第5章ギルド

第12話ギルドマスター

 その日、イツキはいつになく遅くまで仕事をしていた。

ギルド長……このギルドではギルドマスターと呼ばれているが……にイツキも、このギルドの専属キャリアコンサルタントという事で、月に1回は報告書を提出しなければならない。


それを書いていたら思わぬ時間がかかり遅くなってしまった。


「もうこんな時間か……」


 イツキはペンをペン皿に置き、背もたれに体を預けて脱力した。


「ふぅ、今日はこれぐらいにしておこうかな」


 イツキは立ち上がると、部屋の明かりを消して部屋を出た。そしてギルド内のレストランで遅めの食事をとる事にした。


 受付の前を通ったがもう誰も居なかった。受付時間はもう終了している。


「マーサも帰ったか……」


 もしマーサがまだ居れば食事に付き合ってもらおうと思っていたのだが、マーサは既に帰ったようだ。


 イツキはギルドのレストランでワインとパンとビーフシチューを注文した。

イツキはこのレストランのビーフシチューがお気に入りだ。多分この世界では、これに限って言えばこのレストランが一番美味いと思っている。

なので、大抵このレストランで夕食をとる時は、ビーフシチューを注文している。


 レストランは時間も遅いので空いている。

他人を気にせずにテーブルの上にギルド新聞を広げながら食事をしていると、向かいの席に誰かが座った気配がした。

 イツキが顔を上げて見るとそこにはギルドマスターのヘンリー・ギルマンが座っていた。



「ここ、良いかな?」

とイツキに聞いてきた。


「どうぞ」

イツキは新聞から目を上げて応えた。


「今日は遅いね。仕事?」


「そうですよ。誰かさんに出す書類を書いてました。」


「それは結構結構。」

とヘンリーは笑いながら応えた


「ところで、この前、『魔王になりたい』って奴が来たんだって?」

ヘンリーはイツキに話しかけた。


「そうですよ。来ましたよ。あほな貴族が……」


「貴族だったのか……」

因みにギルドマスターのヘンリー・ギルマンも貴族だ。


「ええ。スチュワート伯のヒキニートなバカ息子が来ましたよ。」


――ヘンリーは何か話があるみたいだな。新聞は家に帰ってから読むか――

とイツキは新聞を片付けた。


「ほほ~スチュワート伯かぁ……伯も大変だな……それで、なんて答えたの?」


「う~ん。『魔王になる前に魔人とか魔獣で修行しなくちゃいけない。』って答えておきましたけどね。そもそもうちに『魔王』って職種はうちにないでしょう?」


「ないな。」


「まあ、その『修行が必要だ』で心が折れていた様だったので、それ以上は話が進みませんでしたけど、『どうしても魔王になりたい』って諦めの悪い事を言ったら、ロンタイルの魔王に宅急便で送りつけてやろうかと思ってましたよ」


「それは良いな。」


「ま、八つ裂きにされるのがオチでしょうけど」


「だな。」

ヘンリーはニコニコして聞いている。なんだか今日は機嫌が良い様だ。何か良い事でもあったのだろうか?


「結局、その時は吟遊詩人(トルバドゥール)で落ち着きましたけど……どうしたんですか?そんな話をするなんて」


「うん。この頃、冒険者がね……いや、冒険者になるのが……ほとんど異世界からの転入者なんだよね。」


「そうみたいですね。」


「……知っていたのか……と言うか、今あっちでブームにでもなっているのか?やたらと多くの転生者がやって来るとは思わないか?……それもヒキニートばかり。

そんな奴らが、ここに来たらギルドに登録即冒険者……そして勇者だぞ?そんな事有り得るか?

……この頃、少なくなったとはいえ変な強力なチートも身に着けてくるもんだから、その辺のモンスターなんて太刀打ちできない。

もう、この街周辺の森とか洞窟(ダンジョン)とかそいつらの狩場だ。」


今日のギルドマスターは熱い。機嫌が良かったんじゃなかったのか……。


「更にこいつらは何故かモテる。貴族の娘をたぶらかし、エルフの女が周りを侍(はべ)り。ゴスロリの女神官に言い寄られたりハーレム状態じゃないか!!……兎に角、羨ま……いや、何か腹立たしい……」


「他所のギルドはどうなんですか?そこもやはり多いんですか?」


「ここ程ではないが、他も結構来るみたいだ。どこに行ってもハーレム作ってやがる……あ~鬱陶しい!!」


「まあまあ……確かに本当に流行っているのかもね。これだけやって来るという事はそういう事なんでしょう。

でも良いじゃないですか。冒険者が増えるという事はギルドが潤うって事なんだから……。

それに僕はお姉さんを侍(はべ)らしてませんからね」

そういうとイツキはパンをひとかけら口の中に放り込んだ。


ヘンリーはホール係を呼んで自分にもワイングラスと軽い食事を持ってくるように注文した。


イツキはヘンリーのワイングラスに自分のボトルの赤ワインを注いだ。

「ありがとう」

そういうとヘンリーはグラスの赤ワインを一気に飲んだ。


「ふぅ、それがそうでもないんだよねえ……」


イツキはまたヘンリーのグラスに赤ワインを注ぎながら聞いた。

「どういうことですか?」


「イツキも知っているだろう?この頃、モンスターの数がめっきり減った事を……。」


「ええ、スライムなんか狩り過ぎて絶滅危惧種に指定されたとか?」


「そうなんだよ。つまり冒険者が溢れすぎて、それに対応するモンスターが居なくなってきたんだよ。」


「本当ですか?……そこまでだとは……」


「極端な例だがあるダンジョンなんか、ラスボスまで1匹もモンスターが出ずに済んだらしい。その時は冒険者もレベリングができなかったのでラスボスの勝利でなんとか凌いだそうだが……」


「ラスボスが勝ってホッとするギルマスも如何なものかなと思いますが……。でも、いい事じゃないですか。モンスターがいなくなったら世界が安全で平和になって。」

イツキはあえて明るくそう答えた。


「何がいい事だよ。考えてみてよ。そうなると、冒険者になってもする事がなくなる。つまり冒険者になってもキャリアを積めないから強くなれない。だって対峙するモンスターがいないからな。

いつまでたっても初心者のまま。結局残るのはハーレム体質の名ばかりの冒険者達だけになてしまう。」


「あ、そうか」

イツキは頷いた。


「そんなもんは冒険者でも勇者でも何でもない。単なる女好きなだらしない奴らだ。」

ヘンリーは憤りながら言った。


「ですね」


「だから冒険の旅が、観光の旅に成り下がる。それもハーレム状態で……風紀上好ましくない状態が国中で起こりうるぞ。」


「それは間違いなく起きるでしょうねえ……なんせ勇者はハーレム体質になってますから……」


「ギルドもこれでは開店休業状態にならざるを得ない。ここで冒険者になっても何もする事がないからな。結局、冒険者以外の職業を紹介するしかない。うちは冒険者ギルドだ!うちの職員が職探しに走り回るハメになる。」


「そうなると、僕も無職になってしまいますね」


「そうだ!」

そう言うとヘンリーは話しを続けた。

「だいたいだな、誰かみたいに7回も8回も職種を変え、5つの大陸と7つの海と9の峡谷を制覇するとんでもない奴がいるのが問題だ。」


「誰ですかねえ……そんな自分の事しか考えてない奴は……」


「誰だろうねえ……そんな奴に限って今頃はのほほんとビーフシチューでも食っているんだろうねえ」


「済みませんねえ……のほほんとビーフシチュー食っていて……ついでに言うと7回や8回ではないですけどね……もっと転職してますけど……すみませんねぇ……」

イツキはビーフシチューをズルズルと音を立てて啜(すす)った。


「なんだと、そんなに職を転々としていたのか?!とんでもない奴だな!……まあ冗談はさておき、冒険してもモンスターがいないという事は唯一の冒険者の稼ぎどころが無くなるという事だ。そうなると冒険者は他の仕事に就くしか生きる道はなくなる。これはさっき言ったな。」

ヘンリーはいつになく真剣な眼差しでイツキに語り出した。


「ええ、聞きました。」


「という事はこの転生者が、パン屋になったり魚屋に勤めたり、鍛冶屋に行ったりとなる訳だ。」


「そうですね。」


「うちの国にそんなにパン屋や魚屋や鍛冶屋に人は要らないぞ。つまり仕事にあぶれる転生者と仕事を取られた元から居た我が国民が道端に溢れるという悲惨な状況も考えられる。分かるか?」


「とってもよくわかります。」

イツキはワインも飲むのを忘れて聞き入ってしまった。



逆にヘンリーはグラスのワインを一気に飲むと

「そこでだ。そうなる前に何か手を打たなければならない訳だ。

で、考えたのがやって来た転生者は冒険者になるだけではなく、魔人にもなれるようにしようかと考えているんだが、どうだろう?」

と言った。




「はあ?職種『魔人』ですかぁ?……ヘンリーあんた一体何考えているんですか?」

イツキは驚きすぎてもう少しで鼻からビーフシチューを出しそうになった。


――危ない、もう少しでヨッシーになるところだった――


「だからだ。異世界から来た奴に冒険者と魔人とどちらでも選べるようにして、冒険者は勇者に魔人は魔王になれるようにすればどうだろう?」


「どうだろう?って言われてもねえ……ギルマスは本気かぁ?」

イツキは咳き込みそうになりながら答えた。


「俺は本気だ!」


それを聞いてイツキは一気にグラスのワインを空けた。

「あんた、本当に凄いことを考えているな……職種はどうすんだ?魔人だけか?」

元々友人だった2人で、イツキはなるべく職場ではヘンリーに対して敬語を使うように気を付けていたが、思わずいつものプライベートな口調で話し出した。



「今考えているのは『黒騎士』『黒魔導士』『黒狩人』……後『暗黒騎士』とかだな。」


「なんでも黒を付ければいいと思っているだろう?」


「いや、実際、暗黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)はあるぞ。イツキも戦った事があるだろう?」


「確かに、戦ったけど……けっこう強かった。」


「その暗黒槍騎士団(ドゥンケルランツェンリッター)も人が居なくて今は弱小騎士団だ。」


「なんだか場末の劇団みたいな言われ方だな。下北にでも行くか?」

イツキは半分顔を引きつらせながら笑った。


「これが今のこの世界の現状だ。イツキがこの世界に来た頃とは全く違う状況なんだ。」

 ヘンリーはグラスを空けると

「あ、もうないな」

と言ってホールスタッフに大きな声でもう1本追加で注文した。



「そこでだ、魔王ウォッチャーのイツキにだな。この僕の提案をどう思うか魔王達に直接聞いて来て欲しいのだがどうだろう?」


「だから、さっきからどうだろうって言われても、答えようがないわ。それに僕は魔王ウォッチャーではないし。」


 ヘンリーがイツキのグラスに新しいワインを注ぎながら聞いた。

「5つの大陸と7つの海と9つの峡谷で何人の魔王と戦った?」


「21人と後少々」


「それだけ魔王と知り合いの人間が他に何処にいる?」


「まあ。いないわなあ……」

そう言うとイツキは注がれたワインを飲んだ。


「これは起死回生の一発だと思うんだけどなあ……。」


 ホールスッタフがヘンリーの食事を持ってきた。

プレートにキッシュとかスクランブルエッグとかサラダとかが乗ったヘンリー用の軽い食事だった。

「お、ありがとう」

とヘンリーはホールスタッフに礼を言った。


「起死回生ねえ……。これって俺にまた冒険者に戻って旅をしてこいって事か?」


「違う。イツキがこれ以上経験職種を増やしてどうする!ただでさえ数が少ないモンスターをこれ以上、無意味に減らしてどうする。

そんな事はしなくて良い。今のイツキならテレポーテーションできるだろう?」


「まあ、できない事はないですけど……」


「だろう?8つも9つも……もっとだっけ?兎に角、ホイホイ仕事を変えていたらそれぐらいできるだろう。」


「なんかそれって転職を繰り返している、どこに行っても長続きしないダメニートな奴に聞こえるな……」


「あ、そう意味ではないんだが……兎に角こんな事を頼めるのはイツキしかいないんだ。よろしく頼むよ。」



「しかし、こんな事をギルドだけで決めても良いのか?」

イツキはこの話を聞いた時から喉に刺さった魚の骨のように引っかかっていた疑問を疑問をヘンリーにぶつけた。


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