第32話ヨッシーとエリザベス

「おほほほほ。よく戦い抜きましたね。流石は我が黒騎士(シュヴァルツリッター)ですね。」

いつものように軽いノリで現れたキースだった。


その声を聞いたとたん何故か腹立たしい気持ちになったアイリスとエリザベスであったが、それを顔には出さずに2人は直立不動で迎えた。

それを知ってか知らずかキースはにこやかに2人に話しかけた。


「いい面構えになりましたね。お二人共。それでこそ我が黒騎士(シュヴァルツリッター)ですね。」


「ありがとうございます」

2人はまっすぐ前を見たまま声を揃えて言った。


「何故、あの密猟者共を殺さなかったのですか?」

キースは聞いてきた。明らかに理由は分かっているのに聞いてきていた……そんな感じを2人とも受けた。

エリザベスは唇を噛んでどう答えていいのか迷っていた。


「あそこまで弱い者を殺すのは黒騎士(シュヴァルツリッター)の名が廃(すた)ると思い、見逃してやりました」

アイリスが同じ姿勢のまま答えた。


キースはアイリスの瞳を黙ってしばらく見ていたが、目をそらすと

「ま、良いでしょう」

と2人に言った。


「しかし、殺(や)るべき時は躊躇(ちゅうちょ)なくお殺りなさい。分かりましたね。」


「はい。」

2人はまた声を揃えて同じように返事をした。


「それでは宮殿に帰りますよ。」

と言うとキースは先に飛んで消えた。


「アイリスは飛べるの?」

エリザベスはホッとした表情でアイリスに聞いた。


「無理!」


「そうだよねえ……。」

エリザベスは少し安心したような顔をした。





その頃、同じ場所を自衛団に入って数か月たったヨッシーが歩いていた。

自衛団では新米剣士として訓練を受けていたが、この頃やっとパトロールの任務に就く事が出来るようになった。


今日も数人のチームでこの周辺を見回っていたが、先輩剣士が定時連絡をする為にベースキャンプに戻っていった。

本来ならヨッシーに行かすところなのだが、ヨッシーを一人で森の中で行動させる事を不安に思った優しい先輩トシは自分が行く事にして、ヨッシーを残した。


「まあ、休憩しててよ。直ぐに戻って来るから」

動き回るより一箇所にとどまている方が、魔物に遭遇する確率は低い。ただでさえ魔物の数が減っている中で、ヨッシーが遭遇する事はまずないだろう……とトシはベースキャンプに向かった。


1人でヨッシーは森の大木に寄りかかり、一休みしていた。


そこに大声で喚きながら慌てふためいて逃げていく男たちを見かけた?

「密猟者か?」


とヨッシーは身をかがめその逃げていく集団を見ていた。

相当切られて出血もしているようだが、傷自体は魔法か何かで治したようで元気に走って逃げて行った。

それを確認するとヨッシーは、その男たちが走って来た方向へと進んでいった。


「あれは間違いなく密猟者だ。経験値欲しさで入ってきた奴らだろう……。それを反撃できる力のモンスターが出たのか?今時珍しい……。」


ヨッシーは事実を確認するためにも見に行かねばならない……そう思いヨッシーは慎重に進んでいった。


森の中に居たのは小汚い恰好をした2人の黒騎士だった。

1人は右手に剣を持っていた。もう一人はダガー。


それを認めたヨッシーは思わず声を掛けてしまった。

「こんなところで何をしている!」


2人はこちらを振り向いた。

小汚い黒騎士の顔は血まみれだった。


――この2人がさっきの奴等をやっつけたのか?――

ヨッシーは声を掛けた事を後悔したが、今更遅いと腹を括(くく)った。


「ああ?密猟者がいたから懲らしめてやったんだよ。お前こそなんだ?」

アイリスが応えた。


「俺は自衛団だ。密猟者がいないか見回りをしている。」

声を聞いてこの黒騎士が女で有る事をヨッシーは知った。


「今更遅いわ!この役立たずが!」

アイリスはいまだにさっきの戦いの興奮が収まらない様で言葉が粗い。


「それは済まなかった。お前たちは黒騎士団か?」


「そうだ。だったらどうする?殺るか?」


「殺らん。殺る意味が無い。」

ヨッシーは応えた。数か月前までは高校生だったヨッシーだが、彼は彼なりにここで成長した様だ。

ここに来てイツキにもてあそばれた頃の姿はもうどこにもない。

――女の黒騎士って……もしかして……――

「あんた達、イツキさんがオーフェンに紹介した2人か?」


「え?イツキさんを知っているの?」

エリザベスが口を開いた。

「ああ、イツキさんがオーフェンに可愛い女の子を黒騎士を紹介したって……知らない奴はいない。」

エリザベスの声に親しみを感じたヨッシーは声が優しくなった。


「という事はあんた達は、エリザベスにアイリスか?俺もここに転生して来てイツキさんにこの自衛団を紹介された。」


「え?そうなの?」

今度はエリザベスとアイリスが同時に返事をした。


「あんたも転生者なんや……いつ来たの?」

エリザベスは聞いた。


「あんたらが黒騎士になる数か月前かな……だから半年以上にはなるかな。あ、俺ヨッシーって言います。」

ヨッシーは改めて自己紹介をした。


「そうなんや。じゃあ私の先輩なんだ。」

エリザベスは自分以外の転生者に会えたのが嬉しかった。

「イツキさんは元気ですか?」

エリザベスはヨッシーに聞いた。

「元気ですよ。この頃、本業はひまそうにしているけど、王宮に呼ばれている事が多いみたいです。いつもお二人の事を気にかけていますよ。エリーは何しているかな?とかアイリスはジョナサンと上手くいっているかな?できればこのまま行ってほしいとか」


「なんで私がジョナサンの旦那と上手くいかなきゃならんのだ?イツキさんに強く否定しておいてくれ」

アイリスもヨッシーがイツキの知り合いだと分かってやっと気を許した。


エリザベスはヨッシーの口からイツキの事が少しでも聞けて嬉しかった。

――死なないで生き延びて良かった――


エリザベスは心の底からそう思った。


その時遠くから声が聞こえた。


「ヨッシー!どこへ行った~!!」

トシの声だった。

どうやら定時連絡から戻ってきて、ヨッシーがいないので探しているようだった。


「ここで~す。ここに居ます!」

ヨッシーも大きな声で返事をした。


「どこだ~~!!」


「ここで~す」


草をかき分けトシが現れた。

ヨッシーだけだと思っていたら黒騎士が2人も居たので驚いたようだった。


「あ~!トシかぁ!」

アイリスが急に声を上げた。


急に名前を呼ばれたトシは怪訝な顔をして小汚い黒騎士を見た。


そこには薄汚れた顔に血の跡まである小汚い黒騎士の顔があった。

「だれや?お前?」

当然の事ながらトシにこんな奴の記憶はない。


「あ~ん。この声と顔を忘れるかぁ?もう一度一から修行させよかぁ?」

とアイリスは顎を突き出し顔を斜めにして、まるで大阪のヤンキーが喧嘩を売っているような態度でトシに話しかけた。

それを見たトシは急に

「え?アイリスかぁ?」と叫んだ。


「そうだよ。お前の愛するアイリスちゃんだよ。忘れんな」


「うわ!分からなかった。汚すぎるわ。そんなの分からんって」

どうやらトシはアイリスと面識があるようだった。

それも圧倒的にアイリスが上のポジションらしい。


「こんなところで何をしているの?黒騎士になったんでしょう?それともホームレスにでもなったのか?」


「黒騎士の修行中だ!」

アイリスが応えた。

エリザベスは「ホームレスでも間違いではないな」と思ったが黙って聞いていた。

実際に彼女たちはこの数か月は森の中で野宿だった。


「そうかぁ大変な修行だなぁ」

トシは感心していた。


「トシさん。アイリスさんを知っているんですか?」

ヨッシーがトシに聞いた。


「ああ、この人はうちの元団員だよ。お前と同じ剣士。でも『冒険に行く』って1年前だったか辞めて、見事勇者の仲間入りしたはずだったんだけど、ジョブチェンジで黒騎士になってしまった人だよ。」


「え!うちの団員だったんですか?」

ヨッシーが驚いてアイリスに聞いた。


「そうだよ。今は一から修行中だけどね。」

アイリスはヨッシーに応えた。


「また、強くなってしまうなぁ……。」

とトシが寂しそうに呟いた。


「なんだ?トシ、文句あるのかぁ?」


「ないよ。全然。ふん!」

とトシは明らかに不満げに返事をした。


「まさかここであんたに会えるとは思わなかったな。会えて良かったよ。」

とアイリスがトシに言った。


「冒険が終わったらすぐに来るって言っていたんじゃなかったのか?」

トシがそれに答えた。


「ごめん。まだ踏ん切りがつかなかった。でも、気持ちは変わっていないから信じて。」


「分かっているよ。でもこれ以上強くなるな。俺が勝てなくなる。」

トシそう言うとアイリスに笑顔を向けた。


この2人の会話を聞いていたエリザベスとヨッシーはお互い顔を見合わせた。

お互いの顔に「もしかして……」と書いてあるのを確認してから、もう一度このアイリスとトシの顔を見た。


「そうだよ。アイリスは俺の婚約者だよ」


「え~~~~~!!」

2人は絶叫した。


アイリスとトシは顔を赤くして俯いた。


「なんでまた、そんな人が居るのに黒騎士なんぞに……」


「確かに燃え尽き感が凄くて、このまま約束通り結婚しても良いかな。とも思ったんだけど、そんな状態で結婚するのもトシに不誠実な気がして……。で、イツキさんに相談したら?ってトシに言われて行ってみたのよ。

そうしたら第一声が『主婦になれば?』だったから驚いたわ。」


――そのままなれば良いのに……あほや――

とヨッシーが思った瞬間


「お前ら全員で私の事を阿呆とか思っていないか?」

とさっきの密猟者から奪った剣を構えた。

3人は激しく首を振って否定した。


――しまった。こいつは自分に対して悪意に満ちた感情は分かるんだった――

トシはアイリスのチートを思い出した。


他の2人は「なんで分かったんだ?」と不思議がっていた。


アイリスは話を続けた。

「その時に黒騎士になれると聞いて、憧れのキース様の下で働けると思うと居てもたってもいられなくなったのよ。」


「え?トシさんが居るのに?」

ヨッシーが思わず聞いた。


「キース様は憧れのスターよ。トシは愛する彼氏。全く別のもんよ。」

アイリスのその答えに同意の表情を示したのは同じ女性のエリザベスだった。


ヨッシーとトシはお互いに顔を見合わせて苦笑した。



「でも、ここでトシに会えるとは思わなかったわ。顔を見たら分かったわ。やっぱりトシは私の大事な人だって。だから待っていて頂戴。絶対に戻るから。」


「分かったよ。待っているよ。ただこれ以上強くなるな。」

とトシは笑って応えた


「それは約束できなけどちゃんとトシの元に帰るのは約束するわ」


「分かった。それだけで充分だ。」

トシは笑ってそういうとヨッシーに振り向いて

「そろそろ、戻ろうか……。時間だ。」

「はい。でもいいんですか?」


「良い。また会えるから。じゃあ、アイリス。」

そういうとトシはアイリスたちに背を向けて歩き出した。それを追うようにヨッシーもついて行った。

ヨッシーは「本当はもっと一緒にいたいくせに」と思っていたが、「でも流石はトシさんだな。格好いいな。」と尊敬していた。



「さて、私たちも戻りましょうか?」

アイリスはエリザベスに笑顔で言った。

それを見たエリザベスも笑顔で応えた。


「はい。憧れのサディストに会いに行きましょう」







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る