第31話虫食う女達
イツキはマーサに呼び掛けた。
「ヒマそうだな、マーサ。昼飯はまだなんだろう?一緒に食わないか?」
「え?奢ってくれるんですか?行きます!!」
マーサはそう言うと後輩に受付業務を引き継ぎ、イツキの元まで走ってきた。
2人は話しながらギルドのレストランに向かった。
「この頃は本当に暇です。転生者しか来ないですからね。」
「まあ、そうだろうな。これだけ魔物が減ったらな。」
いつもイツキが座る受付に一番近い席に2人は座った。
「それは平和になったっていうことですか?」
「マーサはどう思う?」
イツキは敢えてマーサに聞いてみた。
「確かに今なら隣町にも馬車に乗って安心して行けます。だから平和になったんだなあと思います。でも、このギルドに活気が無くなって寂しいです。ギルダが無くなったりしませんよね。」
「それはどうかな?冒険者がいなくなったらこのギルドの存在価値はなくなるからな。このままでは厳しいだろう。」
「え~!じゃあ、私も今から職探しをしていた方がいいのでしょうか?」
「まあ、うちのギルマスは賢いからそんな事にならないように手を打ってくれるだろうから、慌てて職探しはしなくていいよ。」
イツキは笑いながらマーサにそう言うと注文を取りに来たマリアにランチセットとワインを注文した。
「それを聞いて安心しました。でも少しは魔物も増えてきたんですかねぇ?」
「若干だな。まだまだだな。冒険者もこの大陸は魔物が居ない上に退治が禁止になっているから他の大陸へ行ってしまったからな。」
その上、イツキはこの大陸で増えた魔獣を他の大陸へと持っていくようにオーフェンに頼んでいる。その話はこの場でマーサには言わなかった。
「あ、そうだ!エリーは元気にやってますか?・・・・・というか生きてますか?」
マーサは思い出したようにイツキにエリザベスの事を聞いた。
イツキにしてもエリザベスの事は1日も忘れた事が無いほど気にかけていた。
「この頃は連絡ないな。でも大丈夫だろう。もし何かあったらジョナサンが一番に連絡を寄越すだろうから。」
と言ってイツキはマーサを安心させた。
「そうですよね。何かあったらすぐに連絡がありますよね。少しは強くなったかぁ。」
マーサは早く一人前になったエリザベスに会いたい様だった。
「まあ、申し少ししたら見に行ってくるよ。今頃はキースがどれほどサディスティックな男であるかが分かった頃だろうなぁ」
とイツキも笑いながら言った。しかしイツキ自身も気にはなっているので、来月位は顔を出そうと思っていた。
「本当にイツキはキースと馬が合いませんね。」
「合うわけないよ」
とイツキは笑いながら言った。
そんな話をしているうちにマリアが料理とワインを運んできた。
「今日は遅いランチですね。ワインは先に持ってきた方が良かったでしたっけ?」
「いや、一緒で良いよ。」
イツキは笑いながら応えた。
軽くワインで乾杯して二人は遅めのランチを食べ始めた。
その頃、ロンタイル大陸の中心部を東西に走るダリアン山脈の最高峰エルガレ山の麓で、2人の少女は虫を食っていた。
虫だけではなく、そこで捕まえられる生き物という生き物は全て腹の中に入れていた。
そう、虫を食って生きていたのは自ら黒騎士になったエリザベスとアイリスだった。
ここに来て3日目にキースに武器としてダガーを1本づつ持たされただけで、2人ともこの森に放り出されてしまった。
命令は「兎に角、生き抜け」だった。
最初に2日分の食料は持たされていたが、それは直ぐになくなった。
初めから持たされることなく放り出されているより、中途半端に何かを持っていた方がそれを食べ尽くした時のショックは大きい。
それも全て織り込み済みで食料を持たされた2人だったが、そんな事は知る由もない2人は「なんとかなるさ」と軽く考えていた。
しかし、全くの闇夜。
確かに魔獣や魔物は味方になったとは言え、それは力がある魔人にのみ通用する言葉だった。
弱い魔人なんかは下手な人間より日頃の恨みの対象になったりして格好のターゲットだったりする。
幸いにもアイリスは剣士としてはマイスターだった。なのでこの辺の魔獣に遅れを取る事はないが、エリザベスは違った。
初日から魔物に襲われ食料を失い、そして血まみれになっていた。
回復薬で多少の体力の復活はあったが、いつまで彼女の気力が持つかがアイリスのエリザベスに対する懸念だった。
エリザベスは森に入って2日目に「もうこのまま死んだほうがマシだ」と思った。
「虫なんか食えない!蛇食うぐらいなら死んだほうがマシだ!」とも思った。
息も絶え絶えのエリザベスにアイリスは言った。
「死ぬなら戦ってから死ね」と。
「逃げまくっているだけの間に死ぬな」と。
アイリスは元冒険者だけあってこれぐらいの事は経験している。
だからなんとかエリザベスに立ち直って欲しかった。
ただ、残念ながらこれほど圧倒的な力のないパーティを組んだ事はなかったが……。
エリザベスはアイリスの言っている言葉の意味が分からなかった。
「それはどういう意味?」
「言った通りだよ。まだあんたは戦うレベルまで達していない。だから逃げるしかない。それは生き残るためなんだから、仕方ない。今のあんたのミッションは生き残ることだ。戦うことでではない。生き残りさえずれば経験を積める。経験は力だ。その経験と努力が積み重なって始めて戦うという土俵に上がれるんだよ。まだ、あんたは土俵にも上がっていないよ。」
「だから今は一生懸命逃げるんだよ。戦える時はこれから嫌というほど来るから。私がそれまではどんなことをしてもあんたを守ってやるよ。だから必死に逃げろ。そして戦えるようになって死ね。」
「そんなの単なる足手まといじゃないの!」
「そうだよ。誰もがみんな初めは足手まといだったんだよ。あたいもそうさ。」
「だからあんたも生き残って、今の自分のような足手まといの面倒を見る責任があるんだよ。それが順番って言うもんだよ。」
エリザベスはアイリスの言葉を聞いてもう少し頑張ろうと思った。
「そうだ。アイリスはもうこんなことを今更する必要もないのに付き合ってくれている。なのに私が泣き言を言ってどうする。」
アイリスは剣士として勇者の仲間入りを果たしていた。だから本来はジョナサンと同じようにこんなことはしなくて良いはずだが、何も言わずにエリザベスに付き合っていた。
自分の事しか考えていなかったエリザベスは恥じた。アイリスに申し訳ないと思った。
エリザベスの瞳に力強さの光が戻ったのを見たアイリスは思い出したように話を続けた。
「そう言えば、イツキの旦那だけはそうじゃなかったみたいだわ。」
「そうなの?」
「ああ、あの人はその当時、「よそ者」って誰にも相手にされずにいたから1人で冒険していたらしいよ。毎日、1人で戦って虫食って蛇捕まえて生き延びたらしい。」
「そして1人でオルモンの深き場所のダンジョンの魔王を倒した。それもいつこの旦那はモンクだったから素手で倒した。そしてエルフ族の伝説になった。ちょうどあんたと同い年ぐらいの頃だったらしいよ。」
オルモンの深き場所のダンジョンでの戦いにイリアンがいた事はイツキしか知らなかった。
なので、ダンジョンの魔王ベルベを一人で倒した事になっていた。
エリザベスはそれを聞いて思い出した。
「私は生き残って、イツキさんと一緒に仕事をするって約束したんだった。絶対に生き残ってみせる。」
消えかけていたエリザベスの生への執念は蘇った。
そして3ヶ月。
今では蛇でも虫でもなんでも食べる女がここに2人いた。
2人は逃げて逃げて逃げまくって強くなった。
この辺の猛獣には負けないぐらいにはなった。
エリザベスは気が付いていなかったが、転生者はこの世界で成長の速度……いや経験値の増え方が、元々この世界にいる人間よりも早いようだ。
その際たる実例がイツキだった。人によってばらつきはあるが、概ね転生者は経験値を多く稼ぐようで成長が早い。イツキは特に早かったが……。
3ヶ月前、血まみれで泣いていたエリザベスの姿はもう無かった。
そしてイツキが言った「キースはサディスティックな奴だ」という言葉を噛み締めていた。
そんな2人の前に、5人組の男たちが突然現れた。
「なんだ?お前らは?」
と男たちは2人に聞いた。
「ここで冒険していた。」
「魔物は狩ってはならんのだぞ」
「だから魔物は狩っていない。狩っていたのは虫や蛇や猛獣の類だ」
とアイリスが応えた。
2人は顔も汚れてドロドロだったが、それなりの騎士の格好はしていた。
男たちはそれに気がついた。
「お前ら、もしかして魔人か?黒騎士か?」
「いや、その姿は黒騎士見習いか?」
気が付くと2人は男達に囲まれていた。
「いいところで会った。今日はついている。」
男たちはどうやら密猟者らしい。
保護区になったこの辺りで増えつつある魔物を狙って狩っていたらしい。
「今ここは保護区だぞ」
「そんなもの、知るかよ。この辺で稼げないから他の奴らは違う大陸に行っているが、そこまで金が溜まってない俺たちは、ここで稼ぐしかないんだよ。ちょうど良かった。黒騎士は稼げるからな。見習いとは言え稼げそうだ。」
男たちは剣を抜いた。
ジリジリと近寄ってくる。
アイリスはエリザベスに耳打ちした。
「こいつらは弱い。他の国へ行く金もないほど稼げていない。だからレベルは低い。エリーは焦らなかったら勝てるよ。」
「正面の2人は私が引き受けるから、後ろの1人はよろしく。」
流石に修羅場を幾度となく、くぐって生き延びたアイリスだけあって落ち着いていた。
「分かったわ。アイリスの言うとおりにする」
「私が突っ込んだら、後ろを一気に片付けるのよ。」
「分かった」
アイリスが踏み込んだ。
それを見たエリザベスは一気に振り向いて後ろの男の首を狙って飛び込んだ。
男は自分が攻めようとした矢先に不意をつかれて、とっさに避けたが右肩から腕にかけて激しく切られ反撃が出来るような状態ではなくなった。
アイリスは正面の2人のまず左側の男の腹を刺し、その男を盾に姿を隠して目を眩ませて右側の男に飛びかかった。
そのアイリスに目を奪われている残った男の内の1人をエリザベスは狙って刺した。男は避けたがこれも右腕にエリザベスのダガーが刺さった。
男が腕を押さえている間にエリザベスは更にダガーを突いた。
アイリスは二人目を倒したあとその剣を奪い、3人目を倒した。そのまま腕を抑えながらエリザベスと戦っている男の剣を持つ右手を切り落とした。
剣を持ったアイリスに勝てる奴はそう多くはない。
2人は勝った。
そこに5人の密猟者が転がっていた。
まだ、5人とも死んでいなかった。
「このまま死ぬか?魔獣は殺すなとは言われているが、人は殺すなとは言われていない。」
アイリスは聞いた。
密猟者たちは首を振った。
アイリスは「ふう」とため息を付くと男達に回復薬を使った。男たちはなんとか動けるまでには戻った。
なんとも便利な世界である。
「今度会ったら、殺すよ。分かったか?」
「はい。」
男たちは転がるようにして逃げていった。
「エリーが最初に倒したのが同じ人間にはしたくなかった。だからこれで良いよね。」
「うん。ありがとう。」
エリザベスはアイリスの思いに感謝したが、ここに来て恐怖が蘇った。ダガーを握ったまま手が開かなかった。
アイリスはその手を優しくとって、撫でながら指を開いていった。
「もう大丈夫よ。エリーはよく戦ったわ。頑張ったね。」と言ってエリーの頭を撫でた。
エリザベスはやっと落ち着きを取り戻した。
そこにキースが現れた。
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