第59話魔王アバントの地下宮殿
昔は神殿の屋根を支えたであろう柱が数本等間隔に立っていた。
今はその屋根も梁を残して崩れ落ちていた。
その柱の先に地下へ通じる入り口があった。
イツキは迷わずその地下通路に繋がる入り口に入って行った。
中には壁に明かりがともしてあった。
「ふむ。まだアバントは倒されていないのか?……魔王の再生は早いからな……もう再生したとか……」
イツキは独り言を呟きながら勝手知ったる他人の家の如く迷わずに、歩いて行った。
ここには何度来ただろう……そんなことを考えながらイツキは地下通路を進んでいった。
途中で数匹のモンスターに出会ったが、わざと逃げて戦わなかった。
「今では貴重なモンスター様か……ここでこいつらを倒したらまたヘンリーに怒られるからな」
と苦笑しながらイツキは先に進んだ。
宮殿の大広間が見えた。
広間からは明かりが通路へとこぼれていた。
――案外早く着いたな――
どうやらまだナリス達のパーティはまだ到着していないようだ。
――え?早く着き過ぎた?そんな馬鹿な?――
ずっと街道沿いを翼竜に乗って飛んできたので、それらしい人間は見落とす筈はなかったのだが……とイツキは不思議に思いながら大広間へと入って行った。
そこには老師シドと魔王アバントが一緒にいた。
二人は広間の真ん中で絨毯の上にあぐらをかいて向かい合って座っていた。
「おお、やっと来たか……遅かったのぉイツキ」
「久しぶりじゃのぉイツキよぉ」
とアバントが声を掛けた。
「やや、師匠が何故ここに?バカ王子達は来ませんでしたか?」
イツキは少し驚いた。ここにバカ王子一行がいても老師シドがいるとは予想もしていなかった上に、奈落の魔王アバントとシドがのんびりと話をしているという信じられない光景が目に飛び込んできたからだった。
「なにを驚いておる。魔王をやっつけたのはお前だけではないぞ」
とシドは勝ち誇ったような顔でイツキに言った。
「そりゃまぁそうですけど……でもなんで師匠がここに?」
「お前が来るだろうと思って待っていたんじゃ。でただ待つのも暇だったのでアバントと酒でも飲んでいた。」
とシドはイツキに言った。
そう言えばこの部屋は酒臭い上にワインの空き瓶が数本転がっていた。
「ナリス達は?」
イツキはシドに聞いた。
シドは目をつぶってひと呼吸おいてから語りだした。
「アルポリに渡る船の中でナリス達にも会えたのじゃが、船を降りたナリスとグレースが何処かの兵士に捕まった。それを助けようとアルもバカ王子も剣を抜いたが、そ奴らはナリス達二人の首に刀をあてて人質にしてしまった。」
「そして手紙だけを置いてナリスとグレースを連れて消えた」
シドはイツキに事の顛末を簡単に話した。
船を降りたナリス達パーティは船着場から出たところを十数人の兵士に囲まれた。アルカイルとリチャードはナリス達を取り戻そうとしたが、目の前でナリスの首に刀を当てられてはリチャードは手も足も出せなかった。
しばらくにらみ合いになったが、その兵士達の首領と思しき男が無言でリチャードに手紙を渡すと、兵士たちはナリスとモーガンを連れ去って消えた。
「アル達はどうしたんですか?追いかけなかったのですか?」
「ああ、追いかけなかった」
「何故?」
「ほれ、これじゃ」
シドはイツキにリチャードが受け取った手紙を渡した。
そこには
――ロンタイル三国の連合国家樹立交渉を早急に止めなければ、この二人の命はない――
と書いてあった。
「それで、バカ王子達は引き返したのですか?」
「そうじゃ。少なくともそいつらにはそう見えている」
シドは答えた。
「こんなことで連合国家の成立が止まるわけないでしょう」
イツキは呆れたように言った。
「だからバカ王子なら国に帰って国王に『連合国家は反対です』と言うと思ったんじゃないかな?」
「いや、流石にそこまでバカではないでしょう。この前ギルドで頭をしこたま打ってはいますが……」
「うむ。流石にそこまではバカでもなかった。しかし、そこで2人を追いかけたら要求を飲む気はないと判断され……」
「二人の命はない……と」
後の言葉はイツキが継いだ。
「そういう事じゃ」
「で、そのバカ王子は今どこへ?」
イツキはシドに聞いた。
「うん?賢明で聡明なる殿下はお前の後ろにいるぞ」
シドはイツキの後ろを杖で指した。
イツキは慌てて振り返ると
「さっきからバカバカと何度言った?」
とリチャードが言った。
「あ、バカ殿下いや皇太子殿下!」
「もう良い。大して賢くはないが、そこまで俺はバカではないぞ」
リチャードは苦笑いしながらイツキの横を通り抜け魔王アバントの横に座った。
「失礼しました。殿下」
イツキは慌てて謝った。
リチャードの後ろでアルカイルが笑いを必死で堪えていた。
「一応、国に帰ったフリをしてここに隠れたという訳だ。」
イツキは改めて広間を見るとリチャードとアルカイルの他に見知らぬ吟遊詩人がいた。
「あの人は誰ですか?」
とイツキは聞いた。
「あれはスチュワートだよ」
とアルカイルが言った。
「スチュワート?……え?ウォルター・ヒキニートか?」
「違います。ウォルター・スチュワートです」
「ああ、そうだった……しばらく見ない内に痩せたな……というか別人じゃないか?」
「皆さんにしごかれてこうなりました」
スチュワートのその姿を見たイツキは彼がこの度で一気に成長したことを知った。
イツキは感動しながら
「全然分からなかったよ。よく頑張ったな」
と労った。
イツキは魔王アバントに
「よくこの人たちを匿(かくま)ってくれたな。僕からも礼を言うよ」
と言った。
「いや。匿ったわけではない。こやつらが勝手に我が宮殿に押し入ってきただけじゃ」
とアバントが答えた。
そして続けてイツキに言った。
「それよりもオーフェンから聞いたぞ。お主らも面白い事をやっているいるではないか!ワシのところへも黒騎士を紹介するが良い」
「え?アバントも黒騎士採ってくれるの?」
「おお、イナゴ将軍にしてやるわ。この世の最悪と言われる将軍にしてやろう」
アバント自身も「この世の最悪」「奈落の底」「堕落の帝王」との悪名を欲しいままにしていた魔王である。
それを継ぐ者になる事は魔神の中であれば誉れであった。
彼は怒り狂うとイナゴの大群を撒き散らすので有名だった。
そのイナゴに襲われた地域は食物が一切がイナゴに食い荒らされて一気に飢饉が発生する。それが彼を怒らすとややこしい事になると言われる所以の一つだった。
「う~ん、それは嬉しくないかもしれないが……うちのギルマスが喜ぶな」
とイツキは言った。
「で、ナルス達の行方は?」
イツキはリチャードに向き直ると話を元に戻した。
「うむ。ちょうど老師がおられたので老師が妖精を召喚しこの集団の後をつけてもらった」
リチャードはシドの顔を見ながらイツキに言った。
そしてシドが話を継いだ。
「ワシは始めはアルポリの軍かなにかだと思ったんじゃがな」
「違うんですか?」
とイツキが聞いた。
「違った。それならある意味話は簡単だったんだか、違う」
「では誰が?」
「傭兵だよ」
リチャードが言った。
「まさか?」
イツキがシドの顔を見た。
「そうじゃ、お主が一番危惧しておった事が起きたんじゃ」
そう、イツキが一番危惧していたのは、モンスターがいなくなり行き場の無くなった冒険者たちが傭兵となって諸国に買われることだった。
傭兵たちは自分たちの価値を上げるためには戦争が起きてもらった方だありがたい。
その国の兵士ならばまだ戦争は国を守るために戦争に行くことはあっても自らそれを望んだりはしない。しかし傭兵は戦争自体が目的であり、それなくして存在価値はない。
イツキが一番恐れていたのは新しい武器と共に傭兵が戦争のプロとしてアルポリ国に雇われることだった。
そうなれば戦いは拡大し、被害も大きくなる。
「アルポリは傭兵を雇いましたか?」
イツキはシドに聞いた。
「いや。それはないようだ。」
シドは答えた。
――じゃあ、何故連合王国を嫌がる?阻止しようとするのか?――
イツキは考えた。が答えは出なかった。
「兎に角、ナリスとグレースを助け出しに行きましょう。場所はわかっているんでしょ?」
とイツキはシドに言った。
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