第4話騎士のままで

 スコアカードを受け取った皇太子リチャードは、ソファーに深く腰を下ろしたまましばらくそのカードを見つめていた。


「ところで、あんたの名前を聞いて良いかい?」

カードを見つめたまま皇太子はイツキに聞いた。


「……キャリアコンサルタントのイツキです」

イツキは怪訝な表情を浮かべながらも答えた。


「そうかぁ……じゃあ、俺はちょうどいい場所に担ぎ込まれたという訳だな」


「ある意味そうですなね」


「で、あんた、ナリスとどういう関係だ?」

皇太子は顔を上げゆっくりと腕を組んで質問した。


「それはどういう意味ですか?」

イツキは聞き返した。


「言ったセリフのまんまだよ」

表情も変えずに王子は言った。


イツキはしばらく考えて

「別に、ちょっと知っているというだけですよ」

と言った後、微妙に視線をそらした。


「ほほ~。レベル5程度の女剣士をか? 奇遇だな。そんなもん世の中に掃いて捨てる程居るぞ。

ナリスはたしかに美人だが美人だけなら他にもいくらでもいる。あんたさっきキャリアコンサルタントとか言ったよな。もしかして、ここでナリスの転職を手伝ったんじゃないのか?」


――そのナリスに舞い上がっていたバカは誰だよ?――


 イツキは皇太子への認識を一つ改めた。

――単なるバカ王子だと思っていたらそうでもなかった――


 イツキは黙って皇太子を見ていた。


「なあ、ナリスの前職はなんだ?」



「ふぅ。流石ですねえ……。やっぱり単なる王子にしておくには勿体ない。

そうですよ。ナリスはここで転職のカウンセリングを僕に受けました。個人の情報は本当は流しちゃいけないんですけどね。今回は相手が相手だけに仕方ないでしょう。

ナリスの前職は……踊り子ですよ」

少し考えてイツキはナリスの前職を教えた。


「なんだと?!」

王子は驚いたように声を上げた。


「踊り子の特技は、ご存知の通り『魅惑』ですよ」


「そうかぁ。それで俺は舞い上がったんだな」

王子の顔には合点がいったと納得した表情と明らかに憤りの感情が浮かんでいた。


「それはどうでしょうかねえ……。ナリスから殿下を今回のパーティーに誘いましたか?」

イツキは表情も変えず淡々と王子に質問した。


「……いや、それはない」

王子は少し考えてから返事を返した。


「それにもし殿下を入れるつもりであれば、パーティーメンバーは他の面子は考えているでしょう。

今、彼女は必死に剣士になろうとしてます。踊り子時代の特技は忘れているでしょう。

多分……これは想像ですが、ナリスのその一途な努力に殿下は惹かれたのではないですか?

まあ、その場の雰囲気にも飲まれたんでしょうけど……どうせ。それに、元々面食いのご様子ですからねぇ……殿下は」


「ぐっ」

殿下はたじろいだ。


「それより問題は、アルです」

イツキは眉間に皺をよせリチャードを凝視した。

「アル?」

怪訝な表情で王子は聞き返した。


「そう、アルカイルです」


「戦士アルカイルがどうした? あれは歴戦の勇者だぞ。ロンタイルの覇者の一人と言われた男だぞ。俺でも知っている」


「そう、歴戦の勇者です。

それがレベル5程度の小娘と一緒にパーティーを組むんですよ。どっかの面食いの色ボケしたアル中の王子とは違って真の歴戦の勇者ですよ。何かあるとは思いませんか?」


「お前、さり気に俺をバカにしているだろう?」


「いえいえ、全然」

イツキは思いっきり視線をそらした。


「僕が言いたいのは、あまりにも格が違い過ぎるという事です。色ボケした王子は別として、あの歴戦の勇者アルカイルがナリスの色気に落とされたとは思いにくいのです。

何があるんでしょうかねぇ……」


「それを俺に探れっと?」


「いえいえ。そんな事は言ってません。それは僕の仕事ではありませんから……どうでも良い事です。それにこれは僕の単なる思い過ごし……って言う可能性だってありますからねえ……」


 続けてイツキは皇太子に質問を投げかけた。

「さて、ここで問題です。殿下。

こんな意味ありげな歴戦の勇者にですよ。騎士として極めたと言っても転職したばかりのレベル1の魔道剣士の殿下。

もし、本当にアルカイルが何かを企んでいたとしたら、レベル1のなんの屁の突っ張りにもならない魔導剣士の殿下が立ち向かえるのでしょうか? どうです?」


「厳しいかもな……と言うか、なんか言い方がクドくないかい?」


「いいえ、全然」

イツキは再び思いっきり視線をそらした。


「そうかなぁ……なんか若干、悪意を感じるが……まあ、いい。……もしそういう事があったら、はっきり言って厳しい」


「でしょう? だったら今のまま騎士で入った方が良いですよ。

まあ、本当はあと魔法系が一人欲しいというのは分かりますけどね。でもこの面子だったら大丈夫でしょう」


 皇太子リチャードはしばらく考えてから口を開いた。

「そうだな。分かった。転職はしない方が無難だな」


「それがセオリーです。何もないかもしれませんが、無ければ無いに越したことはない」

イツキはそう言って頷いた。


 皇太子は納得したように頷くと立ち上がって

「色々世話をかけたな」

と言って部屋を出て行った。


ドアが閉まる音がした。


「ふぅ」

とイツキは息を吐いて背もたれを倒した。


「やれやれ、単純な皇子(バカ)で助かった」






 その日の夕方、事務所にドアをノックする音が軽く響いた。


「どうぞ」

とイツキは促した。

ドアが開いて入ってきたのは金髪が美しい一人の女性だった。

「こんばんは」


「ああ、ナリスか」


「今日はありがとう。殿下がやってきて、『やっぱりこのままで行って良いか?』って言ってきたわ。流石だわ」

そういうとナリスはデスクの前の椅子に座った。


「まあ、殿下は何と言ってもこの国では最強クラスの騎士だからな。折角のチャンスなんだから連れて行かんとね」

イツキは笑いながら応えた。


「そうなのよ。それをあの殿下は『魔法剣士』で入るなんて言い出すから焦ったわよ。何考えているんだか……」


「ところでお前、本当に『魅惑』使ってないのか?」


「使ってないわよ。元々、殿下をパーティーに入れるなんて考えてなかったもん。第一そういうのを使うと効力が切れた時が怖いもん。こんなところで使わないわよ」

とナリスは首を振りながら否定した。


イツキは立ち上がってポットを手に取りながら

「それなら良いんだが……」

と呟くように言った。


「そうよ。飲み屋で打ち合わせしていたら、たまたま話しかけてきた酔っ払いがあの殿下だっただけよ。

アルがたまたまあのバカ王子を知っていたんで適当にあしらっていたら、何を勘違いしたのか一緒に行くとか言いだして焦ったわよ。よっぽど暇なのね」

とナリスは呆れたような表情で言った。


「でも、アルも王子が来るなら歓迎だったんだろ?」


「騎士の殿下ならね。それを変に気を使って……何なのあの殿下は? バカなのそれとも気が弱いだけなの?」


「悪い人ではないな」

イツキは軽く笑いながら言った。


「それだけはイツキみたいに鑑定眼が無くても分かるわ。

でもね、本当はイツキに来てもらいたかったんだけどね。まだ戦えるんでしょう?」


「俺はしがないキャリアコンサルタントだって」

そういうとイツキはナリスの前に紅茶を置いた。


「ふん。そうよねえ……。私が剣士になろうと思ったのはイツキが居たからなんだからね。知っているでしょ?」

紅茶のカップを持ち上げながらナリスは聞いた。


「さあ? 何の事かな?」

イツキは椅子に座りながら答えた。


「まあ、良いわ。あ、それとアルが今度一緒にまたパーティーに行きましょうって言っていたわ。イツキと冒険している時が一番楽しかったって……。兎に角、イツキ感謝しているわ。アルを紹介してくれて」


「いえいえ。あ、アルを俺が紹介した事は、あのバカ王子には黙っておいてね」

イツキは笑いながらナリスに頼んだ。


「え?そうなの?」

ナリスは驚いたような表情で聞き返した。


「うん。それを言うとあの殿下(バカ)は怒り狂うと思う」



「分かったわ。アルにも言っておくわ。それにしても見事に騎士に引き留めてくれたわね。どうやったの?」

とナリスは笑いながら聞いた。


「何もしてないよ。ロビーで勝手に転んで頭を打ったら気が変わったんじゃないかな。なんせあの皇太子バカだから……まあ、正直に言うと、正攻法で『今更、転職なんて無意味ですよ』って教えてやっても理解したかもしれないが、意固地になったらテコでも動かないタイプだったからな。だから自分で悟るように話を持っていったけどね」

とイツキは答えた。


「お疲れ様でした」

と笑いながらナリスはイツキの労をねぎらった。


「まあ、あのバカ王子もする事無くて、ロイヤルニート状態で王様も持て余していたからな。ちょうど良い時間つぶしになるんじゃないかな」

とイツキは笑いながら言った。


「あら、そうなの?」


「そうだよ。なんせこの国平和だから……それなりに。

魔王が居るのは遠い山の中だし、結構この頃、勇者が増えているからモンスターの数も減ったしね」


「そうねえ……でも、それにしてもよく来るよねえ……一杯……勇者と冒険者だらけ……どんだけヒッキーとニートが多いんだ!……って感心するわ」


「まあ、ヒキニートは転移するための必要条件かもしれないからなあ……」

イツキは座った椅子を揺らしながら応えた。


「そうだね。イツキもヒキコモリだったの?」


「俺は違うよ。だから、何故ここに来たのかは俺にも分からんよ」

そういうとイツキは首を振ってソーサーの上のティーカップを持ち上げた。


「そうなんだぁ」

ナリスは紅茶を飲みながら頷いた。


「ま、今回は上手く酔っぱらってギルドに来てくれて良かったよ」

とイツキは紅茶を一口飲んでからほっとしたように話した。


「あのバカ王子、酔っ払ってウダウダとしていたから『早くギルドに行かんと置いていくぞ』って脅したのよ」


「なんだそうだったのか……冒険に行く前にはギルドで登録が必要だからな……ところで、冒険はいつから行くんだ?」


「来週末には出るわ。バカ殿下の気が変わらないうちに行く事にする。アルがロンタイルはもう制覇したから、バルドー峡谷に行くって言っていたわ」


「ほ~、あそこならその面子にはちょうど良いかもね。頑張ってレベリングしておいで」


「分かったわ。頑張る」

そういうとナリスはカップをデスクに置いて立ち上がった。

「あと、一人ぐらいは面子欲しいわね。吟遊詩人とかいたら紹介してね」


「分かった。いたら紹介するよ」


「お願いね。じゃあ、そろそろ行くわ。今日は助かったわ」


「気を付けて。土産話を待っているよ」

と返事をしながらイツキも立ち上がった。


「分かったわ。ありがとう」

そういうとナリスはイツキの頬に軽く挨拶をして出て行った。



イツキはナリスを見送ったあと自分のデスクに戻ると

「さて……と」

と呟いて、引き出しからウィスキーのボトルとグラスを取り出した。

グラスにウィスキーを注ぐと

「今日の一仕事はこれで終了!」

と、グラスを一気に空けた。



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