第96話チート持ち

 一行は途中一度もモンスターに出会う事もなく、無事にノイラー峠手前の宿場に到着した。


「この先、ノイラー峠を超えますと、この人数で泊まれる宿場がありません。ロトコ村まで行くとなると到着は夜になります。今日はここで宿泊の予定です」

ヘンリーがリチャードにそう告げた。リチャードは黙って頷いた。


「皆の者、今日はご苦労であった。今日はこの宿場に泊まる事にする。宿は手配済みである。速やかに指定の宿へ向かう様に」

ヘンリーはそう声を掛けると、部下に指示を与えた。


 リチャードが馬を下りるとこの宿場の責任者が挨拶に現れた。

「お待ちいたしておりました。皇子。この度は使節団、ご苦労様です」


「うむ。デニス。今日は世話になる」


そう言うとリチャードはデニス・ゲールと共にゲールの屋敷へと入って行った。







 その夜、イツキの部屋にシラネがやって来た。

周りを気にするような遠慮がちなノックの音と共にシラネが部屋の扉を開けた。


「イツキさん。今、良いですか?」

シラネは周りをうかがう様にいつもよりは明らかに小声で聞いた。


「どうした? シラネ? まあ、そんなところに突っ立てないで中に入れよ」

イツキは椅子に座ったままシラネを部屋の中へと促した。


「はい」

そう言ってシラネは部屋に入ってきたが、その後からシラネの部下と思しき一人の男が続いた。イツキの知らない男だった。

イツキは少し怪訝そうな顔をしてこの男を見た。


「イツキさん、彼なんですけど……ちょっと見て貰えますか?」


「ん? 彼は?」


「あ、実は、今日使節団の随行する前に、ヨッシーが怪しい奴を見つけて連れ帰ったんですが、どうやら転移者の様なんです。なので、そのまま放って置く訳にも行かず連れて来たんですが……」

シラネはそう言うと最後は言葉を濁す様に話を切った。


「怪しいジャージ姿のまま連れてくる訳にも行かずに、部下の恰好をさせたという事か?」


「はい。そうなんです。良く分かりましたね」

シラネはそう言って笑うと連れて来た男へ目をやった。それに釣られるように、イツキも再びその男に視線を移した。

 オドオドした表情の男は二人に見つめられて更に不安げに目を泳がせていた。しかし、腹を括ったのが暫くするとイツキの目を見返して来た。


「ふむ」

イツキは顎に手を当てて

「まあ、そんなところに突っ立てないで座ったら?」

とは二人にソファーを勧めた。


「はい」

二人は同じように返事をして並んで座った。


「一応、イツキさんが今この世界でキャリアコンサルタントをしている事は説明しました。イツキさん自身も異世界からの転移組だという事も話しています」

シラネはこれまでの経緯を簡単にイツキに説明した。


「ふむ」

まさかこんなところで面接をするとはな……とイツキは半ば呆れながらも、シラネ同様に転移者を放って置く事もできなかった。

「名前は?」


「柴田 輝幸です」


「歳は?」


「17歳です」


「高校生か?」


「はい。二年生です」


「今どういう状況か分かっている?」


「どうやら異世界に転移したらしいという事は分かりました」

オドオドした表情とは裏腹にちゃんんと自分の置かれた状況は把握しているようだ。


「ふむ。どういった状況でここに来たのかな?」


「深夜のコンビニで買い物をして帰る途中で交通事故に遭って、ここに飛ばされたみたいです」


「なるほど。その時に誰かに会わなかった?」


「はい。神様だと名乗る爺さんに会いました」


「ほほ。で何か言われた?」

イツキは敢えて表情を変えないように話を続けた。


「交通事故は間違いだった。だから異世界に転移させてあげようと」


「他には?」


「君にはとてつもない力を授けると」


「ふむ。久しぶりのチート持ちか?」


「どんな力か分かっている?」

イツキは聞いた。

シラネは黙って二人のやり取りを見ていた。


「いえ。知りません」

男は首を軽く振って否定した。

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