第68話助言

 イツキがオルモン村の勇者である事が広まるには時間は掛からなかった。

イツキ達がこの小屋から打ち合わせを終えて出てくるころには、ほとんどの村人がそれを知る事となっていた。

 そしてシドとイツキは族長の家の脇にあるゲストハウスに案内された。お陰でシドは久しぶりにホーリーとのんびり酒を酌み交わしたかったのだが、そうもいかなくなった。

村人がゲストハウスに押しかけてきた。勿論、族長も居た。

 しかしそのほとんどがイツキのオルモン村での武勇伝を聞きたがった村人だった。お陰で、シドは一人その場を抜け出しホーリーの部屋で2人でゆっくりと飲みかわす事が出来た。


 イツキは買ってきた土産物をヴィクター族の長老たちに配ってご機嫌を取っていた。


――こんなもの買わなくて良かったな――


とイツキは苦笑していたが、族長たちは伝説の勇者様からの贈り物だと感動しながら、温泉土産を貰って喜んでいた。



「それにしてもお主の弟子は有名人だったな」

「ああ、あれがまだワシと知り合う前の話じゃったらしい」

「そうなのか。それにしても凄い奴を弟子にしたもんだな」


「ああ、今はその当時よりさらに強くなっておる。ロンタイルの魔王オーフェンも一人で倒しおったわ」

「なんと!あのオーフェンをか?」

「そうじゃ、今じゃイツキはオーフェンと友達じゃ」

シドはそういうと楽しそうに笑った。

「今のイツキに勝てる奴はこの世界にはおらんだろう」

と付け足した。



「そうか……そんなにイツキは強いのか……しかしまさか、お主がこのタイミングでそんな弟子を連れてこの村に来るとわな」

ホーリーがしみじみとシドに言った。

「ああ、まさかアルポリがこの森を攻めるとはワシも思ってもいなんだ」

シドはそう言いながら酒を飲んだ。


「これも縁じゃろう」

「そうだな」

2人は頷き合って酒を飲んだ。


「お主にはもうこの戦いが見えておろう。どうするつもりじゃ。」

ホーリーはシドに聞いた。


「うむ。今考えている途中じゃが、なかなか難しいのぉ」


シドは考えていた。確かに戦いの絵図は頭の中にある程度出来上がっている。

「ゲリラ戦で戦うしかないのぉ」

シドはホーリーの顔を見ず酒が注がれたグラスを見て呟くように言った。

「やはりそれしかないか」


「ああ、そうじゃ」


「長期戦になる。わざわざ北側から回り込むように攻めて来ているので、アルポリ軍の兵站は伸びきるだじゃろう。長期戦でのゲリラ戦はアルポリが一番嫌がる戦術じゃ」

ホーリーン部屋のランプの灯がゆらゆらと燃えている。それに伴い2人の影も揺れていた。


「アンプ村の住人には……特に女子供は避難して貰わないとな……それも長期になるからのぉ」


「そうだな。それは何とかしよう。」


「後は長期戦になった時にアルポリ軍がどう出てくるか……だが」


「うむ」


「この森の東側から多分攻め込んでくるじゃろうが、それがいつになるかだのぉ」


「やはり、そう来るか?」


「間違いなくそうする」

シドは力強くそう言い切った。

ホーリーは少し考えていたが、

「それしかないか……」

と呟いた。


「ああ……そうなるじゃろう」


「そこで相談なんだが……ホーリー、ちょっと耳を貸せ」


シドはホーリーの耳元に口を寄せると小声であるお願いをした。

ホーリーは目を見開いてそして頷いた。

「成る程。分かった」


シドは立ち上がると

「ちょっと待っていてくれ」

と言ってホーリーの小屋を出て1人で外に出ていった。


暫くして戻ってきたシドはホーリーに

「アルポリ軍の情報が欲しいのぉ……話はそれからじゃのぉ」

と言った。





 その頃、シド達と別れてナロウ国へ向かっていたナリス達は、まだアルポリ国を北上中だった。

既にナロウ国皇太子がこのパーティにいる事をアルポリ国には察知されているのを前提に、街道沿いの草むらや森を急いで戻っていた。


「ケントの報告によるとアルポリ軍はこの大陸内の他の部族を攻めている。我々まで追いかけてくる事はあるまい」

リチャードはアルカイルにそう言った。


「まあ、用心に越した事はありませんからな」

アルカイルはいつも冷静だった。

 帰りは街道脇を進んでいるせいで案外モンスターに遭遇した。それはそれでレベリングが出来て良かったとナリスは喜んでいた。

 ただナリスは「折角ここまで来たんだったら、アバントとやりたかったなぁ」と残念がっていた。

それを聞いてアバントの面倒臭い事を知っているリチャードとアルカイルも「いっそうの事イナゴの大軍をアルポリ国にばら撒かせてやれば良かったかも」と思ったりしていた。

 そうなれば戦争どころの話ではなくなる。いざとなったらそうしようとリチャードは密かに思っていた。


「もうすぐ港です。ここを超えればロンタイル大陸。ナロウ国まであと少しですな」

モーガンがリチャードに言った。


「うむ。そうだな。もう大丈夫だろう。街道を歩こう」

そういうとリチャードは草むらから街道へと上がった。


 ナリス達が全員草むらから街道に上がり終え、体に着いた草を取り払って歩き始めた途端、目の前に十数名の集団が立ち塞がる様にナリス達の行く手を阻止した。


リチャードが後ろを見るとそこにもいつの間にか同じよな男たちが立っていた。


「どうやら取り囲まれたようだな」

リチャードがそう言って剣をゆっくり抜いた。それに倣いアルカイルも剣を抜いた。


「ふふふ、そんなに警戒する必要はない。皇太子殿下。」


「お前は……シューか?」

リチャードは叫んだ。


「おや?名前を憶えて頂きましたか?それはそれは光栄の至りですなぁ」

と薄笑いを浮かべたシューがそこに立っていた。


「まだ何か用か?」

アルカイルがシューに向かって叫んだ。


「な~に、お別れの挨拶に来ただけだよ。そうカリカリするな、アル」

シューは相変わらず薄笑いを浮かべたままアルカイルに話しかけた。


「それはわざわざご苦労な事だな。本当の目的はなんだ?」

リチャードは剣を鞘に納めて言った。


「イツキとご老体はケンウッドの森に行ったのを知っているか?」


「何?そうなのか?」

リチャードは聞いた。


「なんだまだ聞いてなかったのか……皇太子の雇った間諜は職務怠慢だな。ふん。まあいい。その職務怠慢な間諜が戻ってきたら伝えてやってくれ。アルポリが持っている新しい武器は銃だけではないと」


「なんだと!? それは本当か?」


「本当だ。わざわざ嘘を言うためにここに来るほど暇ではない。イツキにはまだ死んでもらっては困るからな。それだけ教えに来た」


「その新しい武器とはなんだ?教えろ!」


「あんたたちにそれを言っても理解できんだろう……」

シューはリチャード達を見下したような笑いを口元に浮かべながら言った。


「なんだと……」

とリチャードは言ったものの、心の中では「そうかもしれん」と思っていた。思っていたが、ここはイツキの為にも何とか聞き出さねばと思っていた。


「ふむ。イツキに伝えておいてもらおうか。アルポリ軍にはカノウさんが居ると。」


「カノウだな?イツキにカノウさんが居ると伝えれば分かるんだな?」

リチャードはシューに聞き返した。

アルポリ軍にイツキの知り合いが居るのか?それが新しい武器を発明したのか?リチャードは焦ったが、それでイツキが理解できるのであればそれでよいと思った。


「ああ、それでイツキは全てを理解する。ついで言いうと長身ではなくちびのカノウさんと言えば良く分かる。これでイツキが分からなければ、イツキもやきが回ったっという事だな」


そういうと今度は明らかに口元から笑いが零れた。今度の笑いは自分の台詞が可笑しくて仕方なかったような笑いだった。


リチャード以下誰もシューの真意は分からなかったが、事の重大さは認識でした。

そしてシューは必ずしも敵ではないという事も思い始めていた。


「では、皇太子、我々はこれで失礼する。ついでに言っておくとアルポリの馬鹿どもは皇太子の存在に気が付いていない。だから安心して帰られよ。アル、またな」


そういうと男たちは草むらに飛び込んで姿を消した。そして馬にまたがり草原をかけて行った。


「港でケントが待っている。急ごう」

そういうとリチャード達は街道を港目指して急いで進んで行った。


早く港に待つケントにこの事を伝えイツキの元へやらねば……

そこへ天然記念物化した絶滅危惧種のスライムが……リチャードは躊躇なく叩き切った。


ナリスとグレースが声を合わせて言った。

「あ~あ、そいつは殺らないと言ったのに……」


「あ、しまった!!」


「ヘンリーが知ったら激怒しますな」

とアルカイルもナリス達の肩を持った。


「つい……」

リチャードはとっさの事とは言え気まずい思いをした。


「まあ、仕方ないでしょう」

モーガンだけがリチャードを慰めていた。


リチャードの後ろから笑い声が聞こえた。リチャードが振り向くとそこにはケントが笑って立っていた。


「よく戻った。ケントよ」


リチャードはケントの肩を叩いて言った。







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