第62話アサシンのシュー

「暗殺者です。なので彼の最初の職業はアサシンです」

イツキは一瞬言いよどんだがリチャードに言った。。


「なんと……」

 リチャードは驚いたが納得もした。

シューのあの身のこなしはアサシンで培われたものだったのか……と納得した。


「ちなみにシューは相当強いです。僕も油断して戦える相手ではありません」


「そんなに強いのか?」

リチャードは聞き直した


「彼も転職を繰り返しております。多分、近衞第一師団のアシュリーでも勝てないでしょう」

イツキはそう言い切った。


「その上、お互いダガーだけで戦ったら、僕でも分かりませんよ。あの身のこなしは予測不可能です。僕の知り限りこの世界では彼が一番のダガー使いでしょう」

とイツキは付け加えた。


「そうか……それ程とは……」


「彼が昔のままの強さでいたら、間違いなくそうです」


「そんな奴が何故イツキと?」


「アサシンになって1年。彼は強くなりすぎました。彼の雇い主でさえ恐れるほどに……」


「で、彼はそこを抜け、ちょっと色々あって、同じ転生者がいる僕のパーティに来たという訳です。なのでその時に一緒に冒険した近衞第一師団の副団長のカツヤもよく知ってます」


「カツヤも一緒だったのか。」


「はい。カツヤもご存知の通り転生者です」


「うむ。それは知っていた」


「結構、癖はありましたが、良い奴でした。カツヤとは仲が良かったですしアルカイルも一緒だったので知っています。」


「成る程、それでアルカイルの事を知っていたのだな」


「はい、そうです」


リチャードはアルカイルに振り向くと

「どうだ?イツキはああ言っているが、奴の強さは本当にそんなに強いのか?」

と聞いた。

 リチャードにはイツキが言うほど強くは見えなかったので、アルカイルに確認したかった。


「はい。奴はアサシンです。相手からその存在さえも知られる事無く近づける奴です。そんな奴が自分の強さをひけらかして警戒されるような事をわざわざしません。

アイツの見た目は信用しないでください。あいつは間違いなく強いです……というか殺しの技には長けている奴です。」

アルカイルはリチャードにシューの事をそう説明した。


「こうなったら、殿下は一度国へお戻りになられた方が良いのではないかな?」

シドがリチャードの背中越しに話しかけた。


「うむ。そうした方が良いか……」


「そうですね。ナリス達と一度戻られた方が良いと思いますよ。それに三国連合の調印式には出席せよと陛下からのお言葉も言付かっております」

イツキはリチャードにオットーからの伝言も伝えた。


「申し訳ないが、ナリス達も殿下と一緒に戻ってくれ。ここは違う意味で危険だ」

イツキはナリスに頼んだ。


「そうね。モンスター相手ではなく人間相手、それも軍隊とか傭兵とかとの戦いは真っ平御免だわ。中途半端だけど戻るわ。」

ナリスは諦めたようにイツキに言った。

グレースも頷いて同意を示していた。


「そうしてくれると助かる」

イツキはそういうとアルカイルとモーガンに

「よろしく頼む」

と声を掛けた。


「あんたはどうするんだ?」

モーガンはイツキに聞いた。


「うん。これから師匠とこの国の現状を見て回るつもりだ。できるだけ情報を集めたいと思っている」

とイツキは言った。


「2人で大丈夫か?……って愚問だったな」

とアルカイルは言ってから余計な心配をした事に気が付いたようだった。


「まあね。それよりも急いで帰る必要はないから、適当にレベリングしながら帰ってよ。折角旅に出たんだし」

 イツキはそう言ってナリスの事も気遣った。

もう皇太子に追手が来るような事はないと思われたし、もしそれがあったとしてもアルカイルとモーガンとリチャードの3人であれば、負ける事はないだろうとイツキは思っていた。


 一行は全員でオアシスに戻りそこに泊まった。翌朝、シドとイツキ以外はナロウ国へ戻って行った。

シドとイツキはリチャード達を見送ってから今後の行動に関して話し合いを始めた。


「師匠、このままアルポリの王都まで行きますか?」


「そうじゃの、行ってみるか。その前にお前は馬を買え。ワシは愛馬コータローがおるでの」

と笑いながら言った。


「え?馬ですか?いつの間に買ったんですか?」


「買ったのではない。王都を出る時にアイゼンブルグ総監に貰った」

とシドは言った。


「え、そうなんですか! 総監もなかなか気の利いた事をしますね」

意外な話にイツキは驚いた。

 そういう細やかな配慮からは無縁の人物と思っていたからだったが、イツキは自宅一緒に過ごした数時間の事を思い出して「さもありなん」と認識を新たにした。


「うむ。軍団の長としては文句のつけようのない器だ」

そう言ってシドは頷いた。


 オアシスで馬を調達したイツキはシドと一緒に馬上でアルポリの王都ツバウへ向かった。

「師匠とこうやって一緒に旅をするのは久しぶりですね」


「そうじゃのぉ。あの頃のお主はうるさかったのぉ」


「そうでしたっけ?」


「まだ子供だったからのぉ」


「そうは言っても17ですからねえ……それなりに落ち着いていたと思うんですけどねえ……」

とイツキは今ひとつ納得できずにいたが、師匠にはやはり逆らえない。


2人は昔話をしながらアルポリの風景を楽しみながら嘔吐を目指していた。傍からはのんびりと旅を楽しんでいるオヤジ達にしか見えなかった。


「まあ、今更、どこにでもいる旅人を装っても遅いかもしれんがのぉ」

とシドは言ってから笑った。


「それにしても傭兵の首領がシューとは思いませんでした」

イツキが思い出したようにシューの話を持ち出した。


「まあ、確かにそうだが、よくよく考えてみたら有り得ない話ではない。お主が傭兵部隊を作っていたとしても全然おかしくないぞ」


「そうですねぇ……僕も考えなかったといえば嘘になりますからねえ……たまたまギルドに声をかけられてそっちに行ってしまいましたからそれ以上は考えませんでしたが……」


「ほほぉ、ギルドに行ってなかったら有り得たと?」

シドは思わぬ答えに少し驚きながらイツキに聞いた。


「そうですね。有り得ましたね。ただ、シューのように『傭兵の国を造る』事までを考えたかというとそれは分かりませんけどね」


「あれはな。しかし奴はよっぽど根に持つタイプらしいのぉ。いつもまでもここに来た時に虐(いじ)められた事を根に持っておるわい。」


「まあ、元々根性が曲がっている奴でしたからね。仕方ないでしょう」

イツキは苦笑いしながら言った。


「そうじゃのぉ……ああいう奴は女の子にもてんぞぉ……お主も気をつけないとのぉ」

シドはそう言うと大きな声で笑った。

シドにとってはイツキもシューも同じ弟子みたいなもんだった。

シューもシドには懐いていた。


イツキはもう少しシューと一緒に居れば良かったかと少し後悔していた。今この時点でも、できれば傭兵部隊ごとナロウ陣営に取り込みたいと思っていた。


イツキは思い出していた。

シューに言われたセリフが耳から離れない。頭の中で何度も同じ言葉が響く。


「ふん!そのキャリアコンサルタントが何故ここにいる?それも老師まで……お前の力はそうやって利用されるか恐れられるかどちらかしかないんだ。」


シューに言われた事はいつもイツキが感じていた事だった。

だから周りの目はいつも気にしていた。変に貴族に警戒されないようにも気をつけていた。

なぜそんな事をしてまでここにいるのか? と何度思ったか……

シューの言うように「本来ならお前が傭兵部隊を作ってもおかしくなかったんだぞ。何故作らなかった?」


――何故なんだろう。何故僕は傭兵部隊を作らなかったんだろう。作れたのに――


イツキは馬上でそんな事を考えていた。


「イツキ何を考えておる。シューに言われた事を気にしているのか?」

とシドに言われるまで、シドの存在さえも忘れていた。

声を掛けられハッと我に帰ったイツキは慌てて応えた。

「まあ、そんなところです。僕が先に傭兵部隊を作っていた方が良かったんだろうか?とかは思いますが」

イツキは素直にシドに言った。


「なんじゃ、そんな事か……今からシラネに作らせばいいではないか?自衛団という名前の傭兵部隊みたいなもんではないか」


「傭兵だけではありませんが、まあ似たようなモンですね」

イツキはナロウ国の王都シュテインベルクに戻ったらシラネに相談しようと思った。



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