第69話ケンウッドの森の攻防 その1

 ラディアンの村で集まった長老たちはシドからの話を聞き一応に驚いていた。

そして疑心暗鬼になっていた。


「本当にアルポリ軍が攻めてくるのか?」


「間違いなく来ます」


「もし来なければ」


「それに越した事はないが……来るでしょう」


「こなければ準備が無駄になる」


「万が一の事があってから準備しても遅い」


「本当はアルポリ軍はここを攻める気はないのに、うちがそんな事をしたらアルポリ軍に攻め込む口実を与えるのではないか?」


「もう既にほかの部族が攻め込まれている。ここだけが攻め込まれないという理屈は通らない」


 シドはまたもや同じ話をしなければならなかった。しかし、長老たちはシドの説明で一応は納得した。


兎に角、今はアンプ村北側森林を最前線として防衛ラインを構築するという事でまとまった。


「まだひと月近くあるからな。何とか間に合うだろう」

シドはイツキにそう言った。


「そうですね。でも機動力のない軍隊ですね。半分ぐらいの時間で済むでしょうに……」

とイツキも呆れたように言った。


「まあ、今やっと軍隊を体裁を整えているところだからのぉ……それとも早く来れない他の理由でもあるかのぉ……」


「まあ、ないでしょうねえ……」

とイツキは言ったもののなにか引っかかるものがあった。





 1ヶ月後ケンウッドの森の北にアルポリ軍の影が見え始めた。

ヴィクター族はアンプ村の付近の高い木に見張り台を数箇所見張り台を作り毎日見張っていたが、やっとその姿を見る事ができた。

 最初は点だった影が横に徐々に伸び始めて、黒い直線が地平線を覆い始めた。

見張り台はざわめいた。


「予定通りアルポリ軍を森の中に誘い込んでからゲリラ戦を仕掛けましょう」

イツキは族長のタブナックルに言った。


タブナックルは頷いたが目はアルポリ軍を見つめたままだった。

額には汗が浮かんでいた。


「アルポリ軍の偵察隊は?」

シドは聞いた。

「はい、森の中に入ったところで全員始末しました」


「うむ。ではアンプ村の位置も他の砦や村の位置も先方には知られていないな」


「はい。大丈夫だと思います」

イツキはそう答えたが自信はなかった。


タブナックル達は目の前に広がる5万の軍隊を見て緊張していた。


「本当にこれに立ち向かうのか?」

見張り台にいた全てのダークエルフの顔に同じように不安の影が浮かんでいた。

声も出ていなかった。


彼らは始めて戦争を体験する。


アルポリ軍は森の手前で一度全軍を止めた。


騎兵が二騎、旗を掲げて森に向かってきた。

それ見たシドがタブナックルに無言で頷いた。森の入口ではホーリーが騎乗でその二騎を待った。


 アルポリの二人の騎兵はホーリーの前まで来るとその内の一人が

「我国の住人となられよ。そうすれば我が国民として遇するであろう」

となんの抑揚も感情もみせずに言った。


「我々は誰の支配も受けん。そうやって今まで生きてきた。それを今更変えるわけにはいかん」


「交渉は決裂という事でいいのだな」


「それで良い」


 アルポリ軍の使者はその返事を聞くと

「分かった。心置きなく戦うが良い」

と言ってあさっりと去っていった。

彼らも元々穏便に話を済ます気はなかったようだ。


 ホーリーはあくまでも強気を崩さなかったが、周りのダークエルフの顔には見張り台にいたダークエルフ達と同じく不安の色がありありと見て取れた。


 ホーリーは部下達に

「大丈夫だ。我々は負けない。エルフの誇りにかけて戦い抜くのだ」

と力強く言った。

それを聞いたその場にいたエルフ達は顔を上げ雄叫びを上げた。

それはホーリーの言葉によって勇気づけられたというより、その言葉によって自らの気持ちを奮い立たせたという風に見えた。



横一直線に並んだアルポリ軍はそのまま横に広がったまま森に近づいてきた。


「本当にあのまま攻め込む気かのぉ」

シドは驚いたように見ていた。

そして

「これなら普通に戦っても勝てるかもしれんのぉ」

とか言い出した。


「そんな事がありえますか?」

イツキもシドの横で見張り台の上からアルポリの軍勢を眺めていたが、シドが何故そんなセリフを言ったのかが分からなかった。


「あれだけ横に伸びたら連携が全く上手くいかんだろう。イツキよ、あの横に伸びた間抜けな戦線のどこが一番弱いか分かるか?」


「う~ん。真ん中に将軍がいそうで守りをそこに固めていそうですから両サイドですかねえ……」


「まあ、そこも弱いが、はっきり言って全部弱い。真ん中を敵中突破されたらこの軍は終わりだな。包み込んで後ろから攻め込むなんて連携はできんだろう。せめて鶴翼の陣でも敷いてくれたらこっちも用心するんだがのぉ……。両サイドはお主の言うとおり各個撃破できそうじゃ。まあ、素人の軍というのがこれを見ただけでも分かる。第一、兵士の兵装がバラバラだ。農民をかき集めたというのもよく分かる。戦とはいつの世もどこの世界でも同じじゃな」


 そう言うとまたアルポリの軍勢を見ていたが

「これほど無警戒に来られると何か罠か策があるのかと勘ぐってしまいそうじゃな」

と呆れたように言った。

そ れは相手の無作為に呆れたのか自分の傲慢さに呆れたのかどちらにも取れるような話し方だった。



 アルポリの軍隊はそのまま森にゆっくりと突っ込んできた。

ヴィクター族はそれを敢えて無視して見ていた。

 

 木の上に隠れている眼下をアルポリ軍が通り過ぎていく。

弓を握るヴィクター族の男たちの手が震える。もう彼らは狩人ではなく兵士だった。

シドとイツキはこの1ヶ月間で彼らを兵士として訓練した。


 アルポリ軍の本陣では将軍を中心に将軍たちが戦況を見ていた。

この森を見通す高台がないので軍隊の中心地に櫓を立ててその上に集まって見ていた。


「ふん、臆病者目が出てこんな」

大将のホベロイはそう言うと薄笑いを浮かべた。


「我々を森に誘い込んでそこで戦うつもりでしょう。」

横に立っていた将軍の一人フクジンが戦況を分析した。


「ふん。5万対1万そこそこだぞ。どんな小細工しようと勝負にならん。心配はいらん」

と吐き捨てるように言った。


「まあ、いざとなったら例の奴を用意すれば済むだろう」


「そうですな」

フクジンもそう言うと自分の杞憂を笑った。



ケンウッドの森の見張り台上空は風が泣く穏やかだった。


「そろそろだな」

シドがイツキにそう言った。


「はい。そろそろです」


ヴィクター族は十分にアルポリ軍を呼び込んだ。


ホーリーは全軍に攻撃命令を出した。


矢が飛んだ。アルポリ軍には頭上から矢が降り注いだ。


 アルポリ軍の兵士にはヴィクター族の兵士の姿が全く見えず、本当に天から矢が降り注いているようにしか見えなかった。


バタバタとアルポリ軍の兵士が倒れていった。


兵士は木の陰に隠れても上から狙われているの隠れようが無かった。


「本当に無為無策だな……力技で勝てると本気で思っていたんだろう」

ホーリーは自らも弓を取り戦いながら呟いた。


アルポリ軍の兵士は徐々に森の中央に追い込まれるように集まりだした。

そこを今度はダークエルフではなく人族を中心とした槍と剣を持った歩兵が側面から突っ込んだ。


アルポリ軍の先陣は総崩れとなった。


それを木の上の見張り台から見下ろしていたタブナックルは呻いた。

「勝っておるのか?老師」


「はい。今のところは勝っておるようですな」

シドはそう言ってアルポリ軍の本陣を見た。

そして

「そろそろ、次の手が来る事でしょう」

と付け加えた。


「次の手か……」

タブナックルの額にまた汗が浮かんだ。


 生き残ったアルポリ軍の兵士が自軍にかけ戻って行くのが見張り台の上から見えた。

アルポリ軍の兵士の前に鉄の筒のようなものが並べられた。その数は数十台あった。


「ほほ~思ったより沢山作ったもんだのぉ」

シドはそれを見て感心した。


「ええ、本当ですね」


アルポリ軍の前に現れたのは大砲だった。


 シューがリチャードに言った「カノウさん」とは「カノン砲」の事だった。

俗称としてカノウ砲とも言うので、大砲を知らないリチャードに詳しい話をするよりもその俗称を言った方が間違いなく伝わると思いシューはそういう言い方をした。


長身ではないということは砲身の長さがそれほど長くない……つまり射程距離はそれほど長くないという事を伝えたのだった。


イツキとシドであればシューがそう言ったといえば間違いなく理解するだろうと計算して言ったのだが、それは正解だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る