第63話オタ村

「ところで、師匠。昼飯はどうします?」

のんびりと馬上で揺られていたが、結構時間は経っていた。

イツキは軽く空腹を覚えた。


「そうだな。この先に村があったはずじゃ。そこで取ろう」

シドにそう言われて前方を目を凝らしてみると、うっすらと村の影が見えた。


「分かりました。そうしましょう」

 イツキはこれ以上シューの言葉について考えるのを止めた。

今の目的はアルポリ国の現状を探る事だ。イツキは自分に改て言い聞かせた。


暫く2人は馬上に揺られ村へと入った。


「オタ村かぁ……イツキ、ここを覚えておるか?」

シドはオタ村に入って周りを懐かしそうに見ていたが、思い出したように聞いてきた。


「はい。覚えてますよ。師匠と来た時は今日とは反対にツバウから入ったんでしたよね」


「そうじゃ、ここからアバントの地下宮殿を目指したのじゃったな」

シドは目を細めて懐かしそうに言った。


「それにしてもなんだか華やかになりましたね。ここはもっと静かな村だったような気がしますが……」

 イツキは周りを見回して少し驚いていた。

イツキがここに来た頃は、この村に居たのは村人と冒険者達しかいなかった。

それが今目の前には観光客と思しき人達やその人達が乗ってきた馬車が停まっていたり、小さな宿屋が大きなレンガ造りのホテルになっていたりしていた。


まさに観光地となっていた。


「そうじゃのぉ……ここにもモンスター減少の恩恵が出ているようじゃな」

 人々がモンスターに頻繁に出会わなくなり、街道沿いに宿場も出来始めると安心して旅を楽しむようになった。

 この村は元々砂漠近くのオアシスだったが、他のオアシスと違ってここには大きな湖があり、その湖から流れる河のお陰でそれなりの田畑も潤すことができた。


 その大きな湖と田園風景が観光地としてあるいは避暑地として、この村に人々が旅をするようになった理由であろう。


イツキとシドは馬を馬繋ぎに停め目についたレストランに入った。


「師匠……ここレストランになってますよ」


「うむ。確かここは普通の食堂だったはずじゃが……」


 完全にお上りさん状態となってしまった二人はキョロキョロしながらレストランに入った。

レストランは満席というほどではなく、まだ席に余裕があった。中に入った2人は窓際の席を見つけるとそこに座った。

ウェイトレスを呼んで軽い食事とワインを頼んだ。



「なんか、村というよりもう街ですね」

イツキは改めでレストランの中を見渡してから言った。


「そうじゃな、ワシは昔の方が良かったがのぉ」

とシドは残念そうに言ってワインを飲んだ。

「ワシは親子どんぶりが食いたいのぉ」


「こんなところにはないです」


「でも食いたいのぉ」


「帰ったら作ってあげますから」

イツキは駄々っ子をあやす様にシドに言った。

「ふむ。仕方がないのぉ」


 なんか、こんなジジイが昔やったRPGにNPC(ノンプレーヤーキャラ)で居たなとイツキは思い出して顔が少しにやけたが、同時に自分もRPGのNPCになってしまったような錯覚に陥た。


 イツキとシドがこれからの事を考えてどうしようかと話していると、隣の席に男が一人座った。

男も軽い食事を注文するとワインを飲み始めた。


そして小声で

「イツキさんとシドさんですよね」

と声を掛けてきた。


 シドとイツキが無言で男を見ると男は更に小声で

「私はケントと申します。リチャード皇太子の側近です。今は密偵としてこの国に潜入しています」

と言った。

そういうと男は上着の胸を開けて裏地の王家の紋章を2人に見せた。


「ふむ。よく僕たちが分かりましたね」

イツキも小声で話をした。


「はい。あなた方と別れてから殿下は私にあなた方2人と連絡を取る様にと仰せになられました。これから私が皇子とあなた方の連絡係となります」

 ケントは2人の方は見ずにワインを飲みながら、小声で話をした。

彼の声はこの2人しか聞こえなかったであろう。それほどの小声でケントは話していた。


「皇子の事は分かった。アルポリ国や傭兵の事で何か情報はないか?」

イツキは周りを窺いながらもケントに聞いた。


「はい。アルポリはアウトロ大陸で一番大きな国ですが、他の国……というか部族ですよね。そういった小さい国を襲ってアウトロ大陸を完全に統一しようとしています。元々、この大陸にはアルポリ以外に国と言えるような国はないですから……」


「兵力は?」


「5万というところです。それでも小さい部族相手には多すぎる位です」


「成る程。傭兵の動きはどうだ?」


「最初の頃はアルポリと傭兵は一緒に戦っていましたが、この頃は別行動です。傭兵は傭兵で他の部族を攻め落としていますが、まるで戦いの訓練をしているようです。まあ、100人単位の部隊ですからそれほど大掛かりな戦争は出来てないですが……ゲリラ戦と夜襲がほとんどです」


ケントはロトコ村でリチャード皇子と出会った後は独自でこの国の情報を集めていた様だ。

「単なる別動隊……それとも袂を別ったか……」

イツキはシューの真意を測りかねていた。


シドが思いついたように言った。

「今度、どちらかに狙われそうな部族はどこじゃ?」


ケントは少し考えてから答えた。

「狙われそうな……ですか……傭兵の次の狙いは分かりませんが、アルポリの軍隊なら予想が付きます。アルポリ軍は王都を出て北上しそれから西海岸に沿って南下しショモラマン山脈周辺の部族を攻め落としています。これからも更に南下して周辺の部族を攻め落とすと思われます」


「ほほぉ。それはどこじゃ?」


「それから考えますとケンウッドの森に棲むヴィクターという部族が一番可能性があります……というかほぼ間違いないでしょう。この部族はこの森に数か所に別れて村と街を作ってます。それにここは珍しくエルフと人間とが共存しています。エルフと言ってもダークエルフですが」


「ケンウッドの森かぁ……あそこはこの大陸で一番大きな森じゃな」

シドが記憶を辿る様に思い出して言った。


「はいそうです。この大陸の北東は砂漠ですが南西は森が広がっています。その中でも特別大きいのがケンウッドの森です」


「部族はどれぐらいの規模か分かるか?」


「確かな事は分かりませんが全部で1万人ぐらいの部族でしょう。森は広いのでもう少しいるかもしれませんが居ても後5千人くらいでしょう。戦えるのはその半分ぐらいでしょうか? 」


「ふむ、それなら何とかなるな」

シドは呟いた。


「師匠、もしかして……」


「そうじゃ。この部族を助ける……いや一緒に戦う。それでアルポリの実力を見る」

シドは声を押し殺して言った。


「やはり、戦ってみるのが一番手っ取り早いですからね」

 イツキは楽しそうに笑って言った。

それはただ単にシドと一緒に戦えるのが一番の理由だったが、個人的にはエルフの味方になるのも気に入っていた。


「ここからケンウッドの森に行くには馬で7日程度かかりますが、アルポリ軍がそこを攻めるのは更にその後になるでしょう。今アルポリ軍はショモラマン山脈を超えた辺りにいます。そこから南下してケンウッドの森に辿り着くのは来月の中頃と思われます」

ケントはそこまでの情報を集め分析していた。

 イツキは頷くとシドに言った。

「師匠、急げば5日でたどり着けます。翼竜に乗れば明日には着くでしょう。どうしますか?」


「巧遅(こうち)は拙速(せっそく)に如(し)かずというからな。翼竜で行こう」

シドは即断した。


「孫子ですか?」


「よく覚えていたな」


「勿論。教わった事は忘れません」

 イツキは昔シドの色々と教わった事を思い出した。それは厳しい日々であったが今になっては楽しい想い出だった。それにしても異世界で孫子の兵法を語る日が来るとは思わなかったとイツキは心の中で思っていた。


「ほほぉ感心じゃ」

 そういうとケントに振り向いて

「あ、だからケント君、ワシの愛馬のコータローの面倒を頼む」

とシドはにこやかに言った。


「分かりました。お二人の愛馬は部下に世話をさせておきましょう」

 とケントは苦笑いしながら引き受けてくれた。

人前ではほとんど表情を変えない男であったが、シドにはどうやら気を許したようだった。


「いや、お主等が乗って帰って貰っても構わんよ。やるから乗って帰ってくれ」

とシドは言った。相変わらず人を食ったジジイであった。


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