第58話ヘンリーの頼み

「お、居た居た」

とヘンリーはかくれんぼで友達を見つけた鬼役の子供の様に笑った。


「なに?僕を探していたの?」

イツキはヘンリーに聞いた。


「そうだよ。そうでなくてなんでこんなむさ苦しい、お茶も出ない猫耳も居ないようなところへやって来るかね?」

とヘンリーは言った。


「悪うございましたね。野郎ばっかりの屯所で。お茶も出ませんよ。はい」

とシラネは居直ってヘンリーに言った。


「まあ、それは冗談だが、猫娘ぐらいは置いてくれた方がイツキが喜ぶぞ」

とヘンリーは笑いながら言った。


「なるほど、それでイツキさんはギルマスの部屋に入り浸ってるんですね」

とシラネは世の中のすべての謎が解けたような明るい表情で言った。


「あほか。そんなにヘンリーの部屋には行ってないぞぉ」

とイツキは否定した。


「猫耳目当ては否定しないんだな」

とヘンリーは呆れたように言った。


「え?リンダは可愛いじゃん。あの猫耳」

とイツキはヘンリーの突っ込み自体に気が付いていないようだった。

それをシラネは笑いながら聞いていた。


「まあ、良い。イツキ、そろそろ、アルポリに行って貰いたいんだが大丈夫か?」


「ああ、今シラネともその話をしていたんだが、そろそろ行こうかと思っていた」



「その前に、ちょっと寄って貰いたいところがあるんだが、お願いして良いか?」

とヘンリーは言った。

イツキはヘンリーの顔を見て


「なんだ?バカ王子にでも伝言か?」

と聞いた。


ヘンリーは驚いたような顔をしたが直ぐにいつもの表情に戻って

「流石だな。イツキにはもう分かっているようだが、そろそろ3国の連合王国樹立の調印式をすることになった。やっと事務方の下準備は終わったんだよ。で、調印式に盟主国の皇太子がいないのでは絵にならんからな。国王がバカ息子を呼び戻して欲しいそうだ」

とイツキに言った。


「結構早いですね。来年ぐらいかと思ってました。」

とシラネが言った。


「いや、僕もそのつもりだったんだが、諸外国に隠し通すのが難しくなりつつあるのと、早めにロンタイル3国の連合国家樹立でアルポリにプレッシャーを与えようという事になったんだよ」


「それはシェーンハウゼン侯爵が言い出したのか?」


「いや違う。ペール・シュナイダー公爵だ」


「ああ、イツキさんの近衛師団長に反対したオッサンですね」

とシラネが思い出したように言った。


「そうだ。確かに一理あるのだが……僕としては先に噂を流しておいて、諸国の反応を見たかったんだけどな」


「ロンタイル三国の連合王国は脅威になるでしょうねえ。アルポリに限らず」

シラネはイツキに確認するように聞いた。


「まあね。噂は憶測を呼ぶからね。噂を流しておくと、色々探りを入れてくるからその国がどの立ち位置に居るかが分かって良いんだけどね。でも、王国連合が出来ましたってなると探りを入れるどころか一気に対応策を考えるなきゃならんから相手を追い込む事になるからねえ……追い込むのはアルポリだけで良いんだけどな」

とイツキはシラネに言った。


「ヘンリー、バカ王子は急がすのか?」


「いや、急がさなくても良い。かと言ってのんびりし過ぎても困る。だからイツキに頼んだんだよ。この件に関して絶妙のタイミングでバカ王子を戻らせることができるのはイツキしかいないからね」

とヘンリーは笑って言った。

 この頃ヘンリーも王子の事を「殿下」と言わずにイツキに倣(なら)って「バカ王子」と呼ぶようになっていた。


「そのバカ王子はどこに居る?」


「今はアルポリに入ってゴドビ砂漠を目指しているはずだ。」


「なんだ?バルドー峡谷へ行くんじゃなかったのか?」


「あそこはもうすぐ魔人モンスター保護区になる。」


「あ、そうか!」

イツキは納得した。


「それにしてもゴドビ砂漠とは……地下宮殿か……魔王はアバントだな」

イツキが呟いた。


「またややこしい魔王を選んだもんですねえ」

とシラネが呆れたように言った。


「ああ、拗ねたら本当に鬱陶しい。師匠並みに鬱陶しい。」

イツキは笑いながら言った。


「それを聞いたらシド老師が怒りますよ」

シラネも笑いながら言った。


「まあな。」

イツキは苦笑いでごまかした。


「じゃあ、取りあえず用意してからのんびりと行くわ。まあ、3日ぐらいでゴドビ砂漠に着くと思うよ。だから1週間もあれば余裕で見つけられるだろう」


「テレポーテーションするのか?」

ヘンリーは聞いた。


「いや、それならもっと早く着くよ。今回は翼竜に乗っていく」


「あ、そうかぁイツキさんは竜騎士もマイスターでしたね。」

シラネが言った。


「ああ、でも翼竜に乗るのは訓練次第で誰でも乗れるよ。時間がかかるけど」


「そうなんですね。僕も練習してみようかな?」

シラネがそう言うとイツキは

「君の場合は面倒だから竜騎士にジョブチェンジした方が早い」

と言った。


「あ、イツキさん逃げましたね」


「当たり前だ。なんで僕が翼竜に男と2人乗りしなきゃならんのだ?」

とイツキは笑いながら言った。


 翼竜の訓練は乗れる人間が同乗して教えなければならない。今の話の流れでは教えるのはイツキになる公算が大きかったので、イツキは敢えてシラネに竜騎兵にジョブチェンジしろと言ったのだった。


「兎に角、明日アルポリに向かうよ」

イツキはヘンリーにそう言った。


「よろしく頼む」

ヘンリーはイツキの肩をポンと叩いた。





翌朝、イツキは早めに起きた。


 昨日、自衛団から戻ってきたイツキはマーサに明日からアルポリに行く事を伝えてから、残った事務処理を済ませた。


今日はギルドに寄らずに出発するつもりだった。


軽い朝食を取ってからイツキは家を出た。家の前で竜笛を吹くと暫くして空から翼竜が舞い降りてきた。

「本当にこの世界は便利だよなぁ……こういうところはRPG並に使い勝手が良い」


イツキは翼竜にまたがると手綱を引いた。翼竜は羽を広げゆっくり羽ばたくとその体が浮いた。

そのままほとんど垂直に翼竜は上がっていくと、翼竜は軽く体を丸めるような格好すると今度は一気に体を反らしてダッと南の空に向かって飛んだ。


「う~ん。いい子だ。しばらく乗らなくてもちゃんと覚えてくれていたわ。」


空は青く澄んでいた。


この大空から眺める景色は本当に美しいパノラマだ。

翼竜に乗っている時はイツキはこの世界に来てよかったと思う。こんな経験はここでしかできない。昔いた世界を今でも懐かしむ事はあるが、基本的にはこの世界をイツキは好きだった。


 イツキは一直線でゴドビ砂漠を目指して飛んだ。

飛びながらイツキは自分が高校生時代に乗っていたバイクを思い出した。

あのバイクはどうなったんだろうか?


 それはイツキがアルバイトして貯めたお金で買ったバイクだった。

こうやって翼竜の背に乗って飛んでいるとバイクに乗って走り回っていた頃を思い出す。


気持ちいい。


 思ったより翼竜は飛ぶスピードが速い。そうは言っても一気にゴドビ砂漠まで飛んでいくのは厳しい。

1日目は街道沿いに飛んが、朝早く出たお陰で1日目から距離は稼げた。

しかしずっと翼竜の上に乗っていると疲れもどっとくる。同じ姿勢で長時間の飛行は疲れるものだ。


夕方、日が暮れる前にイツキは森の中で野宿する事を決めた。


――冒険者時代を思い出すなあ――


 イツキはたき火を見ながら暗くなる森の中で昔を思い出していた。

モンスターの気配は全くない。

冒険者時代に森で野宿する時は命がけだった。いつモンスターに襲われるか分からなかったから一人での野宿は非常に危険だった。


今のイツキにとっては全く危険でもない上に、そもそものモンスターが居なかった。


イツキは翼竜の背を枕にいつの間にか眠りに落ちた。


そんな感じで何事もなくイツキはアウトロ大陸に入り、ゴドビ砂漠の上空に差し掛かろうとした。


「そろそろ見えても良いんだけどなぁ……」

イツキはそう呟きながら地上を見ていた。


眼下は砂漠だ。遠くにオアシスが見える。


「アバントの地下宮殿はこの辺だったなぁ……もう終わったか?」

そういうとイツキは一気に降下し始めて砂漠の中に唐突に表れたような廃墟の前に降りた。


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