第57話タクロー
黒木は暫く考えていたが顔を上げてイツキに言った。
「僕は白魔導剣士を選びます」
「ほぉ。決めたか」
「はい。どうせ1人で冒険したりはしないでしょうから、取り敢えず回復系の魔法も使えて剣を持って戦うこともできる白魔導剣士にします。」
「分かった。それはいい考えだと思うよ」
イツキは黒木にそういった。
「では、ここで働くためのハンドルネームを決めようか?ここでは黒木くんの本名は意味をなさないからね。ちなみに黒木くんの本名は?」
イツキは聞いた。
「黒木拓郎です」
「ほほぉ、なかなかいい名前だね。ではここでの名前は何にしよう?君がやっていたRPGのハンドルネームでも良いよ」
「じゃあ、呼ばれ慣れているタクローでもいいですか? 」
黒木はイツキに聞いた。
「全然OKだよ。じゃあ、それでいこう。今日から君はここではタクローだ」
「はい。よろしくお願いします」
黒木(タクロー)はそう言って頭を下げた。
イツキはタクローの履歴書の職種欄に白魔導剣士と書き込んだ。
「さて、これで君の職業は決まったが、これからが問題だ。パーティはどうする?アテはあるかな?」
「ないです。ここで知り合いは神様とイツキさんしかいませんし……」
「そうだな。神様はアテにならんしな……」
今はギルドに仕事の依頼も少ないが、お陰でパーティを組む奴も減っている。さてどうしたものか……とイツキは思ったが、この時点でタクローの選択肢は事実的には1つしか無かった。
「今ならこの王都の自衛団に入団する事ができるよ。普通はある程度経験と実績を詰んだ冒険者しか入れないんだけど、今ならもれなく入団する事ができる。それがこのギルドで就職相談を受けた人への特典なんだな。」
とイツキは適当な事を言った。
それが事実であるかどうかなんか調べようのないタクローはイツキの言う事を鵜呑みにするしかなかった。
それが分かった上でのイツキの発言だった。
実際、この選択肢は彼の生き延びる可能性を数段上げることになる。
「よろしくお願いします」
黒木は言った。
「分かった。それじゃあ行こうか」
「え?何処へ?」
「その自衛団にだよ」
イツキは笑って言うと立ち上がった。
それに釣られてタクローも立ち上がった。
「では行こう。この近所だから」
そう言うとイツキはタクローの背中に軽く手を当て、一緒に部屋を出ていった。
受付にいたマーサにタクローの履歴書を渡して「白魔導剣士で登録しておいてね」
と言った。
「はい。今からシラネのところですか?」
マーサはイツキに聞いた。
「そうだよ。よくお分かりで。今なら自衛団の教練も終わっているだろうからね」
「分かりました。行ってらっしゃい」
マーサはそう言って2人を送り出した。
シラネは教練を終え、自室にいた。
ノックをしてからイツキとタクローは部屋に入った。
「邪魔するよ」
「あ、イツキさん、どうしたんですか? 」
とシラネは言いながら、イツキの後ろにいたタクローを素早く確認した。
「そういう事だよ。新しい転生者で彼の名はタクローだ。よろしく頼むよ」
とイツキはタクローをシラネに紹介した。
「よろしく」
とシラネはタクローと握手をした。
「この人、馬鹿力だから気をつけてね」
とイツキが言った時には既にタクローは顔をしかめていた。
「あ、悪い悪い」
と言ってシラネが慌てて手を離した。
「本当にあんたは学習能力ないねぇ」
とイツキは笑いながらシラネに言った。
「ゴメンゴメン。大丈夫だったか? 」
シラネはタクローに謝りながら聞いた。
「あ、はい、大丈夫です。折れてはいないと思います」
とタクローは答えた。
まだ手はジンジンしていたがタクローはそう応えた。
「タクロー、この団長のシラネも元転生者だよ。だから大体の君の事情も分かるから、なんでも相談してよ。それにこの自衛団には転生者が多いから似たような境涯の人間も沢山いるしね」
「そうなんでね。それは嬉しいです」
シラネは鈴を鳴らして部下を呼んだ。
「お呼びですか?」
兵士が一人入ってきた。
「クルス大尉を呼んでくれ」
シラネはその兵士に命令した。
しばらくしてノックの音がした。
「クルス参りました」
「入れ」
「失礼します。」
と入って来たクルスはイツキとシラネの姿を認めると素早く敬礼した。
シラネは
「イツキさんがまた新人を連れてきてくれた。白魔導剣士のタクローだ。貴様の隊で面倒見てやってくれ。」
「は、分かりました。」
そう言ってシラネからタクローの履歴書を受け取って一読した。
「あ、彼も転生者ですか?ヨッシーといいコンビになるかもしれませんね」
「あ、そうだね。同い年になるかな」
「多分そうでしょう。彼も16歳のはずですから」
クルスはそう答えた。
「タクロー、この自衛団は転生者が多いから、君もやりやすいと思う。ここで早く腕を磨いて生き延びる力をつけて欲しい」
「はい。頑張ります。」
「では、タクロー行くぞ。」
クルスはタクローを連れて部屋を出ていった。
それを見届けてからシラネはイツキに聞いた。
「王軍の教練はどうですか?」
「今のところ順調だよ。」
「そうですか……老師が思い切った事をやったそうですね」
「ああ、もう聞いたのか?」
イツキは苦笑しながらシラネに聞き返した。
「もう、その日の内に広まってますよ。凄まじい事をやるジジイだって巷で噂になってますよ」
シラネは呆れ返ったような顔をして言った。
「まあ、お陰で一気に王軍の規律は引き締まったけどね」
「でもなんだかわかるような気がしますけどね。日頃の言動を聞いていたら……たまに信じられないような過激な事を言われてましたからねえ……。」
「まあね」
イツキは苦笑するしかなかった。
今ここで、首を刎ねられた二人は生きているとは言う訳にはいかなかった。
「それよりも、そっちはどうなんだ?近衞との合同訓練は上手く行っているの?」
「ええ、なんとかやっと警備の分担が済んだところです。でも思った以上に近衞は協力的でした。エリート集団だからもっとタカビーかと思ってましたよ」
シラネはホッとした顔をして答えた。
「はは、本当のエリートというのは案外腰が低いもんだよ。でもそれは近衞第一師団だけだろうけどね。」
とイツキは言った。
「そうでした。イツキさんは第一師団長でしたからね。教えが行き届いていたんでした」
「それは違うよ。アシュリーとカツヤが居るからだよ」
とイツキは答えた。
偶然とは言えイツキの後を継いで師団長となったが気心知れたアシュリーであった事は幸運だった。そしてアシュリーが転生者のカツヤを副団長として呼んだのも今回の合同訓練にいい状況をもたらした要因になった。
「まあ、王都の守りと警備は何とか目処が立ってきたようなきがするなぁ。ところで怪しい奴とか入って来ていない?」
イツキはシラネに聞いた。
「怪しい奴なら昔から結構いましたけどね。一応、見張りを付けて泳がせています。アルポリ国以外の間諜らしき人間も見ますね。」
シラネは少し声を抑え気味に話した。
「ほほぉ。やはりどの国もモンスターが少なくなってきたらほかの国の動向が気になりだしたか……」
イツキはシラネの話を聞くとそう言った。
モンスターの多くいた時代でも間諜は存在したが、それ程気にするようなレベルでもなかった。
シラネの言う怪しい奴とは。明らかにある目的を持って我が国を探っているというレベルの者たちの事を指していた。
「まあ今のところは適当に泳がせていますけどね。」
シラネは笑いながら言った。
「シラネの事だから上手くやってくれていると信じているけどね」
イツキは笑いながら言った。
「イツキさんは老師に合流しないんですか?」
シラネはイツキが王都に留まって教練をしている事が少し疑問だった。
こんな仕事はイツキでなくても出来ると思っていたからだ。
「うん。そろそろ行くよ。僕にデスクワークは似合わないからね」
イツキはシラネに答えた。
その時、ノックの音がした。
「どうぞ」とシラネが応えると扉が開いてヘンリーが顔を覗かせた。
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