだが、まだ国ではない。だが、我々の本拠地であることは間違いない。あの大陸の南端のオアシスにある」
シューはあっさりとイツキに本拠地のありかを教えた。
「あそこの大陸は広い。オージリアンが全てを治めている訳ではない。原住民がいたるところで国だか村だか訳の分からんものを作っているようなところだ。俺たちがそこで何を作ろうと文句は出ない」
シューの言う通りだった。オーデリア大陸はこの世界では三番目ではあるが大きな大陸だ。その上未開の土地も多い。多数の原住民が国のようなものを作っていた。
冒険者にとっては少なくなったとは言え、未だに魔獣の類が多少は現れる大陸として認識されていた。
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