毒舌系金髪幼女はオレンジジュースがお好き。16

「つまり、〈壊血病〉――ってこと?」

 壊血病は、ビタミンCが欠乏することによって起こる病気である。血管が脆くなり、全身の皮下、関節、歯肉、臓器などからの出血が起こりやすくなるのだ。大昔の船乗りがかかる病気として恐れられたのは有名な話だ。が――、

「現在では滅多に発症しない病気よ?――今日日、普通の食生活を送っていれば、ビタミンCが不足することはまずないんだから」

「ええ。普通の食生活を送っていれば、ね」

 メアリの言葉に、ホーが肩を震わせた。

「わたしがどうして、彼の居場所がわかったと思います?」

「――皆目見当も」

 私は正直にいった。

「それはわたしが、ホーさんがこの船の正式な乗客ではない、不正乗船者だからだと気づいたからなのです」

「不正、乗船者?」

「ええ。正式な乗客ではないのだから、いくら客室を探したって見つかりっこないんです。彼はなるべく船員や、他の乗客たちにの眼には映らないようにする必要があった。そこで機関室です。普段人の立ち入らない機関室は、かくれんぼにはうってつけの場所だった、ということです」

「どうして、彼が不正乗船者だと?」

「いくつかあります」

 メアリはいった。

「まず、服がないと騒いでいたライト氏の一件を思い出してください」

「ええ。それから?」

「そのことで、彼は奥さんと喧嘩していた。つまり奥さんは、そのことに対して反論をしたのでしょう。だから喧嘩になった。つまり彼女は、きちんと服を持ってきたはずだという思いがあった。だが実際にはなかった。これが意味するところは二つ。ライト氏の服は、奥さんの記憶違いで実際には忘れてきたていたか、きちんと持ってはきたがいつの間にかなくなっていたか。その上で、ホーさんの服を見てください。素晴らしいスーツですね。どう見ても、明らかに大量生産品ではありません」

 大量生産品のスーツとそうでないスーツとの見わけなど、安月給の医者である私には判別もつかない。 

「そうした、ある程度のレベルに達したスーツというものは普通、オーダーメイドの一点もので、着る人の体格に合わせて作られるものです。しかし、彼のものは、明らかにサイズが合っていません。それはそのスーツが、他人のもの――つまりライト氏のもの――であるというなによりの証拠です」

「それは、いくらなんでも――」

 暴論すぎやしないだろうか。

「さて、不正乗船する人というのは、どういう人でしょう? 普通の人が船に乗って外国へいこうと思ったら、普通にお金を支払って、普通に手続きを済ませればいい。幼稚園児でもわかる社会の常識です。ですが、そうすることなく、不正乗船するということは、船旅のためのお金を持っていないか、なんらかの理由で国を出るための手続きをすることができない人間であるかのどちらか、もしくは両方ということになります。ここまではいいですね」

「ええ」

「さらに、シェソンさんの病気は壊血病だった。これは先ほどあなたがおっしゃった通り、現在では滅多に発症しない病気です。普通の食生活を送っていれば、ね。しかしこれが発症したということは、つまりシェソンさんは普通の食生活を送れない立場にあったということ。普通の食生活を送れない立場とはどういうことでしょう?――ホーさん、あなたは祖国で、おそらくホームレスのような生活を送っていましたね?」

「どうして」

 とホーが声を震わせた。

「そう考えるとすべてに辻褄が合うんですよ。あなたが機関室にいたこと。服のサイズがあっていないこと。ライト氏の服を盗んだのは、シェソンさんの気分が悪くなり風に当たるために外に出る際、誰かに服装を見咎められるのを恐れたから。ホームレスなら、この船の乗客たちがきているような小奇麗な服など持っているはずがないですからね。それにシェソンさんの壊血病。また低ナトリウム血症になったのだって、普段から空腹をごまかすために大量の水を飲んでいたからと考えられる。それから――」

「それから?」

「この船の乗客は、全部で何名でしたっけ?」

「十二名」

「その内訳は?」

「えっと、メアリちゃん、ホーさん親子二名、ライト一家四名、新婚夫婦二名、神父さまとそのご一行の五名で――、あ!」

 全、十四名。

「ようやくおわかりいただけましたか? つまり、そういうことなのです」

 そういうこと、だったのだ。

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