第2章悩める王子

第3話悩める王子

 うららかな午後、イツキはいつものように暇そうにデスクに足を放り投げ、背もたれに体重を預けギルド新聞を読んでいた。


ガン!!ドン!


「何なんだと!この野郎!」

「馬鹿にするな!」


部屋の外から罵声が聞こえる。


「ん? なんだ? 部屋の外が騒がしいな……」

イツキはしばらく外の騒音を無視していたが、一向に止む気配がないので見に行く事にした。


 部屋のドアをゆっくり開け様子をうかがうと、ギルドの受付の前で暴れている男が居た。

廻りの人間はその男を何とかなだめようとしているが、明らかに手を出しかねている状態だった。

男は腰に黄金に光る剣を差し、鎧こそ装備しては居ないがその風貌はどう見ても騎士であろうと思われた。


 イツキはその暴れている男を目を細めてみると

「ん? あれは……」

と呟いた。


 自分の部屋から出てきたイツキにマーサが近寄ってきて

「あの人、職種選択前の能力チェックでレベルがあまりにも低かったんです。それを見て急に怒りだして……」

と説明した。


「舐めてんのか!!……てか?」

イツキは軽く笑いながら聞いた。


「そうです。その通りです」

マーサは泣きそうな声で答えた。


「ふ~ん。なるほどねえ」

そう答えるとイツキは、その男の背後にそっと近づき足払いをくらわした。


ダーン!と大きな音がして男はもんどりうって仰向けに倒れた。


「あんた、何してんの?」

とイツキが覗き込むようにして男に聞いたが返事はなかった。

どうやら男は気絶したようだ。


「やれやれ、仕方ないな……。このバカを俺の部屋に運んでよ」

とイツキはため息をつきながら周りの男たちに、この男を自分の部屋に運んでくれるよう頼んだ。




 暫くしてイツキの部屋のソファーで寝かされていた男は気が付いた。

「痛っててて……」

と側頭部を押さえながら、男は上半身を起こして尋ねた。

「ここはどこだ?」



イツキはデスクでギルド新聞を読んでいたが、顔を上げて

「ここはギルドにある俺の部屋だ。あんたはギルドのロビーで暴れて”勝手に”こけて頭を打って気絶した……で、ここに運び込まれたという訳だ」

と答えた。



「そうか。あんたが面倒を見てくれたのか。申し訳ない」

男はソファーに座ったまま礼を述べた。どうやら立って礼を述べるにはまだ頭がふらつくようだ。


「いやいや、困った時はお互い様だ……礼はいらない」

とイツキは素知らぬ顔をして答えた。


「ところで、なんであんなところで暴れていたんだ。そういう趣味でもあるのか?」

イツキは立ち上がってそう質問した。


「そんな趣味はない……実は転職しようとして来てみたんだが、『ここではできない。転職の神殿に行き女官か巫女に頼め』と言われた。それでも試しに転職する前に潜在能力を測って貰ったら全然ダメだった。

それをここの奴らに笑われて頭に来たんだ」

男は頭を擦(さす)りながらポツポツと語り出した。


「あんた、酒飲んでたな?」


「ああ、少しな……」


「少しではないだろうが……昼間から酒を飲むなんてあまり感心できないな。それもあんた騎士だろう?」


「そうだな。言うとおりだ。だが、騎士でも飲みたくなる事はある」


「そうかぁ……騎士でも昼間っから酒を煽って酔っぱらった勢いでギルドで大暴れして、スッテンコロリンと転がって頭を打った愚か者になりたくなる事もある訳だ」

イツキは冷たく言い放った。


「なんだと!?」

男の目が鋭く光った。


「その愚か者がリチャード王子という訳ですな」


「……何故、知っている」


「誰が見ても昼間っから酔っぱらって大暴れしている奴は愚か者と分かりますよ! 殿下」


「そっちではない!! 何故、俺が王子だと分かったのか? と聞いている」

王子と呼ばれた男は強い口調で聞いた。


「ああ、そっちですか?……その腰からだらしなくぶら下がっている剣の紋章……惰眠をむさぼる二匹の龍と無駄吠えしている獅子のどうしようもない構図は王家しか使えないでしょう」


「おい。違うだろう……眠れる雙龍そうりゅう獅子しし咆哮ほうこうは平和を意味する構図だ。悪意に解釈するな」


「そうとも言いますな」

イツキはソファーに座っている王子に紅茶を差し出した。

「ロイヤルティーではございませんが……」


王子は無言で受け取った。


「何か理由でもありそうですな……殿下」

イツキの目が怪しく光った。



 リチャード・ウオンジ皇太子。

ここナロウ国第一皇子。この国の皇太子、そして将来の王。

そんな殿上人(てんじょうびと)がこんなところで酔いどれて大暴れするのには、何か訳があるに違いない。


 そもそも皇太子が転職ってどういう事だ。

自分の椅子に戻ったイツキはその疑問をそのまま皇太子にぶつけた。

「皇太子であらせられる王子が、転職など有り得ないではないですか?」


狂心たぶれこころにもほどがありますな」

とイツキは諫めた。


「爺と同じ事を言ってくれるな。それは分かっている。分かっているがどうしようもないのだ。頭では分かっているが、気持ちがついて行かぬ事もある」

皇太子はティーカップを見つめて呟いた。


「女……絡みですな。皇太子」

イツキはひとこと呟くように言った。


 皇太子はハッと顔を上げて

「何故分かる?」

と驚いた。


「分かりますよ……普通は……」

イツキはため息交じりに答えると続けて聞いた。


「どこの女ですか?……この街にいる女ですな」


 皇太子は言葉ではなく驚きの表情で答えた。

目が大きく見開かれている。吸った息を吐き事さえ忘れているようだ。

まさに息が止まるという状態。


――分かり易い人だ――


 イツキは言葉を続けた。

「女の為に皇太子の地位を捨てますか?それも良いでしょう。私はそういう人間は嫌いではない。でもそれは一時の感情で自分の責務を放棄したに過ぎない。

 厳しい言い方をしますが、殿下は皇太子です。生まれながらに権威と責任を背負って生まれてきたのです。それはこの国・この世界の言い方なら、神が殿下を選んだのです。

それを裏切る事は出来ないはずですが……」


 皇太子はうつむいて

「それも、良く分かっている」

と答えた。


 暫くイツキは考えていたが

「殿下、その女性は美人ですか?」

と聞いた。


 皇太子は顔を上げて、にこやかに答えはじめた。

「とても美人だ。俺は美人が好きだ。お前もそうだろう?……その上、その女は頭も良い。気立ても良い。まだあるぞ……」


 イツキは皇太子に下らん質問をした事を後悔した。

――まさか、ここでノロケに入るとは思わなかったな。思った以上にこいつはバカだ――



「あー、もう良いです。殿下の気持ちは良く分かりましたから……ゲップが出そうです。

で、その彼女は剣士か騎士か何かで夢見る冒険者なんですね。違いますか?」


「え、そうだが……」


――やっぱりそうか――


「で怖いもの知らずの冒険者だからパーティーを組んで旅に出かけるんですね。違いますか?」


 皇太子は激しく首を縦に振った。


「そのパーティーに一緒に参加したいが既に騎士や剣士はもういる、なのでそのままなら殿下は要らない。

入るのであればヒーラー系か魔法使い系なわけだが、ヒーラーなしで旅をする奴は居ないから、これは既に決まっている……とそうなると魔導士系になるわけですな……殿下はそう考えた。ですね」


 皇太子は茫然ぼうぜんとした表情でイツキの顔を見た。

イツキはそれを確かめると更に話を続けた。


「で、昼間から欝々うつうつと街で酒飲んでいたら、ギルドを思い出して試しに魔導士の潜在能力を見てもらったら破壊的にダメだったという訳ですな」


「それを丸顔でガサツそうな女に『要素無いですぅ!キャハハ』とか言われて腹が立った訳ですな」


「何故そこまで分かる。まさにその通りだ。あの女、本気で俺をバカにしくさった!」


――やっぱりマーサか、余計な一言で怒らしたのは……酔っ払い相手に何をしてくれるんや――

とイツキは心の中で思った。


「元々そういう女ですからねえ……あれは。で、今更、魔道剣士になってどうするんですか? レベル1の…守るより足手まといになりますよ」


「あ! そうだった」


――やっぱりこいつは単なるバカだ――


「忘れていた……」

皇太子はうかつにも当たり前すぎる事実を忘れていた。転職したらレベルは1から始まるという事実を……。


イツキは、またもやため息交じりに聞いた。

「殿下、何故そのパーティの一員の騎士か剣士に『俺と代われ!』って命令しないのですか? 殿下の命令なら誰でも従うでしょう」


「…………」

皇太子は答えなかった。


「……言っても良かったんだが言わなかった……ですか?」

イツキは聞いた。


皇太子は頷いた。


――ほほ~。バカだけど人として皇太子としてはそんなに酷くもないか――


「殿下は士官学校を出てらっしゃいますね」


「ああ、出てる」


「士官学校魂って奴ですか……」

皇太子は答えずイツキの目を見返しただけだった。


「ところで殿下、その美人な夢見る冒険者は誰なんですか?」


「剣士ナリスだ」


「ナリスですか……」


「知っているのか?」


「はあ、少し……」


 確かにナリスは美人だ。殿下がコロリとなるのも無理はない。

特に美しい金髪が印象的だ。

「他の面子は誰なんですか?」


「戦士アルカイル、狩人モーガン、白魔導士グレースだ」


――ふん!やっぱりアル(アルカイル)か――

イツキはナリスもアルカイルも知っていた。


――このパーティーなら騎士の殿下が入れない事はないだろう。いやそのまま入った方が良い――


「殿下、殿下の激怒した破壊的な潜在能力のスコアカードって持ってます?」


「ああ、これだ」

と皇太子は胸のポケットから折りたたんだスコアカードを取り出しイツキに手渡した。


――げげ、なんて戦闘スキルが高いんだ!! シラネ以上に力もあるぞぉ……頭の中まで筋肉か? バカ皇太子だけはある……あれ、ちょっと待てよ――


「殿下、これを受けた時に酔っぱらってましたよね?」


「だから、さっきから少ししか飲んでないって言っているだろう。飲み屋のボトルを2本ほど空(から)にしただけだ!」


――やっぱり、殿下はバカの上にアル中だ――


「もう一度、今度はこのデスクの上にある奴で測ってみましょう。お手をお願いします」


 皇太子はうんざりした顔をしたが、立ち上がって測定機の上に手をかざした。

キュルルルル……と音がした。そして箱の下の方からスコアカードが出てきた。


イツキはそれを手に取ると

「ふふん! やっぱりね」

と呟いた。


「どうした? 魔導士だってなれそうか?」


「それは流石に無理です。が、魔道剣士ぐらいなら…何とか……」


――と言ってもそんなに変わらないが――


「まあ、ロイヤルファミリーは優先的に士官学校には入れますが、本当のバカは入れないですよ。だから気になってもう一度測らせてもらったんですが、やっぱり最初の奴はアルコールのお陰で正確な数値が出てませんね。

だから、本当のバカではないようです殿下。ご安心ください」


「お前、俺をバカにしてね?」


「いえいえ、全然」

イツキは皇太子から視線を外して答えた。



「兎に角、問題は解決しました。

このスコアカードを持って転職の神殿へ行ってさっさと魔道剣士にでもなってください。そしてレベル1がら修行し直してください!!」



イツキは新しいスコアカードを皇太子に手渡した。


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