第33話アンバランス・パーティ

リチャードは思った。

「なんでこんな役立たずをメンバーに入れたんだ?」と。

いや、思っただけではなく口に出していた。


このパーティのリーダーのナリスに何度その言葉を吐いただろう……。

基本的にリチャードは気が短い。浅慮な人間ではないが、思った事は直ぐに口に出さないと気が済まない性質(たち)なんだから仕方ないともいえる。彼が言葉に気を遣うのはただ一人、国王しかいない。

逆にそうやって直ぐに口に出すから、御付きの者たちとっては分かり易い主人となるのであろう。


もっともそう言われたナリスはいつもは笑って聞き流しているだけなので、それ以上の会話にはなることはない。


役立たずと言われたのは吟遊詩人(トルバドゥール)のスチュワートだった。

なんせ動けない。動いても遅い。歌は下手ではないが上手くもない。

持っているはずの回復系の効果もそれほどでもない。


全てにおいて未熟なのである。


「まあ、そう目くじらを立てないでも良いでしょう。殿下。」

と今日はナリスが笑って聞き流すのではなく、アルカイルがリチャードをなだめた。


「そうそう。彼が初心者なのは最初から分かっていたんですから。」

それにナリスも同調した。


「まあ、そうなんだが……」


「それに彼がいるから、モンスターに遭遇できるんですから」

ナリスはそう言ってスチュワートをかばった。


 スチュワートもいつもの彼であればリチャードに詰められた時点で「動きたくない」だの「死んだ方がマシだ」だの言って駄々をこねるのだが、相手が皇太子、それも将来は国王になるリチャードに対しては貴族の息子として流石に弱音は吐けなかった。


 自分1人の責任ではなく一族郎党にまで類が及ぶ事になりかねないと考えたからだ。

その程度の貴族の分別と意地と誇りは彼もまだ持ち合わせていた様だ。


 旅に出て1か月はこうやってリチャードになじられていると、いつもナリスが庇ってくれるか笑って誤魔化してくれていた。


 そろそろ事前の予備訓練のような旅を終えて本来の目的地に進みたいのだが、なかなかモンスターに遭遇しない。


 なのでこの頃は先頭をスチュワート1人で歩き、その少し後ろをナリス。その2人を距離を空けて囲むように他のメンバーも進んで行った。

 勿論、スチュワートは嫌がったが、皇太子命令なので逆らうわけにもいかず、この頃は居直って歌の練習がてらに声を張り上げて歩いていた。そのおかげか、ちらほらっとモンスターも引っかかるようになった。

 特に呪いの歌は秀逸で、日々のリチャードの嫌味がそのまま呪いの言葉として蘇るようだった。

 モンスターが現れた時に呪いの歌を歌っていようものなら、間違いなくそのモンスターは呪いにかかった状態で登場する羽目になった。

リチャードのお陰で呪いの歌はみるみる上達していった。



 そうは言うものの一言でいうと、スチュワートは撒き餌みたいなもんだった。

で、ナリスが釣り針。


 後はリチャード・アルカイル・モーガンが狩り、グレースが回復系の魔法を後方から支援していた。


 とは言えそんなに大物モンスターは釣れないが、あまりにもスチュワートが弱いので数少なくなったモンスターもそれにつられてちょこちょこ出没し経験値はそれなりに稼ぐことができた。

 彼らはこの戦法を「スチュワートの愉快な釣り仲間作戦」と呼んでいたが、スチュワートは「鬼畜な撒き餌作戦」と呼んでいた。


「そろそろ、この辺も狩猟禁止区域に指定されるようだな」

ある日、リチャードがそう言った。


「まあ、そうですね。ここからならジブタル海峡を渡って、アウトロ大陸に渡った方が良いかもしれませんね。もう少ししたらバルドー峡谷も禁止区域になるでしょうから」

 アルカイルがリチャードに提案した。

旅に出てから2ヶ月あまり、まだ首都近辺での訓練期間なので目的に変更は何ら問題はない。


 それを聞いたリチャードは頷いて

「俺も同意見だが、他の者はどうだ?」

「私は異存はないです。」

ナリスは応えた。それに呼応するようにグレースもモーガンも頷いた。


「僕も・・・・・・・」とスチュワートが言いかけた途端

「全員の意見が一致したところで行く先を変更する。」とリチャードは言った。

「行く先はジブタル海峡を渡ってアウトロ大陸のゴドビ砂漠にする。ここには迷宮があったはずだ。良いかな?」

全員が黙ってうなずいた。


「それではタリファン岬を目指しますか」

とモーガンがロンタイル大陸最南端の岬の名前を口にした。

「そうだな、そこからグレースの魔法でテレポーテーションする。それでいいな」

リチャードはそう言って皆に確認した。


 人見知りでヒキニートだったスチュワートも、この1か月で少しずつ仲間と話ができるようになった。

リチャードの叱責にも耐えられるようになってきた。歌も少しは上手くなったような気がする。

たまに昔取った杵柄ではないが元踊り子のナリスが唄に合わせて踊ってくれるのが嬉しかったりする。


 ナリス一行はバルドー峡谷から目的地をアウトロ大陸のシド砂漠に変更した。

現在はシュルテェン山脈を目指して歩いていたが、ここからは街道を南下しタリファン岬を目指す事にした。


 今までは森の方が多かったが、ここからは平野が多い。周りは見渡す限りの草原だったりする。

 例によって例のごとく先頭はスチュワートだった。

今日もスチュワートが唄いながら歩き、その後をナリスが暇つぶしに踊りながらついていくというパターンだ。

「スチュワート!唄もだけどハープの腕も上がったんじゃないの?」


「え?そうかなぁ……。」


「うん。間違いなく上手くなっているわ。こうやって後ろで踊っているとよく分かるわ。この頃踊りやすいもん」

 ナリスはそう言ってスチュワートを元気づけた。

スチュワートは嬉しそうにハープを鳴らした。

途端にモンスターが5匹ほど現れた。


 巨大なサンショウウオが立ち上がったようなモンスターと巨大化した花のお化けのモンスターだった。

どちらも草原地帯に多くいるモンスターだ。


「珍しいな。このレベルのモンスターがまとまって出てくるなんて」ナリスの耳元でリチャードが呟いた。

「息を吐かれると面倒なので、両サイドの2匹は俺とアルで即効で倒す。後はよろしく」

そう言うとリチャードとアルカイルは両サイドに別れて切り込んだ。


 イツキに「アルが気になる。」と吹き込まれてしばらくはアルカイルの行動に注意していたリチャードだったが、この頃は、そんな事を忘れたかのように呼吸(いき)の合ったコンビで戦っていた。

いや、もう完全に忘れていたかもしれない。根が単純なだけに……。


 剣士や騎士はその刃を見ていれば、自ずとその人間が分かる……リチャードはそう思っていた。

その視点からアルカイルを見ると一片の曇もない真っ直ぐな剣だった。


 ナリスとモーガンは先頭にいた巨大なオオサンショウウオのお化けを狙った。

そしてスチュワートは絶叫しながらグレースの前まで逃げ、ハープをかき鳴らし呪いの歌を歌っていた。


リ チャードとアルカイルは一刀両断で2匹倒し。返す刀で他の2匹を倒した。

ナリスとモーガンは余裕をもって真ん中の1匹を倒した。


このレベルのモンスターならこのチームの敵にもならない。


 こんな感じでこのパーティは街道を南下しロトコの村にたどり着いた。

ここは村人が200人ぐらいの小さな村だった。


 街道沿いにある村なのでそれなりに旅人も多く、宿屋や飲み屋は不自由することは無かった。

 そんな宿場町のような村なので冒険者のパーティはそれほど珍しくもなく関心を引くことはないのだが、パーティメンバーのバランスが余りにも違うので冒険者仲間からはなんとなく目立つ感じになっていた。

 リチャードの言葉を借りると「スチュワートが異様にアンバランスさを際立たせていた。」とも言える。

つい最近までヒキニートで尚且(なおか)つ冒険者どころか社会人でさえ初心者なので、ある意味目立つのはやむを得ない事であったかもしれない。


 宿屋に着いたナリスは一つの提案をスチュワートにした。

それは「酒屋でナリスと一緒に舞台に立たないか?」という事だった。

 スチュワートのハープをバックにナリスが踊るというこの提案は、スチュワート以外のメンバーは大賛成だった。

 ここにたどり着くまでにそれなりの経験も踏んだ分、スチュワートのハープも唄も上手くなってきた。

後は場数という経験が必要だ。それは踊り子としてやてきたナリスだからこそ分かることであった。

 最初は嫌がっていたスチュワートだったが、ナリスの励ましと、アルカイルやグレースからも後押しされ、最後はリチャードからの命令でやむなく首を縦に振った。


 本人もここにたどり着くまでの間で逃げ一辺倒の性格から、自己改革への微かな欲求みたいなものも生まれ始めていた。

「このままではダメだ」から始まった旅も「超えたい」という発想ができるようになっていた。

 なのでスチュワートの目下の課題は「今日の自分を明日超える」だった。

ただこれはスチュワート自身が思っているだけで、決して口には出さなかった。出したら最後、この思いやりの塊みたいな人達は毎日スチュワートのために課題を与え続けてくれる事は想像に難くないとだったから。


 初日から酒場で踊っているナリスの姿が見られた。

旅人や冒険者はそれを見て楽しんだ。

勿論、スチュワートはハープと唄で一緒に舞台に出ているのだが、注目はやはりナリスだった。


「女性にモテる」というだけで選んだこの吟遊詩人だったが、その時スチュワートは自分が人見知りのヒキニートである事を忘れていた。

旅に出る前にアルカイル・リチャード・モーガン野郎3人に引き合わされた時にそれに始めて気がついた。

 ここで、そのまま家に帰ろうかと思ったが、パーティメンバーの一人が皇太子という事で諦めた。

 将来の国王陛下に「ダメな奴」の烙印を押されては彼ら一族に明るい未来は全くないと言うことだけは、スチュワートにも想像できたからだ。









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