第13話ロンタイルの魔王

「それは大丈夫だ。」

ヘンリーは自信を持って答えた。


「そもそも、この話を持ち出したのは国王陛下だ」


「はぁ??陛下が……」

イツキは飲んだワインを吹き出しそうになった。

――またヨッシーになりかけた――


「イツキ、君も陛下にお会いした事はあるだろう」


「そりゃあ、あるよ。あんたも良く知っているだろう?……確かに変わった陛下だが……そこまで変わっているとは思わなかった。」

イツキは国王にはこれまで何度も会っていた。


「陛下は今の異世界からの転生者が流入し続けることを憂(うれ)いておられる。」


「まあ、普通は憂いもするでしょうよ。」


「だからと言って来るものを止める手立てもない。」


「ありませんねえ」


「今まではモンスターも沢山いたのでそれも良かったのだが、こういなくなると、どうもいかん。ネズミを退治するために放り込んだ猫なんだが、ねずみがいなくなったのに猫だけ増えるという状態になっている。

まだ猫は可愛いから許せるが、冒険者はハーレムを作って風紀が悪くなるだけだ!許せん!」

どうやらヘンリーの問題はそこらしい。


「だから安心して魔王に話をしに行って欲しい。頼む、イツキ」

とヘンリーは頭を下げた。





「はあ。」

――冒険し過ぎるのも問題だったな――


イツキは少し、今までの冒険を後悔した。


「そう言えば、つい最近オルモンの深き場所のモンスターの皆さんを虐殺したそうだな」


「いや、あれは仕方なく……ってショッカーのみなさんじゃないんだから……」


「まさかスライムは居なかっただろうな……絶滅危惧種のスライムは……」


「居なかったと思います……ってなんでモンスター退治してつめられなきゃならんのだ?」


「それ程、現状は切羽詰っているという事だ。だから、イツキ。頼む。」


「頼むって言われても……まあ、取り敢えずロンタイルの魔王に聞いてみます。この頃、暇だって言っていたので」


「そうか!行ってくれるか!頼んだぞ!」


「はぁ……」

イツキはため息をついた。


「あ、それからロンタイルの魔王に手土産は忘れないようにな。領収書はもらっておいてくれよ。この頃経理がウルサイからな。」



「世も末だねえ……」

とイツキは心の底から嘆いた。





食事が済むとイツキはギルドから自分の家に戻ってきた。

ギルドから徒歩20分程度の、街の中心部から少し離れた山際にある小さな家だった。

そこまでいつも散歩がてらに歩いて帰ってくるのだが、今日は足取りが心なしか重かった。


「今からオーフェンねえ…折角、ギルドに帰って来たというのに……なんでわざわざ魔王になんか会いに行かなきゃならんのだ?」


「それも手土産を持って……」


「行くのは明日だな。今日は寝る。ワイン飲みすぎたなボク」


とか言いながらイツキは新聞も読まずにさっさと寝てしまった。

翌朝目が覚めたら完全に忘れた事にしようと思いながら……。




翌朝、いつもの時間にイツキはギルドのレストランで朝食後の珈琲を飲んでいた。

後ろからイツキは声をかけられた。

「おはよう!イツキ、今日、行ってくれるんだよね。」

その声の主は振り向かなくても判る、ギルドマスターのヘンリーだった。


勿論、イツキは振り向きもせずに応えた。

「昼前には行きますよ。」


ヘンリーはイツキの前の席に座り

「本当に、頼むよ。イツキ」

と頭を下げた。


「で、ロンタイルの魔王に『ギルドで黒騎士(シュワルツリッター)の訓練してくれ』って頼むのか?」


「いや、流石にここで黒騎士の訓練できんだろう。その場で冒険者とバトルになってしまう。

冒険がさらにお手軽になってしまうではないか……やはりそこは地下宮殿か何かでやってほしいな。

取り敢えず、魔王オーフェンに手紙を書いたからこれも持って行ってくれ。」

とイツキにオーフェン宛の親書を手渡した。


「だよなぁ……まあ、持って行きますわ。」


「手土産は持ったか?」


「そんなもん、まだ、買ってないわ」

イツキは吐き捨てるように言った。


「イツキが奪った聖なるなんとかという剣なんかどうだ?喜ぶと思うぞ」

ヘンリーは思いついたように言った。


「なんで僕が魔王に、折角分捕った物を返さんとならんのだ?おかしいだろう?」


「そうかぁ……。じゃあ、これを持って行ってくれ」

とヘンリーは温泉饅頭を差し出した。


「あ~?なんで温泉饅頭なんだ?……ってこんなもんがこの世界にあるのか?」


「この世界はもう異世界から沢山人が来るから、何が有っても不思議ではないぞ。これは迷宮のレストランで今売り出している『魔界地獄の温泉饅頭』という食べ物だ。とっても美味だぞ」


「饅頭は知っている。何でもありか?この世界は……それにしても趣味の悪いネーミングだな。」

イツキは受け取った箱を見ながら呆れていた。

しかしこの世界で自分が元いた世界のモノを見るとそれはそれで嬉しいものだ。


「そうかぁ?わかり易いネーミングだと思うぞ。それに今回の手土産にはぴったりだ。」


「まあ、いい……兎に角、僕が帰ってきたらこれはどこに行ったら買えるか教えるんだぞ。分かってますね。ヘンリー。」

やはりイツキはこの饅頭が気になって仕方がないようだ。


「ああ……分かった。教えるよ。なんだ、イツキもネーミングが気に入っているんじゃないか。」


「違うわ。それは僕が昔いた世界の食べ物だ!」


「おお、そうかぁ……イツキはいつもこんな美味いモノを食べていたんだな。」


「だから帰ったら教えるんですよ」


「分かった。教えるよ。じゃあ。よろしく頼む。」

と言ってヘンリーは饅頭を置いて立ち去った。


「確かに手土産だが……俺は何しに行くんだ?」

イツキはそう言うと軽くため息をついた。




珈琲を飲み終えたイツキはロンタイルの魔王のいる宮殿の近くの森に渋々テレポーテーションした。

直接、宮殿に乗り込んでも良かったのだがイツキ自身気持ちの整理がついていなく、考える時間が欲しかったので敢えて宮殿を見上げる森の中に飛んだ。


鬱蒼(うっそう)とした森はモンスターがこの突然の訪問者を木陰から様子を窺(うかが)っているはずであった……が、のどかに小鳥がさえずり、泉に鹿が喉を潤し、平和な自然が目の前に広がるだけだった。


ロンタイル……それはこのナロウ国が存在する大陸の名称。

この東西に長い大陸はその中心あたりに東西に連なるダリアン山脈を持つ。この世界では最大の大陸。


このロンタイル大陸の東の外れから中央部にかけてがナロウ国。その真ん中辺りから西側がカクヨ国。カクヨ国とナロウ国は元々は敵対する国であったが国民の行き来は自由で、現在は友好国関係に近いものになっている。

大陸中央部分北側にナロウ国の属国テミン国。この大陸には3つの国が存在する。


このロンタイル大陸の中央、ダリアン山脈の最高峰エルガレ山の中腹に建つ宮殿にロンタイルの魔王・オーフェンが居る。


森から木々の間を通してそのオーフェンのいる宮殿が見えた。

それを目指してイツキは歩いて行ったがイツキの前に現れるのは、ロンタイルうさぎとかマオウカブトムシとかインコの類ばかりだった。


「本当にモンスターはいないな……魔人の皆さんは本当に狩られてしまったのか?」

イツキは独り言を呟いた。


「もしかして、僕はオルモンの深き場所の洞窟でとんでもないことをしてしまったのか?」

とイツキは猛烈に不安になってきた。


「あの魔獣達はあそこに避難していたのかも……そうだとしたら悪い事したなぁ……」

とイツキはモンスターを倒した事を初めて後悔した。


「まあ、こんなところで考えていても仕方ない。オーフェンに会いに行こう」

イツキはやっと腹をくくって宮殿を目指した。


宮殿に着くまで1匹のモンスターも出てこなかった。


「本当にいない……」


イツキはモンスターの出現をこれほど願った事は今まで無かった。


宮殿の入口にいつもならいる魔獣の姿も見えない。


「お~い。誰かいないかぁ」


と声を掛けたが返事はなかった。


「う~ん。これは重症だなぁ……」

とイツキは改めて思った。

今までもモンスターの類がイツキの前に現れない事はあった。イツキはそれを「自分のレベルが上がったのでモンスターが様子を見て隠れている」と思っていた。

しかしそうではなく、モンスターの絶対数が激減している事がその大きな理由であった事をここで思い知らされた。



宮殿の門をくぐり薄暗い通路を真っ直ぐに入って回廊を曲がって歩いて、最上階の魔王の広間にたどり着いた。

本当にあっさりと着いてしまった。いつもならお約束のようにいる回廊の曲がり角でもモンスターに出会わなかった。


「お~い。オーフェン。いるかぁ?」


「誰じゃ、気安くワシの名を呼ぶのは……」


「僕だよ。イツキ。」


「おお、イツキかぁ?どうした。また勇者に戻ったのか?」

魔王オーフェンは魔王の玉座の後ろの通路から出てきた。


――なんか地味な登場の仕方じゃね?――

とイツキは思ったがそのセリフをあえて口にするのは止めた。


戦闘モードになった魔王なら身長もイツキの軽く10倍はあろうかという巨人に変身する。

とてもじゃないが並みの勇者が2~3人ぐらいじゃ歯が立たない。

そんな魔王も平時は豊かな髭を蓄えた威厳ある王の風格も漂わせる男であった。

そして何故かイツキには親しみを込めて接する魔王でもあった。


イツキはこの戦闘モードになった魔王と2回戦っている。

1度はパーティーで、2度目は1人で。どちらもイツキが勝ったが、2度目の勝利は魔王もどこまで本気だったか怪しいとイツキは思っている。


「そんなもんに戻らないよ。元気にしていたか?」


「見ての通りじゃ。ワシは元気だが、お主の顔を見ると古傷が疼くわ。」


「何言ってんの?いつの話をしているんだ?」

イツキは笑いながらオーフェンに近づいた。


「ほほほ。冗談じゃ。ま、ワシは元気だがご覧の通りよ。」

魔王オーフェンは力なく広間を見て笑った。


「取り巻き連中が誰もいないな。こき使い過ぎなんじゃないのか?」


「そうではない。ここ数ヶ月2日に1度は勇者が来るので魔人はほとんど狩られた。」


「オーフェンは?」


「まあ、レベリングが十分にできていない新人冒険者が多いからな。なんとか凌(しの)いでおるわ」


モンスターがいないという事は新人勇者にとって経験値を得る事ができずにレベリング不足でラスボスに対戦することになる。

イツキが倒すまでは無敗の魔王オーフェンだった。流石に準備不足の上に経験不足の冒険者ごときには遅れを取る事はない。多分、余裕で冒険者たちを退けていることだろう。

しかし魔王オーフェンの弱気な言葉がイツキは気にかかった。


「そうかぁ……大変だなぁ……。」


「でも、戦士アルカイルクラスの勇者が来たら、たまらんだろう?」

イツキは魔王オーフェンに敢えて聞いた。


「1人なら問題ない。ただチームで同じレベルを揃えて来られたら、厳しい戦いになるな……本当に世も末じゃな。」

とため息混じりに魔王オーフェンは嘆いた。


「世も末って……お前が言うな!」

とイツキはツッコミたかったが止めた。

――やはり弱気だな――

そのツッコミはあまりにもこの状況では痛々しいツッコミになりそうだったから……。


「まあ、1人で来て勝てそうな気がしないのはイツキだけだな。」


その話は無視してイツキは話題を変えた。


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