第36話老師シド
「ま、国ごと一気に破壊する力は凄いのですが、個別の戦いとなるとほどほどの強さです。普通に戦って負けることはないでしょう。」
男は絶えず笑顔を見せながらナリスと話をしていた。
ナリスはこの男と話をしている最中、かつてどっかで会った事があるような親近感を覚えていた。
「ただ、やっつける時は素早く仕留めるように……でないと八つ当たりのように他に迷惑をかける事になりますから」
「他に迷惑?」
「はい。その通りです。こでがこの魔王がややこしいやつと言われる所以ですな。」
「へぇ。そうなんですね」
ナリスがこの男と話をしている時、他のメンバーは反対側のデッキにいたが、ナリスが見知らぬ男と立ち話をしているのをアルカイルが気が付いた。
アルカイルは目を細めて見ていたが、突然目を見開きナリス達に近寄って行った。
男のスバまで来るとアルカイルはその男に声をかけた。
「シド老師ではありませんか?」
その声を聞いて男は振り返りアルカイルを見た。
「おお?なんじゃ?アルか?久しぶりじゃのぉ」
男は少し驚いたような顔をして応えた。
「またナンパですか?」
アルカイルが珍しく笑いながら冗談を言った。
「あほぉ。イツキじゃあるまいし、わしがそんな事をするか!」
とアルカイルにシド老師と呼ばれた男は応えた。
「え?アルの知り合い?」
ナリスは驚いて聞いた。
「そうだ。この人はシド老師と言ってイツキの師匠だ。」
「え~そうなんですかぁ」
ナリスはさっき懐かしさを感じたのはイツキと同じ匂いがしたからだからかな?と思った。
「お主もこのお嬢さんと一緒かえ?」
シドはアルカイルに聞いた。
「はい。一緒に参ります。」
「なら大丈夫か……」
シドは少し考えてから呟いた。
「ええ。皇太子もおりますし」
アルカイルはそういうと目でリチャードを探した。
「ほぉ、筋肉皇子も一緒か。」
「誰が筋肉皇子ですかな?」
シドの後ろからリチャードの声がした。
「おお、これはこれは皇太子様ですか。とんだ失礼を」
シドはリチャードに頭を下げて謝った。
「いえいえ。お初にお目にかかる。老師があのイツキの師匠ですか?」
「ほおほほ。そうみたいですな。イツキをご存知か?」
「ええ。知っております。この旅をする前にギルドで会いました。良い男でした。」
「ほぉほほ。まあ、いい男と言える方でしょうな。」
シドはにこやかに笑いながら応えた。
彼はいつも世界が楽しさで満ち溢れていると錯覚させるような笑顔でリチャードに接していた。
それが彼の基本的なスタイルなんだろう。
リチャードはこの老師を一目見て嫌な印象は持たなかった。
どちらかと言えばもう少し話をしてみたかった。
この飄々(ひょうひょう)とした老師がイツキの師匠と言われるのもなんとなく分かる気もした。
「老師は何故この船に」
アルカイルが聞いた。
「気まぐれの旅じゃ。幾つになっても見聞は広めておかねばな。」
「どうですか?一緒に旅をしませんか?」
リチャードが聞いた。
「ほぉほほ。お気づかいは嬉しいが、冒険の旅の足手まといになっても申し訳ありませんからな。今回はご遠慮させて貰いましょう。」
シドはまたもやにこやかに笑いながらリチャードも申し入れを断った。
「では、旅が終わったら王宮にお越しください。是非とも一度じっくりとお話がしたい。」
リチャードは残念そうに言った。事実リチャードはもう少しこの老師と話をしてみたかった。
「そうですな。折角のご招待ですからな。気が向いたらお伺いしましょう」
そう言ってシドは丁寧にリチャードにお辞儀をした。
「老師はイツキと会いましたか?」
アルカイルはシドに聞いた。
「あやつとは会っておらんが、会わなくても何を考えとるかはよく分かるわ。ほぉほぉほほ」
そういうと笑い声を残してシド老師は船尾へと去っていった。
「アル。あの人は単なる賢者ではないだろう?他も経験しているだろう?」
「……してます。剣を使わせても相当の腕です。素手でもそこら辺の剣士には負けますまい。」
「だろうな。話をしていても隙が無かった……いや、隙だらけに見えたが、そこに踏み込んだらどうなるか分からなかった。間合いが全然読めなかった。」
リチャードはそう言ってアルカイルの顔を見た。
「老師はそういう人です。ある意味イツキと似ているところがあります。」
アルカイルは応えた。
「そのようだな。」
そう言いながらリチャードの頭に何故かニヤケたイツキの姿が浮かんだ。
少し腹が立った。
「多分、イツキが唯一勝てない人でしょう。」
アルカイルはシドの後ろ姿を目で追いながら言った。
「まもなく港に着きます。着岸事故防止の為、身近にある手すりにお掴まりください」
という船員の声が聞こえた。
と同時に船員が忙しそうにデッキの自分の持ち場に付きだした。
「セール、下ろせ」
船員たちがその声の後を復唱している。
「舵切れ」
ゆっくりと船体が岸壁に近寄ていく。
「もやい、準備」
「ポート着け」
「もやい、投げ」
舳先にいる船員がロープを岸壁から海上に伸びている浮き桟橋に向かって投げた。
船はゆっくりと舵のない左舷を浮き桟橋に着けて止まった。
もやい綱を受け取った浮き桟橋のクルー達は係留柱に素早く八の字でロープを結んで順次右手を上げた。
「もやいOK」の合図だった。
その一連のキビキビした動きをナリスたちは感心しながら眺めていた。
桟橋から船の入口に橋が掛けられ、船客が降り始めた。
「さあ、着いたぞ。降りよう。」
リチャードはパーティーの面子に声をかけた。
これから彼らのアウトロ大陸の旅が始まる。
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