第14話魔王への手紙

「あ、これうちのギルマスからお土産」

と言ってヘンリーが用意したお土産をマジックバックから取り出し魔王に手渡した。


「お、気を使って貰って申し訳ないのぉ……」

魔王オーフェンは嬉しそうに受け取った。

その姿は魔界の王というよりも、村の長老のようだった。


「ほほ~、魔界地獄の温泉饅頭だとぉ?」

魔王オーフェンはそのネーミングが気に入ったのか、早速包を破って中の饅頭を1個取り出して口の中に放り込んだ。


「おお!美味(うま)い!懐かしい香りがするぞ。本当に魔界の地獄の香りがするなあ……」


「え?そうなの?そう言えばどっかの迷宮で売っていたってギルマスが言っていたなぁ……どこの迷宮だろう?」


「イツキもどうだ?」

魔王オーフェンは饅頭の入った箱をイツキに差し出してすすめた。


「ありがとう。じゃあ、僕も頂くわ。」

とイツキも箱から饅頭を1個取り食べた。イツキにとっては普通の温泉饅頭だった。

しかし、それはイツキにとっても昔いた世界の懐かしい味だった。

餡子の味が五臓六腑に染み渡る。


それだけで充分だった。

涙が出そうに美味しかった。

それでもイツキは心の中で

「僕は粒餡の方が好きだな」

と呟いていた。


「どうだ、美味いだろう?……お~い。サルバ!お茶をくれ~」

と魔王オーフェンは副官サルバを呼んだ。


どこからともなくサルバと呼ばれた魔人がお茶を持って現れた。


「お呼びですか?魔王様」


「呼んだ。呼んだ。イツキがお土産を持って来てくれたぞ。サルバ、お前もどうじゃ?」


「……たく……魔王と勇者が一緒に温泉饅頭を仲良く食っている図ってあまり感心しませんな。」


「僕はもう勇者じゃないよ。」

と言いながら副官のサルバがお茶を持ってきたので内心驚いた。

「本当に他に誰もいないのか……」と。


「だったら元勇者ですな。同じことです。」

と言いながらサルバも温泉饅頭を頬張(ほおば)った。


「お、こりゃ美味いですな。それに懐かしい香りがする。」


「だろう。ワシもそう思ったんじゃ……イツキ、ギルマスによろしく伝えておいてくれ。」


「伝えておくよ……でもなんだろうねえ……このフレンドリーな魔王は……」

と流石のイツキも呆れたように呟いた。

「こんなもんでこれほど喜ぶとは……ヘンリーはそれが分かっていたのか?まさかねえ……たまたまだよねえ」

と心の中でつぶやきながらヘンリーのことを少しだけ見直した。



「そう言えば、お主と戦ったのはもう10年以上前の話だのぉ。あれはワシが初めて負けた戦いだった……ワシに奢りもあったが、あの時のお前たちは本当に強かった。そう言えばカツヤも強かったな。」

魔王オーフェンは懐かしそうに思い出話を語り出した。


「他の奴らも強かったけどね。まあ、あのパーティーは最強だったな。今でもそう思うね。」

イツキはサルバが用意してくれた椅子に座りながら応えた。


「そうだったな。それからの付き合いだからな。長い付き合いになるのぉ」

魔王は懐かしそうに遠い視線を回廊の窓から見える空に向けた。

彼にとってイツキ達との死闘は楽しい想い出となっている。

言い換えれば、魔王オーフェンにとって過去の思い出に浸りたくなるほど今の現状は悲惨という事だ。



「ところで、イツキよ。ここに温泉饅頭を持ってくるためだけに来た訳ではあるまい。ギルマスからの用件を聞こうか?」


魔王は自らイツキの訪問理由を聞いてきた。


「流石、いい勘しているね。実はそうなんだ。」

イツキは頭を掻きながら答えた。流石に魔王だけあってお見通しのようだ。


――伊達に長生きしていない……って何百年生きているか知らんが――


イツキが話をする前に

「イツキのいるギルドのマスターは誰だったかの?」

と魔王オーフェンがイツキに尋ねた。


「ヘンリー・ギルマン伯爵だよ」


「ああ、そうだった。あのお調子者だった。」


「知っているのか?」

イツキはオーフェンがヘンリーを知っているのが不思議だったので思わず聞いた。


「知っておる。ベリオール峡谷の魔王・ソロンを倒した男だろ?」


「そうそう。案外予想に反して強かったって有名になった伯爵だよ。みんなマグレだと言っていたけどね。でもマグレでソロンは倒せないでしょう。流石に……。」


「ソロンを倒した後に調子に乗ってここにまでやってきおったわ。適当にあしらってやったら逃げて帰って行きおったが……。ワシとソロンを同じ扱いしよってからに……失敬な!」

と笑いながらオーフェンは憤慨していた。


「そんな事があったんだ……まあ、ソロンとオーフェンのおっさんとではなぁ……確かに格が違うからな。負けても仕方ない……」

イツキはなぜオーフェンがヘンリーを知っていたのか納得した。


「しかし、ソロンを最初に倒したのはイツキだったな。案外あっさりやられたとソロンが言っていたな。」


「そうだったかな。あの時は僕も結構、経験積んでいたし剣士だったからな。で、そのソロンを倒したヘンリーが、

『モンスターが足りないので異世界からきた奴らを冒険者だけでなく魔人にもしたい』って言い出したんだけど、どう思う?」


「なんだと?異世界からの人間を魔人にするだと??!」

そう言ってオーフェンとサルバは顔を見合わせた。


「まあ、取り敢えず、ヘンリーから手紙を預かって来たから読んでよ。」


そう言うと、イツキは手紙をオーフェンに手渡した。




ロンタイルの魔王 オーフェン閣下


 拝啓

 私は都のギルド「シュレンツェン」のギルドマスター、ヘンリー・ギルマンと申す者です。


 本日はイツキに託したこのメッセージをお伝えする機会を頂き感謝しております。


 現在のこのナロウ国、いやこの世界を取り巻く状況は非常に歪(いびつ)なものになっていると言わざるを得ません。

 なぜならば、既にご存知の通り、異世界からの転生者の異常なる増加のお蔭で冒険者が一気に増え、本来であれば百年に1回程度で現れていた勇者の冒険が毎日のように行われ、それによりモンスターの方々も減少の一途をたどる様になりました。


この集団発生した冒険者軍団はパーティーと言う名の徒党を組み、集団で魔人・魔獣を虐殺し、そして魔王の宮殿に押し入り、数々のモンスターを倒しただけはなく財宝や宝刀のを略奪していく有様です。


更にこの冒険者どもは貴族の娘を拐(かどわ)かし、無知なエルフをだまくらかしてハーレム状態であったりします。

流石にこの冒険者が過剰に発生する事態を当ギルドとしても看過する訳には行かない状況となりました。

そこで、当ギルドとしては、やってきた転生者を冒険者だけではなく、魔人をも選択できるようにできないかと考えました。


これからも当分は増えるであろうヒキニートな転生者を公平に冒険者と魔人に分け、この世界の平和を魔人の皆様とも取り戻したくご相談にイツキを送りました。


また、ダリアン山脈周辺、特にエルガレ山付近は重要魔人魔獣保護区として指定。モンスターの繁殖を促進し冒険者の立ち入りの制限も検討しております。

これに関してましては王宮の元老院にて国王よりの裁可を頂いた後になります。



何卒ご検討を賜りたくお願い申し上げます。


                                         敬具


                               ナロウ国ギルド シュレッツェン

                              ギルドマスター ヘンリー・ギルマン






 この手紙を読んでオーフェンはため息をついた。

「ギルドマスターから魔王への依頼なんて聞いた事がないわ」

オーフェンはヘンリーからの手紙をイツキに手渡した。

「僕もないよ」

そう言いながら、イツキもその手紙にざっと目を通した。


「魔人に一番似合わない言葉を知っているか?それは平和だ」


「まあ、そうだろうな。」


「それを人類と共にとか戯(たわ)けた事を書いておる。」


「でも事実だからねえ……この平和は魔王にとってもいい話だよ。」

イツキはサルバに入れて貰ったお茶を飲みながら答えた。


「サルバ、このお茶美味しいよ」

と言いながらイツキは読み終えた手紙をサルバに渡した。


「それは、よござんした。」

サルバは短く答えながら手紙を受け取って目を通した。

不思議な事に、この3人は勇者であるとか魔王であるとか関係なく付き合える関係になっている。

これは死闘を繰り広げた間柄だからなのかイツキ性格のなせる技なのかは分からないが、少なくともイツキの持っている雰囲気がその理由の1つであるとは言えるであろう。



お茶を一口飲んだイツキは、魔王オーフェンに語りだした。


「今の現状を見れば本当に、ここの魔族は終わっているとしか言いようが無い。なんの手立ても打たずにこのまま異世界から冒険者が流入し続けたらもっと悲惨な事になるだろうね。

もしかしたらこの山脈で存在する魔族はオーフェンとサルバだけになってしまうかもしれない。そんな状態を魔王オーフェンは望んでいるのか?望んでいなくても手をこまねいて見ているだけか?」


 イツキに言われなくてもオーフェンには充分、分かりすぎるほど分かっていた。

毎日が危機感との戦いだった。いつ魔族の者が誰もいなくなるかと……。


 2日に1度は散歩のついでのようにのんびりとした緊張感の欠片もない冒険者がやってくる。

森に入っても洞窟を歩いても出てくるモンスターは数が少ない上、しょぼい。なので完全に安心しきっている。


昔の冒険者たちは苦しい戦い続けてやっとここまでたどり着き、その広間の前で装備を整え、仲間と綿密な打ち合わせを行い、そして意を決して飛び込んでくる。

そんな緊張感がひしひしと伝わってくる奴らを迎え撃つ魔王も同じ緊張感を共有する喜びがあった。

それが今や微塵(みじん)も欠片(かけら)もない。


来るのは安心しきってダレ切った状態で宮殿にやってくる素人冒険者軍団。態度も「こんなもんだろう」と舐めきって不遜そのもの。

その態度にも魔王はイチイチ腹が立って仕方ない。「いやしくもワシは魔界の王だぞ!」と大きな声で叫びたくなる時もある。

「いや、このまま、こいつらをひざ詰めで2時間ほど説教してやりたい。バトルよりコンコンと説教がしたい!」と思った事も1度や2度ではない。


ある時は魔王は完全にやる気も失せてふて寝して、サルバが1人で冒険者たちを退けたという事態も起きた。


モンスターが少ないため中途半端なレベリングで冒険者が魔王に対戦するため、それがこの宮殿を守る事になるという皮肉な結果が生まれている。

それも魔王のプライドをいたく傷つけている。


イツキは刺すような厳しい視線を投げつけてオーフェンの返事を待っていた。




 

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