第7話地下宮殿
二人は暗い通路を歩いた。
空気は湿っていている。体にまとわりつくような重さを感じた。
石造りの通路は大人が4~5人並んでも余裕で通れる広さがあった。ところどころ松明が掲げられており、歩くのには問題のない明るさは保たれていた。
それでもイリアンは杖の先に火を灯し、照明代わりに周りを照らしていた。
「昔と全然変わってませんね」
イツキの声が通路に響いた。
「そうですね」
十数年振りの地下宮殿は全く変わっていなかった。むしろ荒れ放題になっている分、不気味さを増していた。
「何も出てきませんね」
今度はイリアンの声が響いた。
2人は静かに通路を歩いて行った。途中いくつか通路に繋がる部屋があったが、目的はそこにはないのであえて無視して進んでいった。
「一応、レベルが高い相手には様子をうかがっているのでしょう。だから急に襲って来ることはないと思いますよ」
通路は続く、たまに魔獣の気配は感じるものの襲って来る事は無かった。
「昔来た時はここに来るまでに、どれだけのモンスターが出てきた事か……」
とイツキは懐かしそうに話をした。
「そうでしたね。イツキは一人で暴れまわっていましたね。」
「そうでしたか?僕は口笛吹きながら片手間に戦っていたように記憶していますが……」
「とっても強力な思い出補正がかかっていますね。イツキ……」
イリアンはまるで出来の悪い弟を
イツキは誤魔化すように
「ゴブリンちゃ~ん。出ておいで~」と暗闇に向かって呟いた。
勿論ゴブリンどころかゴキブリ1匹出てこない。
「イリアン……ちょっとこの辺で休憩しましょうか?」
「はい」
ちょうど通路に面した部屋があったので、イツキは様子を伺ってから中に入った。
「大丈夫みたいです」
その声を聞いてイリアンも中に入った。
イツキは部屋の奥にイリアンを案内すると自分は入り口近くに座った。
それは仮に魔獣が通路から襲ってきても直ぐに応戦できる体制を取ったということだった。
「やはりイツキは頼もしくなりましたね」
イリアンは懐かしそうに目を細めてイツキの顔を見つめた。
「そうですか?」
「昔は休憩すると何も考えずに寝るか、食べるかでしたからね」
「そうでしたねえ……あの時は何も知らない小僧でしたからね」
「イツキは武器も持たずに戦ってましたからね」
「そうそう。唯一の特技はバーサクでしたからね。気が付いたら一人で暴れまわってました」
「ほらね」
「あ!」
イツキは自ら語るに落ちた事を悟った。
「やっぱり、イリアンには勝てませんね」
イリアンはそれには答えず笑顔で返した。
「イツキはパーティを組むのは久しぶりですか?」
「そうですねえ。この頃、全然冒険をしてませんからねえ……と言うか今はキャリアコンサルタントですから……」
「そうなんですね」
「そうですよ。だから特技は”紹介状発行”とか”内定ゲット”とか、あと必殺技は”適正試験突破”なんておよそ戦いには関係ないものばかりですよ」
それを聞いてイリアンは笑った。
「毎日、安穏とした生活を送って惰眠を貪っているだけなんですから……」
イツキはそう語ると通路の天井を見上げた。
「それにしてもこの部屋もやばいですね。通路はボロボロで崩れていないのが不思議なぐらいだし」
そう、薄明かりでは分かりにくいが壁には無数のひび割れが走っていた。
勿論そのひび割れは天井まで続いていた。
「誰も手入れをしていませんからね」
――これで地震が来たら崩れるわな――
「さて、そろそろ行きましょうか?」
そういうとイツキは立ち上がった。
2人は通路をまた歩き出した。
魔獣が様子を
杖の先の魔法の明かりが通路を照らす。
急に通路が開けて広間に出た。
高い天井と石造りの巨象が飾ってある大広間でギリシアの神殿がそこに再現されたような大広間だった。
通路と違ってこの大広間は明るかった。
「昔はここにラスボスが居たんですけどねえ……」
イツキは高い天井を見上げながら懐かしそうにそういった。
「そうでしたか?ラスボスは次の広間では?」
「あ、まだ先はありましたっけ?」
「確かあったように思います」
イリアンは自信を持って答えた。
「そうですか……」
そう言うとイツキは大きな声で
「さっきから見ているのは分かっているんですけどね、退治してあげるからとっとと出てきたらどうですか? 次の部屋まで行くのは面倒なんでねえ」
と叫んだ。
しばらくすると周りから無数のモンスターが出てきて、2人は完全に囲まれた。
「あら、これは凄いですねえ……こんなにもここに住み着いていたとは……」
イツキは魔獣たちを見ても焦る事もなく
「それでは、今までに溜まりに溜まった家賃を回収させて貰いましょうか」
と呟いた。
モンスターたちはジリジリと輪を狭め2人に近づいてきた。
イツキは剣を抜き頭上に掲げ呪文を唱えた。
「秘技・溜まった家賃回収!」
そしてその剣をゆっくりと右斜めに下げた。その剣は炎に包まれイツキが剣を振ると炎は2人を囲んだモンスターの輪を目掛けて走った。
一気にモンスターのほとんどが消えた。
「これぐらいの攻撃に耐えられなくてどうするんですか?魔獣の名が泣きますよ」
イツキは薄笑いを浮かべながら生き残った魔獣達を見下した。
そう。この程度の魔獣は今のイツキにとっては何ら障害とはならない。
「あの、イツキ。何でも良いんですけど、必殺技の名前ぐらいもうちょっと考えたらどうですか?」
イリアンはイツキの技にケチをつけた。
「え、ダメですか?」
焦ってイツキはイリアンの顔を見た。
「ちょっと……。なんか、うすうす『そう来るだろうな』とは思っていたけど…そのまんまとは……」
「そうですかぁ……」
そう言うとイツキは小走りに1匹の魔獣に向かい、上段から剣を振り下ろしながら
「秘技・内定取り消し!」
と叫んだ。
凄まじい光の中、魔獣は消滅した。
「だから、『秘技』ってなに?それなら黙って斬った方が……」
とイリアンは兎に角、技の名前が気に入らないようだった。
残った魔獣の中で一番強そうな巨大化したねずみのモンスターがイツキに襲いかかった。
イツキは身を翻してその攻撃をかわした。
――おっと、まだ残っていたのを忘れていたわ――
イツキは気を引き締め直した。
一度足場を固めたイツキは職業を騎士に切り替えて、「我が力よ。薙ぎ払え!」と叫んで、残った全てのモンスターを一瞬で文字通り薙ぎ払い消し去った。
「最後の技の名前は?」
とイリアンが聞いてきた。
「秘技・適材適所です」
「今度の職業は物書きにしましょうね」とイリアンはにこやかに笑いながら言った。
イツキは力なく
「はい……」と答えた。
「でも戦闘中にジョブチェンジが出来るのですね?」
とイリアンがイツキに聞いた。
「はい。これがキャリアコンサルタントの一番の特技です。裏返して言えば、複数の職種をマスターしていないとキャリアコンサルタントには成れないのです」
「そうなんですね。イツキは幾つの職種をマスターしたのですか?」
「9つです。いや、今が10個だったかな?……忘れました」
「それは凄い」
イリアンは驚いた。
「その中に物書きとかコピーライタ―とかいう職業が無いのが残念ですね」
イリアンはまたもやにこやかに笑いながら言った。
「はい……」イツキは力なく答えた。
「さて、魔物退治も終わりましたし、帰りましょうか……」
消え入るような声でイツキはそう言った。
明るい声でイリアンは
「はい!」
と答えた。
イツキは魔獣の攻撃ではなくイリアンの言葉に打ちのめされた様だった。
2人は今来た通路を戻って外に出た。
外の空気は中と違てひんやりとして気持ちが良い。
今日も月が綺麗だ。
「あ~久しぶりに戦ったなぁ…」と背伸びをしながらイツキは言った。
「私も楽しかったですわ。昔を思い出しました。」
そう、イリアンはこの地下宮殿でイツキが戦っている姿を後ろで懐かしそうに見ていた。
もう自分が何も手伝う事はないと言うのが分かっていた。
イリアンにとっては、ただただ思い出の中で過ごす時間であったようだ。
「それではイリアン、村人に引っ越すように伝えに行ってきます」
「イツキ、今日は本当にありがとう。よろしくお願いしますね」
イリアンはそう言うとイツキに頭を下げた。
「いえ。僕もイリアンに会えて良かったです。久しぶりに一緒にパーティも組めたし。では行きますね」
イツキはそう言うと月明かりをたよりに村人が居る洞窟に向かった。
イリアンはその後姿をいつまでも見送っていた。
森の中は氷もほとんど解けていたが、相変わらず静かだった。
ただ魔物の気配はほとんど無くなっていた。
「一瞬にして氷の世界か……それにしてもイリアンの力は凄いなあ……。彼女を本気で怒らせたらどんな目に遭うか……」
と昔、一緒に地下宮殿で魔王ベルベを倒した時の事を思い出した。
「当時は子供で良かった。あれが今なら問答無用の瞬殺だったな……」
と湖で初めて会った時の事を思い出して背筋が少し寒くなりなったイツキはそそくさと洞窟に向かった。
途中で、一度陰陽師にジョブチェンジして式神を飛ばした。
洞窟の前には焚き火を中心に村人たちが集まっていた。
イツキの姿を見るとティアラが走ってきて飛びついた。
「良かった。無事で」
「大丈夫だよ。何も無かったから」
イツキは笑いながらティアラの頭を撫でた。
そして村長に向き直って
「氷は解けましたよ」
と告げた。
「おお、それはありがたい。シャヴォン湖の主の怒りは解けたのじゃな」
村長はイツキの腕を取ってそう聞いた。
「いえ。主は最初から怒っていませんでしたよ。ただ村人を村から避難させたかっただけです」
そう言って、イツキは、何故今回の出来事が起こったかを村人たちに説明した。
聞き終わった村人たちは一斉にどよめいた。
「先祖代々伝わった村を放棄しなければならないのか……」
「今回はシャヴォン湖の主が教えてくれたのでみなさん全員が無事に避難する事が出来たのです。さあ、頑張って引っ越ししましょう」
「もう陽は没んでますが、今から荷物を取りに村に帰ります。そしてショーハン湖の近くに村を新しく作ります。その頃には街の自衛団がショーハン湖に到着しているでしょうから手伝ってくれるでしょう」
イツキは村人たちを励ました。
「街の奴らが……そんな事をしてくれるのか」
エルフたちは一様に驚いたようだった。
「皆さんが思っている程、街の人間はエルフの事を避けてませんよ。どちらかと言えば憧れていますね。なんせ皆さんは妖精の子孫ですから」
その頃、式神からの報告を受けた村の近所で待機していた自衛団は月明かりの中ショーハン湖に向かっていた。
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