第8話引っ越し

 村人たちは、急いで洞窟から村に戻り荷物をまとめだした。

元々財産を持つという習慣がない種族なので、引っ越しと言っても家財道具はそれほど多くはない。

荷車1台に十分に積める量なので、積み込む時間はそれほどかからなかった。


 村人の護衛も兼ねてイツキも同行する事にした。

村長が馬を貸してくれたので、仲良く駒を並べてショーハン湖に向かった。

「イツキのお陰で、村人が全員路頭に迷わずに済んだ。感謝する」


「いえいえ。村人を助けたのはシャヴォン湖の主ですよ」


「本当にのぉ。でも何故イツキだけにシャヴォン湖の主の声が聞こえるのじゃろうなぁ……不思議な事よのぉ」


「本当にねえ……何故でしょうねえ」

とイツキは苦笑いしながら答えた。


頭の遥か上を白い影が飛んで行った事にイツキは気が付いたが黙っていた。


 夜明け前に村人たちがショーハン湖の畔に着くとそこは既に開けた土地となっていた。

ちょうどそこにシラネの部下たちが居たのでイツキは馬を降りて声を掛けた。

「流石に早いね。もう開墾したんだ」


「いえ。自分たちが来たらすでにこうなってました」

部隊長のクルスはそう答えた。


「やっぱりそうか……」

イツキは呟いた。


「え?」


村長と部隊長が同時に聞き返した。


「これはシャヴォン湖の主が用意してくれたのでしょう。あの主にとってはこれくらい朝飯前ですから」


「ありがたい事じゃのぉ」

と村長は森の向こうのシャヴォン湖に向かって跪(ひざまず)き祈りを捧げた。


「それじゃ、クルス君、皆でエルフの家を建てるのを手伝ってくれるかな?」

イツキは部隊長に振り向きそう言った。


「はい。そのつもりで工兵も連れてまいりました」


「良いねえ。おやっさん。彼らに家を建ててもらいましょう」


「おお、ありがたい。みなさんよろしく頼みますぞ」

村長は立ち上がり部隊長の手を取って感謝の気持ちを表した。


「いえいえ。我々の仕事ですから」

とクルスは照れながら答えた。


そうしている間にも荷物を積んだ荷車を押して避難してきたエルフの民がやって来る。


「明日……いや、もう今日、地震が来ますからね。荷物は広場の真ん中に集めておきましょう。それと建てるのも地震が終わってからです。まずはどこに誰が住むのか縄張りを決めましょう」

とイツキは指示を与えた。


クルスは

「地震はそんなに大きくはないんですか?」

と尋ねた。


「この辺は揺れるだろうけど、都はそれほどでもないでしょう。だから宮殿は安全だと思う。万が一の事もあったのでシラネに近衛兵と神官には伝えるように言ったけどね」


「それは伺っております」

クルスはそう答えた。


「クルス君に会うのも久しぶりですね」

イツキは懐かしそうにクルスに笑いかけた。


「はい。ご無沙汰しております。教練以来です」


「ああ、そうでした。ギルドの教練がありましたね。あれ以来ですか……」

この街のギルドは都の中心にあるギルドだけあって、色々と手厚いイベントがある。

その中で職業訓練……それも冒険者向けの教練をたびたび行う。

その教官の1人がイツキであった。


「教官は5大陸を全て制覇したって本当ですか?」

「それは本当ですよ。でも教官と呼ぶのは止めてくださいね。もう違いますから」


「あ、済みません。でも本当だったんですね」

クルスは謝りながらも、イツキを仰ぎ見た。


「ええ。それしか能が無かったですから」

イツキは苦笑いしながら答えた。


「ま、後は運が良かったので生き延びただけですね」


「そんな事はないでしょうけど……あ、そう言えばうちの団長もイツキさんの教練を受けた事があるんですね」


「まあ、あれは僕の教え子みたいなもんですからね」


「そうなんですかぁ」

クルスはいつか一度イツキに手ほどきを受けたいと思っていた。


「ところで、ヨッシーはクルス君のところに居るのですか?」


「はい。居ますよ。頑張ってますよ。呼びましょうか?」


「いえいえ。それには及びません。彼が頑張っているのが分かればそれで良いですよ」


「あ、そうかぁ。ヨッシーはイツキさんが連れてきたんでしたね」


「そうです。シラネにお願いしました。そうですか頑張っていますか……それは良かった」

イツキはクルスの話を聞くと安心して笑みがこぼれた。


 疲れきった村人たちは広場のたき火を囲むように眠り、その周りをクルスたちの部隊が見守った。


そして昼前にその地震はやってきた。


 一瞬、横に揺れたかと思うと、上下に激しい揺れがやって来た。

今まで何度も魔獣や魔王やラスボスと戦ってきたが、これほど地面が揺れた経験はイツキも無かった。

イツキは本当に世界の果てでラスボスとの戦いが始まったような気がした。それほど激しい揺れだった。


 揺れは十数秒続いた後に止まった。

それは今まで経験したことがないほど長く感じられた十数秒だった。


 そして遠くで雷が鳴っているような音が響いた。

その音を聞いたここに居る全てのエルフが、自分たちの故郷が今この世から消えた事を知った。


 皆、泣いていた。

声を殺して泣く者、大きな声で泣く者、あるいは歯を食いしばって我慢している者、表現は違えど思いはみな一緒だった。


「村長、見に行きますか?」

「そうだな。見届けねばなるまい」


 イツキと村長とクルスの3人は森の中を馬を走らせた。

「絨毯の方が安全だったか?」とも思ったが、実際に陸路も確認したかったので馬で行く事にした。

思た以上に道は崩れていないようだった。



 暫く馬を走らせると村に着いた……それは村がかつてあった場所になっていた。

シャヴォン湖の主の予言通り、村は崩れた土砂の下に埋まっていた。


 3人は馬上からそれを眺めるとため息をついた。

「これは酷い……」


 山がそのまま村に滑り込んできたようだ。

そこにあるのは大量の土砂と倒れた木々だった。跡形もなく村は消え去っていた。


「シャヴォン湖の主のお陰で助かった」

 村長はもしかして村は何とか無事で残っているかもしれないと微かな望みも持っていたが、それはこの惨状で無残にも打ち砕かれた。

しかし、村長として村人全員を無事に避難させる事が出来たので、職責をなんとか果たせた安堵感も同時に感じていた。


「おやっさん。行きましょう」

イツキは村長をうながし村人たちの元へ帰る事にした。


「イツキ、本当にお前が来てくれなければ、我々は全滅か生き残ったとしても路頭に迷うしか無かった。本当にありがとう」


「何を言っているんですか、これからですよ。これからまた新しい村を作って、今まで通りの生活を続けるのですよ」

とイツキは手綱をさばきながら馬上で村長を励ました。


「そうですよ。我々も出来る限りお手伝いしますから」

とクルスも一緒に励ました。


村長はひとこと

「よろしく頼む」

と頭を下げた。



 新しい村へ戻ると、村人は3人からの情報を聞きたがった。村長が見てきた現状をありのまま告げると、どよめきが走った。

しかし、村人は既に覚悟を決めていたのでそれ以上の動揺は無かった。


「さあ、これから村をまた造ろう」

と若いエルフを中心に村造りが始まった。


 元々は狩猟民族。

元来木造の簡単な小屋がほとんどだ。あるいは大木の枝に小屋を乗せて家にしていたような生活環境だったので作り直すのは案外簡単だった。

その上、前もってイツキがシラネに建築資材も工兵に持ってこさせるように依頼していたので、エルフの小規模な村の再建には十分な資材と労力が揃っていた。


 隊員とエルフが協力して家を建てている姿を見ながらクルスがイツキに聞いた。

「この状況をよく予想できましたねえ……分かっていたんですか?」


「いや。それは分からなかったよ。ただね。シャヴォン湖の主が意味もなくエルフに危害を加える事はないから、何かあるな…とは思ていたさ。

で、考えられる事の中で一番可能性があったのが、村が災害に見舞われる事だった。だから念のためにと思ったんだけど……まさかね……嫌な予感は当たるもんだな」

とイツキは苦笑いしながらクルスの顔を見た。


「いやぁ、それでも良く分かったなぁって思いますよ」

とクルスは改めてイツキの先見の明を褒めた。



「ま、この分ならあと2~3日で終わりそうだな。よろしく頼みますよ。クルス君」


「はい、頑張ります」

とクルスは答えると現場に戻って行った。


 イツキが一人で作業を眺めていると後ろから

「イツキ」

と呼ぶ声がした。

イツキが振り向くとそこにティアナが立っていた。


「イツキ、もう帰るの?」

「そうだなぁ。あと2~3日で帰るかな」


「そんなに早く……」


「まあ、いつまでもあっちを空けたままにしておく訳にもいかないからね」

イツキはギルドの事務所も気になっていた。

もし新しい転生者が来たらマーサがイツキが帰ってくるまで上手く手配してくれているとは分かっていても、それはそれで気になる。



「そうかぁ……また寂しくなるわ」


「また来るよ。今度は何かあった時ではなくね」


ティアナは少し考えてから

「……イツキ。街の生活って楽しい?」

と聞いた。


「う~ん。どうだろう。僕らは慣れているから別に普通に楽しいけど、エルフは生活環境が違うからねえ……。うるさいだけかも……なんだ?ティアナは街に住みたいのか?」


「う、うん。イツキのいるところに行きたい。私はイツキに救われた身だから」





 十数年前、イツキがこの森に来た時、まだ魔王ベルベが力を誇示していた時だった。

村人から拒否されて、シャヴォン湖畔で野宿をしていたイツキは、湖で釣ったニジマスを焼いて食べていた。

勿論、シャヴォン湖の主であるイリアンの了解をもっらた上で釣ったのだが……。


 ある日、魔物退治に森に入ったイツキは、エルフの村人が連なって神輿を担いでいるのを見かけた。

「ほほ~。こんなところにも神輿があるのかぁ……何かのお祭りか?」

と軽い気持ちでつけて行った。

しかしよく見ると神輿の上にはエルフの若い女が座って居た。……エルフは500年以上の寿命があるので人間の見た目とは違うがイツキには若く見えた。


 その行列がどうも暗い……まるで葬儀の参列者の行列のような、重い空気の中歩いている事にイツキは気が付いた。


予想通り、その行列はオルモンの深き場所へと向かった。


「もしかして、これは人身御供ひとみごくうか?」


 宮殿通路の入り口の前で神輿を下ろすと、村人たちは神輿の上のエルフの女を残して去っていった。

最後まで神輿の上の女に寄り添っていたのは父親と母親だろう……イツキは木陰で黙ってそれを見ていた。


「エルフは信心深いからな。魔王にかかったら是非もないか……」


 イツキは考えた。このまま見ない事にしてここを去るか、あるいは男気を見せて助けに行くか……。


考えるまでもない。


「義を見てさざるは勇無きなり」

と呟くと、イツキは静かにそこを離れた。


「エルフの娘を助けるだけなら簡単だ。今から行って連れて帰ればよい。しかしそれではエルフの村人に被害が及ぶ……この洞窟に住む魔王を倒さねば、問題を解決した事にはならない」


 イツキは湖に戻ると畔に立って、イリアンを呼び出した。




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