第9話イツキとイリアンとティアナ
「お~い。イリアン・エメラルダス・ジャイ子」とイツキは叫んだ。
すると
「ジャイ子ではありません。ドラコです」という声と共に湖上にイリアンが現れた。
「どうしたのですか?イツキ」
イリアンは湖上を滑るようにイツキの前までやって来た。
「ちょっと聞きたい事があったんだけど、教えてくれる?」
「私にわかる事であれば」
「うん。そこにさ、オルモンの深き場所に洞窟があるでしょ?そこに住んでいる魔物って強いの?」
「あそこは魔王ベルセブルの眷属ベルベが棲み着いて久しいです。彼は強いです」
「ふ~ん。そうかぁ。強いんだ。なんか弱点は無いの?」
「彼は炎の魔王です。地下宮殿に棲む魔物は炎の魔物が多いですよ」
「そうかぁ……弱点は水かぁ……。おいらには関係ないな。仕方ない、このまま行ってくるか」
「もしかして、イツキ一人で行くつもりですか?」
「そうだよ」
イツキはまるで近所に散歩に行くような気軽な顔で応えた。
イリアンは途方もない阿保を見たような顔でイツキを眺めた。
「なんだ?その眼は……バカにしているな。まあ、それも分かるが、一度決めた事は仕方ない。
だから、今から行ってくるわ」
とイツキは
「イツキ。待ちなさい。これを」
と言ってイリアンは魔法の球を渡した。
「これは水属性の魔法が詰まった球です。魔法が使えないあなたに、これを差し上げます」
「あ、ありがとう。助かるわ」
「それと……私も行きます」
「え?あんた湖の主でしょうが?村は関係ないでしょう?」
イツキは予想もしていなかったイリアンの申し出に戸惑った。
「私は湖の主でもありますが、村の守り神でもあります。あなたが村のエルフの為に闘うのに私が何もせず見過ごす事は出来ません」
「良いよ。俺は一人で行くから。気にしないで」
「ダメです。あなた一人では間違いなく死にます。勇者とは命を粗末にする人の事ではありません。分かっているのですか?」
イリアンは強い口調でイツキに詰め寄った。
イツキは暫くイリアンの顔をじっと見つめていたが、
「こんな美人な神様に看取られて死ぬなら本望かもな」
というと
「よろしくお願いします。」
と頭を下げた。
イリアンは
「はい!」
と明るく笑った。
その夜、2人は洞窟の入り口に立った。
神輿の上にはエルフの女の姿は無かった。
2人はお互いの顔を見るとうなずき合った。
「行きますか」
「はい」
イリアンは答えた。
中に入ると湿った空気がひんやりと首や手足にまとわりついてきた。
「気持ち悪ぅ」とイツキが言うとイリアンも
「本当ですね」
と答えた。
通路の中は松明が掲げてあるので、歩くのには困らなかった。
2人は息を殺して静かに奥の宮殿を目指して歩いて行った。
突然、目の前にゴブリンが現れた。
イツキが構えるよりも先にゴブリンが襲ってきた。
しかし何とかその攻撃をかわしたイツキはゴブリンを蹴り上げた。
その一撃でゴブリンは消滅した。
「あ、驚いた」
「油断してましたね。イツキ」
「そういう訳でもないんだけどねえ……突然出てくるかなぁ……前もって言ってほしいよね。今から出ますよとかね」
と笑いながらイツキは言った。
「そうね」
つられてイリアンも笑った。
いくつかの部屋を見つけそこで体制を立て直し休憩しながら、2人は通路を進んだ。
主にイツキが魔物を退治しイリアンがヒーラー系の魔法で癒すというパターンが多かったが、魔物が一気に沢山出てきた時はイリアンも水系の魔法を魔物に浴びせ倒していた。
戦いの中、幾度かはイツキがバーサク状態になり一気に通路を駆け抜けてイリアンを置き去りにしそうになった。
お陰でイツキの経験値は一気に跳ね上がった。
概(おおむ)ね通路の魔獣は片づけて、2人は大広間に出た。
そこにはアルゴスという体中に100の目を持つ巨人が待っていた。
腕にも腹にも背中にも目が存在する。
「でかい……何を食ったらそんなにでかく育つんだ?」
「私はこの目が不気味ですわ。そんな目で見つめないで」
そんな2人の会話は問答無用とばかりにアルゴスは襲い掛かって来た。
イリアンは柱の陰まで飛びのき、イツキは避けてアルゴスの背後に回ったがアルゴスの背中の目がカッと見開いた。
その瞬間アルゴスの蹴りが飛んできた。イツキはそれを避け損ねて食らって壁まで弾き飛ばされた。
「イツキ!!」
イリアンは叫んだ。
「きつぅ……痛いなぁ」
イツキはそう言いながらもすっと立ち上がると目にも止まらない速さで背後に回り込み、背中に見開いた目に拳を叩き込んだ。
「ぐわ!」とアルゴスが呻いた。
やはり目を攻撃されると効果があるようだ。
それを見たイリアンはヘルメスの葦笛を取り出して吹きだした。
するとアルゴスの動きが緩慢になり無数にあった目が重く閉じ始めた。
アルゴスの動きを止める唯一の武器となり得るもの。それがヘルメスの葦笛だ。
「今です。一気に片づけましょう」とイリアンは叫んだ!
と同時にイツキはバーサク状態で無数の拳をアルゴスに叩き込んだ。
アルゴスはゆっくりと前のめりに倒れた。
イツキは生き延びた。そして経験値が一気に増えた。
肩で大きく息をするイツキをイリアンはヒーリングの魔法で癒した。
「助かったよ」
「それにしてもイツキの成長は早いですね」
「そうみたい。何故だか分からないけど、他の人よりも経験値が早く増える様だ。これがチートの力って言われる奴かな」
「なるほど。それがイツキに与えられた力なんですね」
「うん。」
「これなら、ベルベに勝てます」
イリアンは力強くそう言い切った。
この宮殿は大広間には連なるもう一つの大広間を持っていた。
そこにあのエルフの女は居るはずだ。
イツキとイリアンは隣の大広間へ続く扉を押して中に入った。
扉は重々しい音を響かせて開いた。
広間の真ん中にエルフの女が横たわっていた。
イツキは駆け寄り抱き起した。
「大丈夫か?まだ生きているか?」
気を失っていたようなそのエルフの女はイツキの言葉で気が付いた様だ。
「ここは?」
「魔王ベルベの地下宮殿だ。大丈夫か?」
イツキはもう一度具合を聞いた。
「はい。大丈夫です。あなたは?」
「エルフの村で門前払いを食らった旅の者だ。気にしないで良い。それよりもベルベはどこに居るか知らないか?」
「知りません。気が付いたらここに居ました」
「そうかぁ。君の名は?」
「ティアナです」
「そうか、ティアナよく頑張った。今からお家(うち)へ帰ろう」
そういってイツキが周りを見るとイリアンの姿が消えていた。
「どこに行ったイリアン!」
とイツキが叫ぶと、天井からおどろおどろしい声で
「どこかの虫が余の宮殿に入り込んで居るようじゃのぉ……何者じゃ」
と広間に響く声でイツキに聞いてきた。
「この耳を見てわからんか?エルフの勇者に決まっているだろうが」
とイツキは短い耳を大袈裟に見せた。
「ふん!」
その声がするやいなや炎の柱が天井からイツキとティアラめがけて降って来た。
イツキはティアラを抱きかかえたまま、横っ飛びに避けるとティアラを柱の陰に隠して広場の真ん中に向かった。
「姿を見せろベルベ!冗談の分からん奴だ!」
「ほほ~。儂の名を知っておるとは感心じゃ。虫の名前も聞いておこうか?」
「冥途の土産に覚えといてもらおう。世界最強の
そう言いながらイツキは少し恥ずかしかった。こういう場面でしか言えないセリフだか、言うとなんだか恥ずかしい。いや、とっても恥ずかしい。後悔先に立たずとはよく言った。
――勢いて怖いな。雰囲気に飲まれたわ――
「ふん!聞いた事も無いわ。聞くだけ無駄だったな」
そういうと魔王ベルベは姿を現した。
やはりこいつもでかい。イツキの3倍ぐらいの大きさはあるだろうか…。
――ここのボスキャラはでかい奴ばっかりだな――
イツキは
自分が本当に虫になった気になってしまった。
しかし気を取り直して、
「このエルフの娘は貰って帰るぞ。お前もおとなしく冥府に帰れ!」
と叫んだ。
「小賢しいわ」
と言ってベルベの大きな右手が飛んできた。
それを後ろに飛びのいて避け、返す反撃で一気に攻め込んで右腕を蹴り上げた。
「ぐ!!」とベルベは堪えたように見えたが、すぐさまその右腕が裏拳でまた飛んできた。
これもかろうじて避けたイツキだったが、あまりの体格差に攻めあぐんでいた。
ベルベは巨大な腕でイツキを払いのけてきた。飛んで避けたイツキは持っていた水魔法属性の球を2つほど投げつけた。
それはベルベの顔と胸を直撃した。
「ぐわ!!」さっきとは明らかに違う効果があったような反応だった。そこをイツキは一気に襲いかかった。
集中的に右足を狙い動きを止めた。ベルベの右足のダメージは大きそうだ。そこを今度は左足を狙って蹴りを入れた瞬間、ベルベの右手がイツキを直撃した。
どーんと壁にたたきつけられたイツキは一瞬息が出来なくなって苦しんだ。
そこをまだ動きを止められていない左足の蹴りが更にイツキを直撃した。
今度は蹴り飛ばされて柱に体をぶつけて床に倒れ込んだ。
「しまった。焦り過ぎた……」
イツキは血反吐を吐いた。
体力だけが取り柄のような
「あっぶね~。もう逝ったかと思ったわ」
「なかなかしぶといの」
「ふん。もう少しで両足オシャカにできるところだったんだけどな。残念」
「お遊びはここまでだ。本気で行くぞぉ」
とベルベが炎の塊を落とそうとした瞬間、通路から一気に水が流れ込んできた。
これはシャヴォン湖の水だった。
それと同時に白い龍が現れて口から冷気を吐いて一気にベルベを凍らせた。
「イリアン!」
イツキはそう叫ぶと、高く飛び上がりベルベの顔面に聖拳と烈風拳を連続技でぶち込んだ。
凍っていたベルベは跡形もなく砕け散った。
そして消滅した。
白い龍はそれを見るとイツキの前にティアナをそっと置き、無言で頷いてから姿を隠した。
「あれはシャヴォン湖の主の白龍では……」ティアナはイツキに聞いた。
「そうだよ。シャヴォン湖の主はオルモン村の守り神でもあるんだ。だからティアナを守った。シャヴォン湖の主がそう教えてくれたよ」
「そうなの……シャヴォン湖の主が……。あなたも私を助けてくれてありがとう」
「まあ、あんなオッサンの嫁にならずに済んで良かったね」
「はい」
ティアナは涙が溢れ出た。一時は諦めていた人生を、ここで取り戻した実感が湧いたのであろう。
イツキはティアナを抱きかかえると、そのまま通路を通って地表に出た。
「大丈夫です。もう歩けます」
そういうとティアナは自分の足で歩き出した。
「じゃあ、一緒に帰ろう」
2人はオルモンの村へと帰って行った。
村に帰ったティアナを見て村人は驚いた。
魔王ベルベを倒したのがティアナの横に立っていたみすぼらしい少年である事を聞いてさらに驚いた。
娘は村長の長女で運悪く魔王ベルベに見初められてしまって、村人を守るために人身御供となった。村長はイツキにそう説明した。
イツキは娘を助けた恩人・村に平和をもたらした英雄として歓迎された。
昨日までは門前払いで、シャヴォン湖で野宿してニジマスを釣っていたというのに、村長に「いつまでも気が済むまで逗留してもらって良い」とまで言われた。
イツキは湖を見ながら
「そうだったな。シャヴォン湖の主は白い龍という事だったな」
と呟いた。
村人たちはシャヴォン湖の主は白龍の姿でしか知らない。勿論、主が女神で有る事もその名前も知らない。
だからエルフのティアナを発見した時にイリアンは姿を消した……元の白龍の姿に戻った。
――そんな事があったなあ――
イツキはティアナとの出会いを思い出していた。
「ティアナはこの村で過ごすのが一番いいと思うよ。街で生きていくのは大変だよ。僕はこれからたまには遊びに来るからね」
とイツキはティアナをなだめた。
そう、エルフに街の生活は厳しい。確かに街で生きているエルフも冒険者となって旅をしているエルフもいるが、大多数のエルフは静かに生きてい行く事を望んでいる。
ティアナもそういう風に育ってきたはずだ。
「たまに私が遊びに行っても良い?」
「良いよ。遊びにおいで」
イツキはティアナに優しく言った。
――村はまた直ぐに元に戻るだろう――
そうイツキは実感した。
さあ、帰ろう。我が街、我がギルドへ。
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