第4章魔王になりたい

第10話就職相談

 3日振りの自分の事務所。職場に帰ってきたら仕事が山ほど……山ほど……ない……。

全然無かった。

 そう言えば、いつもほとんど暇だった……。

 エルフの村を襲った地震はこちらでは大したことは無く、帰ってきたらいつもの日常が待っているだけだった。


 いい天気だ。


――こんな事ならもう少しエルフの村で遊んでいれば良かった。――


とイツキは少し後悔していた。


「しかしなぁ…キャリアコンサルタントなんて誰にでもなれる職業ではないんだけどなぁ……ニーズは高い割には人が居ないっていうんで選んだのになあ……。もしかして騙されたか?」


「本当に今までの仕事の中で一番割が合わん。

だいたい、ギルドの専属というのが気に入らん。なんかサラリーマンになったような気がする。

こんな異世界に来てまでサラリーマンするなんてどうかしている。」


 イツキの経歴は高校生から、サラリーマンも経験することなく一気に勇者というものだった。

高校出たら(途中までしか行けなかったけど…有無を言わさずここだったし)即勇者かぁ……ある意味凄いな。

イツキはその自分が今ではギルドの職員のように扱われている事に気が付いて、少し自己嫌悪に陥っていた。




ノックの音がした。

マーサが

「イツキ、いるか?」

と聞いてきた。



「いるよ」

とイツキが答えるとドアが開いてマーサが入ってきた。

「今日の相談者よ。よろしく」

と言いながら何故か顔が笑っている……。


そこに残されたのは、ここ数年仕事をしていないとひと目でわかるヒッキーでニートな男だった。


――俺は仕事を選べないのかぁ―― 

イツキは心の中で呟いた。


「初めまして、キャリアコンサルタントのイツキです。どうぞ、その椅子にお掛けください」と男にデスクの前の椅子をすすめた。


男は無言で座ると何も話さず俯(うつむ)いたままだった。


「転職の相談ですか?」

イツキが聞くと、男はしばらく経ってから無言で小さく頷いた。


「それでは、お話を聞かせてもらえますか?」

イツキは再度男に聞いた。


男はやはり無言だった。


イツキも無言だった。


しばらく二人は無言で過ごした。


イツキは耐えた。




しばらくして男は無言で立ち上がると軽く頭を下げて部屋から出ていった。


それを視線だけで見送ったイツキは

「あれはなんだったんだ?」

と呟いた。


 これが彼がエルフの村から帰ってきてからの最初の仕事だった。


 それでも少し気になって部屋の扉からギルドの受付を見てみたが、男は既に居なかった。


「本当になんだったんだ?」


午前中に来たのはその男だけだった。


 昼休みになった。



 イツキはギルドのレストランで一人で昼食後の珈琲を飲んでいた。

すると、向かいの席に午前中にきた男が黙って座った。


 じっとイツキの顔を見る。

イツキも男の顔を見る。

見れば見るほどヒキニートな顔だった。


――ここで笑ったら負けだ――

何故かイツキはそう思った。


 イツキの中では、すでににらめっこ勝負のゴングが鳴っていた。

男はヒキニートな上、無表情だった。

腫れぼったい瞼が今までのヒキニートのキャリアを感じる。

厚ぼったい唇は今まで何万枚のポテトチップスを食って来ただろう。

そしてポテトチップスと親の脛をかじりまくった結果手に入れた、たるんだ体。もうどうしようもない。

こんな奴がドアップで目の前で無表情にこっちを見ている。


 イツキは耐えたが、耐え切れずに吹き出してしまった。


「負けました。珈琲でも奢りましょうか?」とイツキが言うと男は無言で頷いた。


 イツキはそのヒキニートを連れて自分の事務所へと戻って行った。

そしてこのヒキニートに珈琲を1杯入れてあげた。

ヒキニートは午前中に座っていた椅子にまた座り、黙って珈琲を飲んだ。

イツキは二杯目の食後のコーヒーに口をつけた。




「で、ヒキニートさんは僕に何の御用ですかな?」

イツキの中で、彼の名前は既にヒキニートとしてインプットされてしまった。




「僕、魔王になりたいんです。」

ヒキニートな男はやっとしゃべった。


「はぁ?」

イツキは思わず聞き返した。


「僕、魔王になりたいんです。」


「ヒキニートの?」

――それならもうなっているだろう――


「いえ、普通の魔王になりたいんです。」


「あ、失礼……普通の魔王ですか。魔王自体がもう普通ではないような気がしますが……。」

――誰だ?こんなバカを放し飼いにしたのは――


「魔王ねぇ……そんなもん『なります』って言ったって直ぐになれるもんでもないですよ。分かってます?」

とイツキは取りあえず答えてみた。

そう、取りあえず……イツキは今までこんな間抜けなオーダーを聞いた事が無い。

なのでどう対応して良いか、話しながら探りを入れていた。



「はい。」

男は小さい声だったがはっきりと答えた。


――というか、そもそもギルドに『魔王』って職種無いだろう――

イツキはそう思っていたがそれには触れずに話を続けた。


「それに魔王になる前に魔人とか魔獣とかも経験してもらう事になりますよ。」

――猪八戒(ちょはっかい)なんか似合いそうだな――


「え?そうなんですか?」


「そりゃ、そうでしょう。入ったばかりの新入社員を直ぐに社長にする会社なんてありますか?」


「多分……ないと思います。」


「それと同じ事ですよ。」


「はあ。」

男は力なくため息をついた。


「ところで、ヒキニートさん、そもそもあなた仕事に就いた事……働いた事ありますか?」


「ないです。」

きっぱりとそのヒキニートは応えた。


「なんで魔王なんですか?」


「なんとなく。働かなくて良さそうだったから……」


「それはない!」

――そんな事だろうと思った――


「ここへはママに言われてやって来た……とか?」


「はい。」


――クソ!バカ親め、なにを親の責任放棄しているんだ――


「まあ、良いです。今から魔人の修行できますか?」


「修行するんですか……」


「魔王になりたいんでしょう?」


「はぁ。」


「だったら修行しないとなれないですよ。もうポテトチップ食べている場合じゃなくなりますよ」


「それは嫌だ」


「好きなアニメも見れないですよ」


「それは死んだほうがましだ」


「だったらさっさと死になさい……と言うか他の仕事を探しなさい」




二人の間にまたもや沈黙が流れた。

先に口を開いたのはやはりイツキだった。




「じゃあ、魔王の次に就きたい職種は?」


「冒険者」


「冒険者にも色々ありますが……」


「女の子にモテる奴」

――お前、一度死ね――


「モテる奴ですかぁ……やっぱり騎士ですかねえ……それか剣士」


「後は吟遊詩人とか……これなんか結構女の子にモテるかも……」


「じゃあ、それ」


「え?」


{それ。吟遊詩人」


「楽器弾けます?」


「無理!」


「歌は得意ですか?」


「まぁまぁかな。」


「アニソンだけじゃあダメですよ」


「え?」


「歴史にも詳しくなければダメですよ」


「なにそれ」


「なんでもいいですけど、さっきからタメ口なんですが……」


「あ、済みません」


――まあ、しかし光明が少し見えたかも――


「そもそも吟遊詩人ってどんな仕事か知ってますか?」


「飲み屋で歌を歌ってお金を貰う人」


「いや、間違ってはいませんが、それでは単なる流しのオッちゃんです。僕もあれだけ曲が覚えられたらなりたいもんですが……。」

イツキは続けて

「吟遊詩人は史実についての物語を広め伝えるために歌を歌う人です。まず、歌が歌える。楽器が弾ける。ギターでも手持ちのハープでも良いです。笛は避けた方が良いです。吹いている間は歌えませんから。」


 ヒキニートは黙って聞いていた。

腫れぼったい瞼の下の瞳が少し光を帯びてきたようだった。


「この世界では未経験者でも、ギルドで希望する仕事に就けます。そして冒険者として旅をする事によって、マイスターへの道が開けるのです。だからヒキニートさんもチャンスはあります。」


「そう、世の中の女性はあなたの歌声に、その切ない物語に涙するのです。騎士の勇敢なる最期を語る調べ、没落貴族の一人娘の過酷な人生の物語。それを奏でるのが吟遊詩人なのです。」


 イツキはヒキニートに語っている間に、自分の話に酔いだしてきた。


「そのためには冒険者となって魔人や魔獣をその調べを奏でて眠らせたり、仲間を勇気づけたりする歌を謳うのです」


「良いですか!あなたは今全世界の女性から勇者・吟遊詩人ヒキニートとして慕われるのです」


「済みません…僕、名前スチュワートです。」


「あ、そうでしたか…吟遊詩人スチュワートとして慕われるのです。」

――急に名乗るな――

イツキは少し慌てた。


 ヒキニート改めスチュワートの瞳が腫れぼったい瞼の下キラキラと輝いた。

「イツキさん、僕にでも吟遊詩人になれますか?」


「なるのは誰でもなれます。その後に冒険に行けますか?」

――こいつ、初めて2文節以上しゃべったぞ――


「なれるなら行きます。」

ヒキニートもといスチュワートは本気で吟遊詩人になりたいと思った。


「分かりました。」

そういうと、イツキはデスクの書類に「職種:吟遊詩人」と書き込んだ。


――吟遊詩人を紹介するのは久しぶりだな――

滅多に出ない職種を紹介する時は何故か気持ちがいい。


「さて、取りあえず、職種は決まりましたが、冒険するためにはパーティーを組まなければなりませんねえ……。どっかの軍団に入るって言う手もあるんですが、吟遊詩人に軍団は……それは意味が無いですからねえ……宴会時しか用がないですから……さてどうしたものか……」



「一人で冒険には行けませんか?」

スチュワートは自分から聞いてきた。

ここ数分で、随分成長したようだ。


「行けますが、たぶんこの村を出たら数秒で死にますよ。勇者になる前に死者になりますよ。良いですか?」


「嫌です。」


「でしょうね。ところで、さっきよりは話ができるようになりましたね。慣れましたか?」


「はい。僕人見知りが酷いんです。でも慣れたら、少しは話ができるようになります。」


――凄い人見知りだな――

「そうなんですね……」


「それでヒキニートになったと?」


「そうです。それが一番の理由です。」


「なるほど……わかり易い理由だ。でも、それで見知らぬ人達とパーティー組めます?」


ヒキニートのスチュワートはしばらく考えてから


「初日はほとんど話が出来ないかもしれませんが、2日目以降なら大丈夫かと……」






「それならなんとかなるかも」

と言った瞬間にイツキはひらめいた。


「紹介したいパーティがあるのですが、そこのリーダーに会ってみますか?」


イツキの瞳がきらりと光った。

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