第60話潜入

「ああ、場所は押さえた。いま精霊が見張ってくれている。」


「ではすぐに」


「敵は100人いる」

シドはイツキにそう言うと続けて


「どうやって戦うつもりだ」

と聞いた。


「一気に召喚獣でもぶつけますか?」

ここに召喚士は2人いる。イツキは100人ぐらいなら楽勝で勝てると思った。


「召喚するならワシを呼べ」

とアバントが言った。


「あんたを呼ぶと後が大変だ。アルポリが滅亡する。勘弁してくれ」

イツキは笑いながらそう応えた。


「いや、イナゴは呼ばんから大丈夫だ」

アバントはそう言うと冷たく笑った。


――イナゴ以外の余計なモノを呼びそうだな――

とイツキはアバントの言葉を聞いて思った。



「イツキよ大事なことを忘れておるぞ」

シドはイツキに言った。


「は?大事なこと?」


「そうじゃ、相手も冒険者の集まりだという事だ」


「あ、そうでした……ということは、相手も召喚獣を呼べると……」


「もし召喚士がいたらな」


「そうか……」

 イツキは考え込んだ。

そもそも傭兵の存在を疑っていたのはイツキだった。

それがナリス達を人質に取られて少し焦っていたようだ。


――僕としたことがこんなに慌ててしまうとは――


 100人の冒険者がいたら1人や2人は召喚士は存在しても不思議ではない。

確かにイツキとシドはこの世界でも1、2を争う最強の勇者だったが100人相手、その中に何人かの勇者の称号を持つ者がいるような集団と戦うにはそれなりの準備も作戦も必要だ。


「その傭兵軍団のトップは誰なんですか?」

イツキはシドに聞いた。


「それが分からんのだ」

シドも腕組みして考え込んだ。


「どちらにしてもこのまま戦えば、えげつない事になりそうだな」

今まで黙って聞いていたリチャードが口を開いた。


「だからといって連合王国は止まる事はないし、あの2人を見捨てる事もできない。」

リチャードはどうするか迷っていた。


それを聞いたイツキは全員の顔を見回してから言った。


「あくまでも目的は2人を救い出す事だ。傭兵との全面戦争ではない。救い出せたらさっさと逃げ帰ろう」


「傭兵たちはそのままか?」

リチャードは聞いた。


「はい。傭兵部隊を潰すのが目的ではないですから」

イツキはリチャードの目を見て言った。


「ふむ、それが良いな。無益な戦いは避けるのに限る。そしてそれならやりようはあるじゃろう」

とシドは言った。


「それは?」

全員がシドに注目した。


「ワシの可愛い妖精ちゃんは見つからぬように、傭兵どもに見張っておる。その妖精に道案内させれば傭兵に見つからぬようにたどり着けるだろう。」

とシドは言った。


「なるほど」

全員が頷いた。


「ただ、捕らわれている2人の周りには何人かの傭兵がいるだろうから、そいつ等はどうにかせねばならぬが……」


「分かりました。そこは何とかしましょう。戦わないで済むならそれに越した事はありません」

イツキはそう言って立ち上がった。


「もう行くのか?」

アルカイルが聞いた。


「今の内に近くまで移動しておこう。決行は夜だな」


「分かった」

アルカイルがそう言って立ち上がるとそれを合図にリ皆が立ち上がった。


「ワシは何もしなくても良いのか?」

アバントがつまらなそうにイツキに聞いた。


「今回はたぶんあんたの登場シーンはないと思う。でも黒騎士の件はお願いすると思う」

イツキはアバントにそう言った。

こうやって作戦を練っていても、基本的にはキャリアコンサルタントである事を忘れないイツキだった。


「ふむ。それは分かったが……つまらぬのぉ」

とアバントはそれでも少し不満げであった。


「まあ、そう言わんと、今度お主の活躍する場面が来たらワシが召喚してやるわ」

とシドがアバントの肩を軽く叩いた。


「そうか、それを楽しみにしておるわ」

アバントはシドにそう言った。

やはりアバントはひと暴れしたいらしい。

 しかしながら、シドもイツキも召喚獣は呼び出した事はあるが、魔王まで呼び出した事はない。

やはり気分的には呼び出しにくいものらしい。


「それでは行くとするかのぉ」

シドが腰を伸ばしながら言った。


イツキ達はアバントの地下宮殿から地上に出てシドを先頭に砂漠を進んでいった。



 傭兵たちの隠れ家からさほど離れていないところにあるオアシスに入るとシドは木陰を探して

「夜までここで待機するとするかのぉ」

と言った。


「ここから近いんですか?」

イツキがシドの側に寄って聞いた。


「ああ、近い。夜遅くに行く。それまで寝てろ」

シドはイツキにそういった。


 アルカイルもリチャードも木陰の適当な場所に横になった。

夜まで体力を温存しおくつもりだった。




「おい。イツキ、起きろ。時間だ。」

 アルカイルの声にイツキは起こされた。

シドに言われてからイツキは軽く食事をとってからすぐに寝た。

冒険者は寝れる時に寝る。食える時に食う。イツキは冒険者生活でそういう習慣が身に付いていた。


「もう時間か?」

イツキは半身を起こして聞いた。


「ああ。老師が『そろそろ行く』と言っている」

アルカイルはそう言うとリチャードを起こしに行った。



「全員起きたか?」

シドが車座に集まった仲間を見た。

リチャード、イツキ、アルカイル、モーガン、スチュワートがシドの周りを囲んでいた。


「お主……スチュワートだったのぉ……お主も行くのか?」


「はい。行きます。行かせてください」

スチュワートは泣きそうな顔で言った。

シドはその顔をしばらく見ていたが

「そうじゃな。一緒に行こうか。その代わりワシから離れるなよ。」

と優しく言った。


「はい」

スチュワートは声を絞り出して返事をした。


「では行くぞ」

シドが言うと皆黙って頷いた。


砂漠を黒い影が6人走っている。


月の光を避けるように砂丘を壁に隠れるように走り抜けた。

シドが急に止まって腰をかがめて座った。


「ほれ、イツキ、あれが見えるか?」

シドは6人が隠れている砂丘からまっすぐ前方の古代の遺跡らしい廃墟を指さした。


「はい。見えます」

イツキは答えた。


「あそこに地下に降りる階段がある。それを一気に降りる。今は誰もいない様じゃ」

シドはそう言った。


全員がお互いの目を見て頷いた。そして同時にその地下に降りる階段を目指して走りだした。


 入口でシドが一度止まって中の様子を見た。そして誰もいないことを確認すると右手で「入れ」と合図を送った。

 イツキ、リチャード、アルカイル、モーガン、スチュワートの順で中に入っていった。最後にシドが後ろを確認しながら入っていった。


「こっちじゃ。この通路を真っ直ぐに行くぞ」

シドはイツキたちに言った。


流石に冒険者が中心となって作った傭兵部隊だ。この地下通路には魔獣の類が1匹もいなかった。


「番犬替わり残しておけばいいものを……」

とモーガンが言った。

「だな。」

とアルカイルが応えた。


イツキが小さい声で

「止まれ」

と言った。

「モーガン、あれが見えるか?」

とイツキはモーガンを呼んだ。

イツキ達がいる通路の先がどうやら部屋になっているようだ。

そこに男が立っていた。


「ああ、見える。歩哨が立っているな。」

とモーガンは応えた。


「一人か?」

イツキが聞いた。


「少し待て」

モーガンはそう答えると呪文を唱えた。

狩人の特技である望遠の魔法だ。

言ってみればスナイパースコープみたいなものだが、この呪文一つで40倍ぐらいの大きさになる。


「うん。大丈夫だ。一人だ」

モーガンは言った。


「よし、俺が行くから援護頼む。」

イツキは後ろを振り返って言った。


「ここから狙い撃ちできるが……?」

とモーガンが言ったが

「いや、いい。殺るのはいつでもできる」

 イツキはそう言うと、1人で隠れながらその部屋へ向かった。

モーガンは壁際からその歩哨に弓矢の狙いを定めていた。もしイツキが見つかったら躊躇(ちゅちょ)なく射殺すつもりだった。


 イツキは静かに歩哨に近づくと睡眠の魔法をかけ眠らした。保証はゆっくりと膝から崩れ落ちて眠った。イツキは残ったメンバーに手招きして呼び寄せた。



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