第56話白魔導剣士の誕生
――RPGの世界については詳しいかもな――
「さっきゲームをやるつもりで急いで帰るところだったとか言っていたよね」
「はい」
「RPG(ロールプレイングゲーム)はやった事あるの?」
イツキは聞いた。
「あります。大抵のゲームはやってます。」
――やはりゲームオタクか――
「もしかして、君はヒキコモリ?」
「いえ、そんな事はないと思いますが、ゲームをやり出したらそうなる時もあります。」
「ふむ。成る程ね」
――普通だな、というかどちらかと言えば健全かもしれない――
「じゃあ、この世界に来て君は何かの職業に就かなければならないというのも理解できるよね」
「はい。」
「で、ここはあの悪名高き冒険者のギルドな訳だ」
イツキはニヤッと笑った。
しかし黒木は何もなかったように
「はぁ」
と答えただけだった。
――普通はここでなんかリアクションあるだろう?少年よ!大丈夫か!――
とイツキは話がすべった感で少し恥ずかしかった。
「こほん。まあいいわ。で黒木君、気を取り直して話を進めよう」
「僕はここに来た時から気を取り直していましたが……」
と黒木は言った。
――お前は空気を読め!ここでリアクションするかぁ?――
イツキは黒木のコンサルティングをする気が30%ほど失せた。
「それはもういい。で、君のこれからの仕事だが、どうしようか?」
イツキは文字通り気を取り直して話を続けた。
「先ずはこれを見てもらおうか」
イツキはいつものようにこの世界の職種一覧を広げて見せた。
「どんな仕事に就きたい?」
イツキは黒木の顔色を見ながらポスターを広げた。
黒木はそのポスターをじっと見ていた。
「後でジョブチェンジは出来るんですよね」
黒木はポスターから目を離さずにイツキに聞いた。
「できるよ。」
「経験値は持ち越せますか?」
「結構持ち越せるよ。人に依るけど」
「お勧めは何ですか?」
黒木は矢継ぎ早にイツキに質問した。
――これは相当RPGをやり込んでいたな――
イツキはそんな印象を彼から受けた。
「無難なところで言えば剣士とか白魔道士とか魔導剣士あたりだろうねえ。この辺ならジョブチェンジしても無駄にならないというか有利に働く事が多いからね」
とイツキは答えた。
「騎士は?」
「RPGの世界では単なる職種の1つだけど、この世界では貴族のしがらみのある職種だからねえ……剣士からのジョブチェンジをお勧めしているけどね」
「そうなんですか」
黒木はあまり気が乗っていなさそうだった。
「召喚士はどうですか?」
「またヘビーなモノを見つけたねえ……これは結構強力な職種だなぁ。なんせこの意世界中にいるモンスター動物・精霊や物質そして神や悪魔や魔人でも呼びつけた上に、自分は何もしないくせに手足のごとくこき使うと言う極悪非道な職種だな」
イツキはそう説明した。
「なんかすごい職種ですね。」
「ただ、単に呼び出しただけではダメなんだけどね」
「え、そうなんですか?」
「そう、呼び出した魔獣でも神でも悪魔でもちゃんと契約なり力や魔力で押さえ込むことができないと意味を成さない。ただ単に呼んだだけでは、余計な敵を周りに呼び込んだだけになるかね。更にややこしい状況になったりすからね。
それにこの職種は成長が遅いからマスターするのに時間がかかる。これこそ他の職種からのジョブチェンジが一番向いている職種だろうねえ」
イツキの話を聞いた黒木は
「もしこの世界でモンスターにやられたらどうなるんですか?」
と聞いた。
「やられたら?普通に死ぬよ」
イツキは答えた。
「え?教会で蘇らないんですか?」
黒木は驚いたように聞いた。
「それはない。RPGみたいな世界だが、コントローラーを操作しているわけではないからね。負けた対価は自分の命で払うんだよ」
それを聞いて黒木は考え込んだ。
「冒険者以外の職種を選ぶって言うのもあるけどね」
「え、そうなんですか?」
「うん。鍛冶屋とか鑑定士なんかは後々冒険者にとっては都合の良い職種なんでサブで持っている人多いよ」
「ちなみに僕も両方持っているけど」
「え?そうなんですか?凄いですね」
「まあね。ここに15年もいたらね」
「イツキさんもここに転生してきたんですか?」
どうやら黒木は冒険者以外の職種には興味がないようだった。
「そうだよ。15年前にね。高校生の時にね。ちょうど君みたいな歳だったな」
そう言うとイツキは少し懐かしさが甘酸っぱく胸の奥に広がる気がした。
「そうなんだぁ……イツキさんは最初にどの職種を選んだんですか?」
黒木はイツキが転生者だと聞いて少しホッとしたような顔をしたが、直ぐに質問を重ねた。
「僕はモンクだよ。前の世界では幼い頃から空手と柔道をやっていたからね。それに今みたいに転生者なんていなかったから誰も相手にしてくれなかったんで、武器も買えなかった。だからモンクにしかなれなかったんだよ」
イツキは昔を懐かしむように話をした。
黒木は少し感動した。
それにしても黒木はよく質問する。向学心が旺盛なようだ。
「じゃあ、僕はこうやって相談に乗ってもらえるだけラッキーなわけですね」
「ま、そういうことになるかな」
イツキは笑いながら答えた。
「僕には何が向いて居るんでしょうか?」
こころもち黒木の態度に謙虚さを感じたイツキは、彼に対する好感度を20%ほど上げた。
「うん、そうだねえ……将来的には召喚士もいいと思うよ。ただこれを極めるにはその前に魔道士と剣士は必須だろうね。それと結構、冒険の旅に出て色々なモンスターや精霊と出会わなければならないし、魔王も倒さないとな。
だからやっぱり、最初は剣士から始めるのが良いかな。
今なら、自衛団が剣士を募集しているのでそこに入って訓練ができるし、レベリングも安全にできるな。生き残る可能性が増えるという訳だ。
RPG経験者はよく忘れるんだけど、ここで一番大事な事は生き延びると言う事だよ。それを忘れたら間違いなく死ぬ。ここはそういう世界だよ」
「そうなんですね」
黒木は唾を飲んで頷いた。
「黒木くんはRPGの事を熟知しているみたいだから、その知識を活かして将来は賢者の道もあるかもね。」
イツキは続けて話した。
「賢者になるんだったら召喚士は目指しても良いかもね。
「なる程。」
「ああ、それを目指すなら暗黒魔道士は手っ取り早いな。」
「え?そうなんですか?」
「うん。だって召喚するモンスターや魔人側に立つからね。だからそこで仲良くなったら倒さなくても働いてくれる場合がある」
「黒魔道士って戦闘系の魔法を使う魔法使いじゃないんですか?」
「黒ではなく暗黒魔道士ね。黒魔道士の魔神側に立った職種。あと魔神側なら黒騎士や暗黒槍騎士団って言うのもあるけどね」
「魔神側ですか?」
「そうだよ。だから冒険者と戦う事になるよ。まだなんとも言えないけど、結構生き残るには大変かも知れない。それにまだ出来たばかりの職種だからちょっと様子を見てからにした方が良いかもね」
イツキはこの頃黒騎士ばかり勧めているような気がして、少しは他の職種をなるべく勧めようとか考えていた。
「黒騎士かぁ……」
黒木は興味を持った。
自分の名前に黒が入っているのが一番の理由だったが、それをイツキに指摘されそうでどう言おうか考えていた。
しかし
「自分の名前が黒木だからって選んじゃダメだよ」
と先にイツキに言われてしまった。
「え、何故分かったんですか?」
「顔に書いてあるよ」
とイツキは笑いながら言った。
「流石ですね。わかりますか……黒騎士になった人はいないんですか?」
「いるよ。君みたいな高校生でそれも女の子。」
「え?そうなんですか?」
「うん。でもその子はちゃんとん死ぬ覚悟も生き残る覚悟もちゃんと折り合いをつけて選んだよ。安易な気持ちでは選んでいないな」
とイツキは簡単に考えていそうな黒木の発想に釘を刺した。
「う~ん」
黒木は腕組みをしてまた悩みだした。
「まあ、自分の人生の事だからじっくり悩んでいいよ」
イツキは黒木が焦って選ばないように声を掛けた。
どうやら黒木は知識は豊富だが、それが返って災いして物事を直ぐに決められないようだ。
情報は多面的に多い方が良いがその情報を活かす側に決断力がなければ単なる情報の羅列で終わる。
イツキは黙って黒木が悩んでいる姿を見ていた。
これだけはイツキがどうこう言っても始まらない問題だ。本人の意志にまかす以外にない。
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